第130話 新米騎士と潜入調査⑥
王都シェントロにある阿漕な商売で有名な大商会カッティーヴォ。
その本店へ様子見に来たメアリーとエリオットは、商会主のヴィルターと遭遇した。
この国では珍しい短い金髪と、ネズミを思わせる顔立ちが特徴の中年男性。如何にも胡散臭い雰囲気を纏っているが、2人は敢えて普通の対応をする。
複数の悪い噂についても知らないフリだ。美人であるメアリーへ、不躾な目線を向けられている。
しかしそれについても一旦スルー。大陸の中央から来たのかという問いに答える。
「ええそうです。私達はローン王国から来ました」
メアリーの返答を聞いてヴィルターは更に笑みを深くする。何か思う所があるのかと、メアリーとエリオットは注意深く反応を見ている。
「やはりそうでしたか、明るい髪色は中央に多いですからな」
「……貴方も髪色が明るいですよね?」
エリオットは先ず無難な話題から攻めてみる。何かボロを出さないか期待して。
平民だと思われている間なら、多少なりとも口が軽くなるだろうと。もちろん腹の内を全て話してくれるとは思っていない。
ただメアリーがローン王国の名を出した時の反応が気になった。単に商取引があるだけかも知れない。
もしくは阿漕な商売をしているのかも知れない。2人にはそこまで分からないが、何かがあるのなら知っておきたい。
「ええまあ、私も生まれは中央ですから。ところで君は?」
「私の弟です。姉弟でこの街を見て回っていまして」
特に珍しくもない無難な回答。ヴィルターもこれと言って2人を怪しんではいない。ごくありきたりな雑談を交わしていく3人。
こんな話の為に商会主がわざわざ話しかけて来たのかと、メアリーとエリオットは疑問に思う。
ただフレンドリーな会話をして、詐欺でも働くつもりなのか。それとも他に何かあるのか。警戒されない程度に2人は腹を探りに行く。
「ここは商会主さんがいつもこうして接客を?」
メアリーがあくまで対応の良いお店に当たったと思って居る一般人を装う。内心ではかなり怪しんでいるが。
「ええまあ、情報は色々と知っておきたいので。商人ですから」
「情報ですか、例えばどんな?」
エリオットが少し踏み込む。この程度なら腹を探っているとは思われないだろうと。
これぐらいならただの雑談に過ぎないのだから。すると一瞬だけヴィルターの目が輝いた様に見えた。
決してエリオットの勘違いではない。まるで自分の狙い通りに会話が進んだと言わんばかりに。
「そうですね、例えば王都キャッシュで良い土地はないかなと。支店を出したいと思っておりましてね」
今度はヴィルターの方が少し踏み込んで来た。支店を出したいというのが本音かどうかはまだ2人には判断出来ない。
別段おかしな発言ではないが、本当にそれだけかという疑問も残る。ヴィルターは支店を出してどうしたいのかを語っている。
中央へ進出する理由としては、そこまで破綻していない。ただ何故それでローン王国を選んだのか、という点が微妙に軽い。
やや無理矢理感が少しある様に2人は感じた。ならばとメアリーは少し餌を撒いてみる事にする。
「実は私達、王都から大陸東部へ引っ越そうかと思っている所で」
「ほう、どの辺りにお住まいなのですかな?」
メアリーは大通りに面した商業区の近くだと答えておく。もちろんそんな所に2人の家なんかない。
彼女は騎士団の詰め所の話をしているだけだ。嘘は言っていない。2人が利用する建物だという事は本当なのだから。
この話題になるなり、ヴィルターの食いつきが嫌に良い。
「もし家を売られるというなら、是非とも私に売っていただけないかと」
今までにないくらいグイグイと踏み込んで来るヴィルター。これは何かあると、メアリーとエリオットは感じている。
「そんなにローン王国へ興味が?」
今ならもう少し話してくれそうだと感じたエリオットが、もう少し立ち入った事を尋ねてみる。
支店を出す意外にも何かあるのかと。すると気を良くしたのか、ヴィルターは更に話を広げる。
「ローン王国には優秀な調教師が多いですからね。うちもモンスターですが、管理しておりますから。意見交換などが出来たらなと」
少し着いて来て欲しいと、ヴィルターは店の2階へと連れていく。商談に使うと思われる別室の案内された2人。
暫く待っていると、ヴィルターが1冊の雑誌を手に戻って来る。それはケイバに関する様々な情報が書かれた専門誌だった。
「こちらの記事に王都キャッシュの牧場特集がありましてね。内容を読んで感銘を受けたのですよ」
ヴィルターは饒舌に語りながら、2人へ物件の売買について熱く語りかけた。もしその気があるのなら、相場よりも高く買い取ると随分積極的だった。
これまでの話に筋の通らない所は特にない。しかし拭いきれない怪しさが、メアリーとエリオットの中から消えなかった。
暫くはこの国に滞在するからと、本契約までは至らず話し合いは終了する。もし家を売る気になったら、直接指名してくれとヴィルターは言い残して去って行った。




