第123話 潜入調査と新米騎士
ローン王国の騎士団は、先日見つかった転移の魔導具について販売元を凡そ特定した。
マネー大陸の東にある国々を中心として、流通している魔導具だった。更に情報を得る為、現地へ調査員を送る事が決定した。
ただしあまり目立って行動すると、相手に察知されかねない。少数精鋭で複数の国へ庶民を装い送り込む。
今回東の大国の1つ、プロスペリタ王国へ向かうのは2人の騎士。槍の名手であり現場指揮にも長けた女性。
淡いグリーンの髪を短く切り揃えた、小柄で可愛らしいメアリー。そして新人ながらも優秀な副騎士団長の息子、エリオット・ノーランだ。
青い髪に銀色の瞳、非常に整った顔立ちの男前。水の魔法剣を得意とする背の高い青年だ。
「メアリー先輩、よろしくお願いします」
ローン王国王城内にある騎士団の宿舎前にて、平民が着る普通の服を着たエリオットが頭を下げる。
「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。それにエリオット殿は貴族です、平民出身の私に頭を下げるなんて……」
メアリーは優秀な女性騎士だが、元は平民の生まれだ。1代限りの騎士爵としての地位はあれど、家名を名乗る資格を持たない。
代々伯爵家として続いてきたエリオットとは立場が違う。それにエリオットは副騎士団長の息子。
将来要職を担う可能性が高い人物だ。今はメアリーの方が先輩だが、いつかエリオットの指揮下に入るかも知れない。
「いえ、自分はまだ新人です。出身がどうとか関係ありません」
真っ直ぐな視線をメアリーに向けながら、真剣な表情でエリオットは答えた。
「……貴殿は貴族の出身なのに、随分と腰が低いのですね」
基本的に騎士団では爵位を振りかざしてはいけない。しかし騎士団長や副騎士団長が見ていない所では、爵位を盾に横暴な振る舞いをする者が居る。
長い間戦争とは無縁だったからこそ、肩書が全てのクリーンな職場になっていない。
騎士団の教えとして何度も教わる規則だが、平和ボケした一部の貴族が愚かな振る舞いを見せている。
しかしエリオットは真逆を行っており、メアリーは少し驚いている。横柄までは行かずとも、どこか下に見られても仕方がないと思っていた。
「確かに自分は伯爵家の生まれです。でも今の自分はまだ何も成していません。父は副騎士団長となりましたが、自分はただの新人でしかありませんので」
「真面目な人なのですね。分かりました、よろしくお願いしますエリオット殿」
メアリーがエリオットに向けて手を差し出す。2人は握手を交わしてお互いを認め合った。
これから潜入調査をする以上、2人の相性は非常に重要だ。コンビを決めた騎士団長の采配が、とても良かったという事だろう。
「ではエリオット殿、早速行きましょうか」
「はい!」
2人は騎士団の空戦部隊が使っている、出撃ゲートへと向かう。ローン王国の騎士団が誇る空戦部隊は、別名ペガサス隊とも呼ばれている。
ペガサスとは空を駆ける大きな翼を持つ馬型モンスター。ユニコーンやバイコーンの様に、人と心を通わせる事が出来る特別な存在。
彼らと共に厳しい訓練を乗り越えた騎士が、この空戦部隊へ正式に配属される。本人の実力が高いだけでは空戦部隊でやっていけない。
相棒となるペガサスとどれだけ信頼関係を築けるかが重要だ。そんな彼らの待つ出撃ゲートには、既に複数の空飛ぶ馬車が待機している。
今回の件は地上からゆっくり移動している場合ではない。空を高速で駆ける空輸隊が、調査員を現地へと運ぶ。この方法なら3日も掛からず大陸の東へ行ける。
「メアリー! こっちだ!」
1人の男性騎士が、馬車の近くでメアリーを呼んでいる。知り合いの騎士なのだろう。
「ゴードン殿、暫くの間よろしくお願いします」
「自分はエリオット・ノーランです。よろしくお願いします先輩」
メアリーと同じ様に、エリオットは深々と頭を下げた。やはりメアリー同様に、平民出身のゴードンは少し驚いていた。
「お、おお。お前は確か、副騎士団長の息子だったよな。その内お前の指揮で、行動する日が来るのかもな。楽しみにしているぜ」
全く貴族らしい高圧的な態度を見せないエリオットに、好感を抱いたゴードンは歓迎ムードだ。
あまりにも真っ直ぐな行動に、感化されたのだろう。気持ちの良いぐらい綺麗なお辞儀であった。
「さあ、それでは早速出発しましょうか!」
メアリーはペガサスの繋がれた馬車に乗り込んで行く。エリオットもその後に続き、馬車の中に入る。
4人まで乗れる小型タイプで、中はそれ程広くはない。今回の様に、なるべく早く人員を届ける為の馬車だった。
「エリオット殿、空を飛んだ経験は?」
「これが初めてです。ペガサスとは縁が無かったもので」
エリオットの父であるガウェイン・ノーランは、あくまで己の実力を重視するタイプだ。
空戦部隊の様な部隊にはあまり向いていない。結果としてエリオットは、ペガサスと触れ合う機会は無かった。
「それなら良い機会ですね、空の旅を楽しんで下さい」
「……任務中にですか?」
それぐらい構いませんよと、メアリーは笑っていた。そんな会話をしている内に、2人を乗せた馬車は空へ向かって飛び出した。




