第124話 新米騎士と空の旅
ローン王国を飛び出したペガサスが引く馬車は、高速で大空を飛翔する。
初めて高空を飛んだエリオット・ノーランは、眼下に広がる広大な大地を見て驚いていた。
どこまでも続く大地、巨大な山脈、そしてあまりにも小さく見えるローン王国。
普段から大きな国だと思っていたローン王国は、マネー大陸の上空から見ればこんなにも小さいのかと。
「驚きましたか?」
緑色の髪を持つ先輩騎士、メアリーがエリオットに問いかける。
「……ええ、とても。大陸の広さを初めてこの目で見ました。地図で見るのとは違いますね」
見やすい縮尺で作られた地図でなら、エリオットも大陸全体を見た事がある。
しかし実際に肉眼で大陸を見た光景は違った。あまりにも広大で、圧巻の景色が目の前にある。
「私達はこの広いマネー大陸で生きているのです」
「正直、想像以上でした」
エリオットとて学園で習う範囲で、地理について学んでいる。大陸の広さがどれぐらいで、幾つの国があるかも知っている。
しかしそれはあくまで勉学として仕入れる知識というだけ。自分の目で確かめたものではない。
かつては大陸中の光景を映した映像記録もあったと言われているが、現在は失われてしまっている。
そのため国家間の具体的な距離や、大陸の大きさの数字と写真しか残されていない。
改めて映像を撮影する計画もあったが、どの国が作るかの利権問題が発生して中止となった。
「この大地の上に、私達は立っているのですよ」
メアリーは遠くを見ながらエリオットに向かってそんな話をする。人間が如何に小さな存在であるかを伝える様に。
「そうですね……」
エリオットは自らの在り方を改めようと思った。決して自惚れない様に、気を引き締める。
かつての自分が、井の中の蛙であった事を知った時と同じ様に。
「さてそれはそれとしてエリオット殿、任務の話ですけど」
「はい」
2人はただ空の旅を楽しむ為に、ローン王国を出発したのではない。
王都キャッシュで起きた牧場襲撃事件の、首謀者に関するヒントを集める為だ。その事を忘れてはならない。
「今回向かうのはプロスペリタ王国です。大陸東部にある大きな国の1つです。彼の国については?」
「ローン王国と変わらない規模の国だと習いました。それから鉱物資源が豊富だと」
先輩騎士としてメアリーが話を進める。エリオットは自分の知っている知識を示す。
「そうです。そして武器商人がとても多い国でもあります。周辺国を相手に武具の売買を行い儲けています。マネー大陸は自然が豊富な分モンスターも多い。武具の需要は高いですから」
プロスペリタ王国の武具は優秀だと有名で、名高い名匠が何人も居る。彼らの武具を購入する事を目標とする冒険者や傭兵は多い。
軍人や騎士にも好んで集めるコレクターも居るほどだ。単にモンスターへの対抗策としてだけでなく、様々な目的で買われて行く。
「ですが武具が主力なら、今回の件とは関わりが低そうですが……」
エリオットは純粋な疑問を覚えた。主産業と牧場の関係性が高い様には思えない。
「いいえ、あの国の武器商人が扱うのは、何も武具の類だけではありません」
「と、言いますと?」
エリオットはまだ遠く離れた国まで出掛けた経験が薄い。あまり関わりの無い国に関する知識は足りていない。
これから仕事を通して、色々と学んで行く事だ。
「奴隷や傭兵、育成したモンスターなども商品に含まれます」
「な、なるほど……それなら話は変わってきますね」
育成したモンスターの販売、それは今回の事件と関わりが薄いとは言えない。
広義の意味で言えば、ユニコーンやバイコーンもモンスターに含まれる。どちらかと言えば怪しい部類だ。
女性の部隊で軍馬として使う国もある。武器商人としては、より優秀な個体を欲しがるだろう。
「ですからしっかりと、慎重に情報を集めないといけません」
自分達に課せられた使命は、とても重要なものだとメアリーは語る。聞いていたより責任の重い任務だったのかと、エリオットは驚いている。
「ごめんなさい。万が一に備えて、2人きりの空間に来るまで詳細を明かせなくて。盗聴でもされていたら不味いので」
ローン王国の騎士団とて常に警戒はしている。しかし絶対は無いからと、油断はしない。
「いえ、そういう話なら納得です。しかし、それなら何故自分が?」
新米に過ぎない自分を連れて行く意味が、エリオットには分からなかった。
「貴方は気功術を習得しているでしょう? 武器が無くても使用出来る技も含めて」
今回は騎士として向かうのではなく、平民のフリをして潜入調査を行う。下手に武器の類を持っていると怪しまれる。
そこで素手を使ったスキル使用も可能となる、気功術の使い手は非常に相性が良い。
リーシュに教わった幾つかの気功術を、エリオットは使用出来る。当然武器を使えない時に備えた技も、学園で教えて貰った。
ローン王国では魔法適性を重要視する傾向にあり、気功術を学ぶ者は少ない。その関係もあり、潜入任務におけるエリオットの価値は高い。
「期待していますよ、ノーラン家のエリオット殿」
かつて落ちこぼれだと父に見放されかけていた、ノーラン家の長男であるエリオット。しかしそれも素晴らしい師との出会いで、全く違う道を歩み始めていた。




