第132話 冒険者ギルドにて
ローン王国の冒険者ギルドキャッシュ支部では、朝から大勢の職員が仕事をしている。
その一員であるベテラン受付嬢のカレンは、ファウンズ支部長の執務室で報告を行っていた。
メアリーとエリオットの様に、東部の国々で活動中の騎士達から届いた内容を伝えている。
複数の国で調査が行われ、関わりのありそうな国のリストアップが行われたのだ。
幾つか候補の国が残っており、現状最も怪しそうなのがプロスペリタ王国だ。
国自体にはおかしな素振りは無いものの、カッティーヴォという大商会がどうにもきな臭い。
牧場に興味があり、転移の魔道具を扱っている。そしてローン王国に土地を欲しがっている点も気になるところ。
黒と言い切る証拠はまだ何もないが、現状ではグレーと判断されている。
「報告は以上です」
茶色い髪に平均的な体格、スタイルと綺麗な顔立ちを持つカレンが報告書を読み終わる。
「ふむ……プロスペリタか」
最近頭髪が気になっている中年の男性。ファウンズ支部長は顎を指でなぞりながら背凭れに体重を預ける。
「何か思い当たる事でも?」
「いや、別にそういう事ではないがね」
ズークが豪遊して借金を重ねていた頃に、ファウンズが娘と妻を連れて家族サービスを行っていた国だった。
ただそれだけで深い意味はないのだ。その時に街の人から聞いた話と、報告の内容が一致していたというだけで。
だからと言ってこの件とは関係がない話だ。言われた通りファウンズはカッティーヴォと関わらなかった。
「ただ聞いた事のある商会の名だっただけだ。それにしても、現状では決定打に欠けるな」
怪しいというだけで、何か決め手になる何かがあるわけではない。
人相が悪いからと言って、殺人犯だと決めつけられないのと同じで。
状況証拠としては可能性があるだけで、確かな証拠がないと罪に問うのは難しい。
この世界にやって来た異世界からの来訪者によって、法律が大きく変化して行った。
かつては疑いだけで裁判に掛ける事が出来た時代があった。だが裁判や法律に手が加えられていき、証拠不十分では罪に問えなくなった。
冤罪が減ったのは良い事だが、その分調査の重要度が格段に上がった。怪しいというだけでは、出頭命令すら出す事が出来ない。
現状では家宅捜索などもっての他だ。証拠の押収に失敗すれば、国際問題にされてしまいかねない。
「彼らの捜査に期待するしかありませんね」
右目の下にある泣きぼくろがセクシーなカレンが、右手を頬にあてながら嘆く。解決まではまだ掛かりそうだと。
「ご苦労だった、君の仕事に戻ってくれ」
「はい、それは失礼します」
報告書をファウンズに手渡すと、カレンは執務室を出ようと歩いて行く。そんな彼女の背中に向けて、ファウンズが声を掛けた。
「あやつはしっかり働いておるか?」
誰の事か言うまでもない。Sランク冒険者でありながら、前代未聞の借金を抱えた大馬鹿者の事である。
「……まあ、好きな事が絡んでいるので。役にだけは立っているみたいですよ」
「そうか……呼び止めてすまなかった」
何とも言えない空気が流れて、2人は苦笑するしかない。ギャンブルが絡むと真面目に仕事をするズーク。
しかも休日さえも現場に行っている。実質毎日働いているようなもの。
まさかこんな形でなら働くのかと、カレンとファウンズはただ呆れるばかりだ。
カレンは執務室を出て、ギルドの1階へと降りていく。するとそこには丁度ズークが居た。
「やあカレンさん、今日も綺麗だね」
「バカ言ってないで、依頼でも受けたら?」
ズークに褒められても全然嬉しくないカレンは、言葉を右から左へ受け流している。
そんな事より働けと、当たり前の様に指摘する。まだ昼を過ぎたばかりだ、今からでも稼ぐ時間は十分にある。
「え~俺最近めっちゃ働いてるよ? 牧場の護衛が無い日だって現地に居るし」
あまりにも人気の依頼となった牧場の護衛任務は、ある程度平等になるよう調整が行われている。その結果ズークは、休みの日が増えている。
「依頼を受けてない日は収入にならないでしょうが! このおバカ!」
問題はそこである。牧場やケイバ場は無料でSランク冒険者が駐留してくれるから得だ。
しかし冒険者ギルドは何の利益も得られない。つまりズークの借金が減らない。
感謝こそされるが、一番重要な問題が解決しないのだ。事態の進展が突然起きたとしても、現場にズークが居るというのは大きいとしても。
「どうかしましたか? カレンさん」
カレンはズークに小言を言っていると、休憩から帰って来たレオンが不思議そうにしている。
「ああレオン。気にしないで。また後で話しましょう」
「え、俺と扱い違い過ぎない?」
とても柔らかな態度でレオンと接するカレンを見て、ズークが不満を述べている。彼はレオンの様な態度で対応された事がない。
「当たり前でしょうが。優しくされたかったら、真面目に働く事ね」
「ちぇー」
不満たらたらの様子で、ズークは適当な依頼を探す事した。不満を言える立場ではないのだが、相変わらず理解していないおバカであった。




