第119話 侵入者
騎士団と冒険者ギルドがそれぞれ調査に当たっている間も、ズーク達の護衛任務は続いている。
一応新しい動きはあったものの、依然として襲撃犯の正体は掴めないまま。停滞、そう表現する他ない。
警戒心が薄れた頃を狙って、行動を移す相手。明らかな知性を感じさせる。間違いなく馬鹿ではないだろう。
多少のヒントは得たものの、犯人の特定にはまだ遠い。騎士団の詰め所に寄ってメアリーから経過を聞いたズークは、ギャレットファームに戻って来た。
「ズーク、どうだった?」
警戒に当たっているリーシュが、ズークに進展があったか尋ねる。
「いや、まだ大した情報は無かったよ」
モンスターの襲撃から数日経つものの、大きな変化は起きていない。街道の警備が強化され、騎士団が巡回する頻度は更に上がった。
これで何かをするのは相当難しい筈だが、転移系の魔法や魔導具を使われるとその限りではない。
既に一度使われているので、転移対策が進められているがまだ不十分だ。先ずは王都を最優先して、転移を防ぐ結界を発動している。
ただしこれが曲者で、大量の魔力を消費する。普段は王城のみを対象に発動しており、それだけなら問題はない。
それが王都全域となると、消耗が大きく跳ね上がる。何人もの宮廷魔道士達が、定期的な魔力供給を行わねばならない。
本来は戦時中に適応するこの効果範囲拡大は、平和になった現在は使用を前提としていない。
魔力を貯蔵しておくタンク型の魔導具は、平常時のストックしかない。夜間の起動に回す分しかないのだ。
結果昼間は結界に魔力を注ぐ係と、タンクに補充する係に分かれて運用されている。これが結構な重労働であり、宮廷魔導士達は必死だ。
「転移の魔導具は大陸の東側で作られた物、それぐらいで国まではまだハッキリしていない」
「そうなのね。東側、か」
マネー大陸の東側で、特別ローン王国と仲が悪い国はない。こんな事を仕掛けて来る理由はない筈だと、リーシュは思考を巡らせる。
仮に何処かの国が主導でやっているとしても、ローン王国までの間に幾つも国がある。それらを挟んで戦争なんて、とても現実的ではない。
転移を使って王都へ進軍するにしても、背後を同盟国で囲まれてしまう。ただ不利になるだけで、自殺行為でしかない。
つまりその線も薄いと判断せざるを得ない。大体1回でも転移を見せれば、対策されるだけで終わりだ。
進軍のテストとして見ても、あまりにお粗末過ぎる。そんな会話をしながら、2人が牧場内を歩いていた時に異変が起きる。
「もう少し経たないとーー待て、誰だお前!」
薄汚いボロボロの服を着た、怪しい人影が厩舎の近くで見えた。明らかに牧場関係者でも冒険者でもない。素早く動いた2人は、挟み込む形で怪しい人物を追い詰める。
「お前は……奴隷の魔族?」
手足に枷を嵌められた、浅黒い肌の人物。顔は中性的で、見ただけで性別は不明だ。
「クッ!?」
侵入者は逃げようと魔力を使う。しかし思った効果が得られずに、侵入者は困惑している。
「無駄よ、私が側に居る限り転移系の魔法は阻害される」
当然こんな事態も見据えて、リーシュは自前の魔導具を用意していた。主に高難易度ダンジョンなどの対策として使うペンダント。
装備者の半径3メートル以内では、転移系のトラップ等が無効になる。それは魔法についても同様で、こうして対策になるので自宅から持ち出していた。
ならばと侵入者は、身体能力で逃げようとする。しかしここに居るのは、人類でも上位に位置する実力者。半端に拘束された状態の、奴隷では振り切る事が出来ない。
「観念して貰おうか」
「大人しく捕まるなら、手荒な真似はしないと約束するわ」
逃げられないと悟った侵入者は、諦めて投降する道を選んだ。話を聞くとどうやら女性らしく、トワと名乗った。
額には1本の角が生えており、長い髪を腰の辺りで纏めている。それなりに美しい容姿だが、奴隷だからかあまり清潔とは言えない。ちゃんと化粧でもしていれば、それなりにモテそうな印象がある。
「ここで奴隷を投入するのか」
個人を転移させて来る可能性は既に考慮されていた。しかし奴隷となると、捕まえてもあまりメリットはない。
「どうせ話せないでしょうしね」
奴隷として飼われている者は、契約時に刻まれる奴隷の紋様で縛られる。主について話せと言っても、話せない可能性が高い。
奴隷から解放されれば話は変わるが、他人が勝手に奴隷の身分から解放するのは難しい。
奴隷制が認められた国で正規に登録した奴隷は、飼い主の所有物として正式に認められている。
無関係な他人が、勝手に解放出来ない様に対策されている。今回の様に不法侵入で捕らえただけでは、強制的に解放するのは難しい。殺人でもしていればまた違うのだが。
「解放には時間と手続きが掛かるからなぁ……また調べるのに時間が掛かるネタが増えたと」
奴隷とは言え、魔族の関わりがあるらしい事は分かった。一応その点においては進展だ。しかしすぐに断定出来ない証拠だけを残す相手に、随分と慎重な相手だなと改めてズークは感じた。




