第140話 誰かの視線
ローン王国の王都、キャッシュの街が夜を迎えようという時間。陽が沈み掛けており夕日に街が染まっている。
今から家族と過ごそうとする者、外食へ行こうとする者、そして仕事を終わらせて飲みに行こうとする者達がいる。
その中には一仕事を終えて、酒場へ向かおうとする冒険者達の集団も居た。高難易度ダンジョンが遠方に出来たせいで、総数が減っていた冒険者達。
しかし現在は牧場の防衛依頼がある為、多くの冒険者達が他国からも来ている。お陰で現在キャッシュの街は、かなりの賑わいを見せている。
特に冒険者達を相手に商売をしていた業種は、結構な稼ぎ時となっている。
武具や魔道具を売る店、酒場に賭場と娼館等は今がチャンスと必死で商売をしていた。
中でも酒場や娼館は、今からがメインとなる時間だ。若い看板娘や、娼婦達が客引きをしている。
賑やかさがどんどん増して行く中、とある冒険者が注目を集めている。
この国では特に有名な冒険者、頂点に到達したSランク。赤髪の美丈夫であるズーク・オーウィングだ。
「ねぇズーク~、今夜はウチに来てくれないのぉ?」
そこそこベテランと思われる娼婦が、ズークに歩み寄って腕を組む。豊満な胸を押し付けたれて、ズークは上機嫌だった。
「うーん、どうしよっかなぁ」
本来なら所持金ゼロの筈なのだが、この男はまたしてもギャンブルで稼いでいた。
知り合いの冒険者達と賭けをして、潤沢な軍資金を持っていた。
どんな賭けかと言えば、ケイバ場へ行き騎手の女性が身に着けている、下着の色を当てるというもの。
あまりにも馬鹿げた内容だったが、勝ち続けたズークは小金持ちである。
下品過ぎる手段で得た金で、酒場で豪遊するか娼館へ行くか悩んでいる。
そろそろ出産が近いエレナとは性行為が出来ず、娼館へ行けるなら行っておきたいというのが彼の本音だ。相変わらずろくでもない男だ。
「来てくれるなら、目一杯サービスしちゃうわよ」
ズーク好みの20代後半の女性が、しなやかな指をズークの頬を沿わす。大人の女性が放つフェロモンに惹かれたズークは、彼女の提案を受け入れる。
「なら今日は、お邪魔しようかな」
「ふふ、なら行きましょう」
茶髪の小柄な女性は、どこかベテラン受付嬢のカレンに似た雰囲気がある。
ズークが気に入っている娼婦の1人だ。アルマの館と言う娼館で働いている女性で、名前はアリッサという。
ズークが娼館遊びを覚えた最初の娼婦であり、思い入れの深い相手である。
アリッサはアリッサで、娼婦を引退したらズークに養ってもらうつもりで居る。
初めて客として相手をした時から、虎視眈々とハーレム入りを狙っている。普通に考えれば、Sランク冒険者を狙うのは賢い選択だ。
しかし相手がこの男で、本当に良いのだろうか。本人が幸せならそれで良いのだが、果たしてどうなるやら。
「最近来てくれないじゃないの~どうしたの?」
アリッサはズークと腕を組みながら、最近の動向を探る。ズークが忙しくしている時は、数ヶ月来ない事もある。
それ自体は珍しくないのだが、飽きられてしまっては不味い。彼女のような立場だと、一番警戒するのは太客の離脱だ。
「最近は特に忙しくてさぁ。ほら、牧場が襲撃されたアレ」
「あぁ~。あれ? でもアレって、別にCランクやBランクで良いって聞いたけど?」
彼女は他にも冒険者の常連を抱えている為、依頼関係については結構詳しい。別の冒険者から聞いていたので、詳しい話を知っている。
「知り合いの牧場主が居てな、手を貸してやりたくて」
まるで良い話のように表現しているが、借金返済とケイバの為である。そう格好をつけられる事情ではない。だがここには、訂正する相手が居ない。
「義理人情ってやつ? 男は好きよねぇ~」
「ま、そういう事だ」
アリッサに連れられて娼館へと入って行ったズークは、そのまま彼女との夜を楽しむ。
下品な賭けで得た資金を、惜しみなく注ぎ込んでアリッサを一晩貸切った。久しぶりに娼館を楽しんだズークは、ホクホク顔で娼館を出て行く。
相変わらず学ばないこの男は、この後どうなるかなんて考えていない。
「何をやっているのかなぁ? ねぇズーク?」
身の丈ほどある大きな剣を背負った、金髪ポニテの美女がたっている。ズークが昨夜娼館へ行ったという噂を聞きつけた、彼の監視役でもあるリーシュだ。
「あ~その、つい」
「もう! また勝手にお金を使うんだから!」
姉のような態度リーシュに怒られながら、ズークは連行されていく。朝から厳しく怒られているズークは、懲りた様子も見せずに言い訳を続ける。
騒がしい2人は王都の道を歩きながら、冒険者ギルドの方へ向かって行く。その途中で、2人は気になる気配を察知する。
「おい、今の……」
「ええ……結構なやり手ね……」
一瞬2人へ向けられた、探る様な視線はすぐに気配が消えた。どこから見ていたのか、全く感じさせないのは強者でないと出来ない。
冒険者の最高位であるズークも、方向すら分からなかった。一体何だったのかと、2人は暫く警戒していた。




