第106話 オーウェンの妻
ズークのギャレットファーム見学は続いている。次に見学をしているのはバイコーンの調教現場だ。
バイコーンはユニコーンと真逆の性質を持つ生物である。体毛は黒く角も2本あり、清純な乙女を背に載せない。
性的な経験のある女性のみを好む。体格や走力はユニコーンと変わらず、性質は真逆だが生物としては近縁種という研究結果が出ている。
特にどちらの方が走る速度が速いという事はなく、全てはどう育てたかで決まる。そしてバイコーンの方は、調教師がユニコーンよりは付きやすい。
やはり恋愛や結婚をしたい女性の方が多いので、元はユニコーンの調教師だった人がバイコーンに回る事も良くある話。
ただしユニコーンよりもバイコーンの方が、基本的に気性が荒いという問題がある。人数は多いものの、また違う面で問題を抱えている。
ユニコーンは清純な女性しか許さず、バイコーンは気性が荒い。どちらを選んでも、リスク自体は存在していた。
「うーん、やっぱバイコーンの方がカッコイイよなぁ」
「おや、ズークさんはバイコーン派ですか」
「ユニコーンも綺麗だけどさ、男としてはやっぱこっちだなぁ」
ユニコーンはどちらかと言えば女性に好かれがちで、バイコーンは男性に好かれる傾向がある。
ユニコーンは見た目が美しく、バイコーンは雄々しい印象があるからだろう。だが必ずしもそうだという事はない。
男性でもユニコーンを好む人も居れば、女性でバイコーンが好きだという人だって居る。事実としてバイコーンの調教師や騎手をする女性は、望んでバイコーンを選んでいる。
好きでもない生き物を育てるモチベーションは保てないし、信頼関係を築けない騎手ではレースで勝てない。
どちらもバイコーンと友好な関係を作る必要がある職業だ。しかもバイコーンは気性が荒いので、上手く宥めないといけない。
言うことを聞かせるだけの、コミュニケーションを重ねる事が需要だ。
「あの女性が奥さん?」
「ええそうですよ。妻のリエラです」
「へぇ、綺麗な人だね」
元は騎手をやっていた女性なだけあって、オーウェンの妻であるリエラは美しい。40代に突入しているが、まだ30代で通る若々しさを保っている。
スタイルもかなり良く、まだまだ現役で騎手をやれそうだ。この辺りでは珍しい、淡いブルーの髪をポニーテールに纏めている。
恐らくはローン王国以外の国から来た人なのだろう。顔立ちもあまり見ない異国風で、どこかエスニックな雰囲気がある。
キリっとした表情で、バイコーンの相手をしていた。外見だけなら完全にズークの好みであるが、手を出そうとは考えない。
何故なら過去に一度不倫に手を染めて、結構な面倒を背負ったからだ。そんな過去を知らないオーウェンは、ズークを紹介する為にリエラに近づき声を掛ける。
「リエラ! ちょっと良いか!」
「何?」
「あのSランク冒険者、ズーク・オーウィングさんだ」
有名人であるズークを見て、リエラは驚いていた。特に縁も無かった人が、突然現れたのだから当然だろう。
驚きながらもズークに近付いて、握手を交わし歓迎した。そして牧場の運営に関わる事なので、オーウェンはガンツから共有された話をリエラにも伝える。
取引情報の漏洩と、怪しい動きがある事も当然伝えた。ただし捕まった連中が既に壊滅した組織である事を、ズークが知っていたのでその事実も併せて伝える。
だがそれで安心するのはまだ早く、もう片方の襲われた商人の犯人は別組織である可能性が高い。
撃退はしたが捕縛は出来ておらず、またガンツを襲った連中はガンツへの襲撃が1度目であった。どうやらややこしい事情がありそうだ。
「何だか物騒ねぇ。困るわ」
「とりあえずは周辺の牧場に、連絡を入れておいた。今は返事待ちだ」
「何かあったら、俺を呼んでくださいよ」
指名依頼が欲しいという意味もあるが、好きなギャンブルを守りたいという意思をズークは強く抱いている。
基本的に自分から積極的に人助けをするタイプではないが、一切やらないという事もない。
自分が好きなものや、興味のあるもの、そしてSランクモンスターの様に過去を刺激された場合は進んで動く事がある。
今回もそのパターンであり、積極的に絡んで行くつもりだ。ただしズークへの指名依頼はそれなりに高いので、単なる偶然かも知れない状況では流石に依頼を出せない。
「何か分かったら、すぐにギルドへ連絡しますので」
「その時は私からもお願いします」
「ええ、任せて下さい」
美人の前だからと、いつも以上に格好をつけて同意するズーク。もうこればかりは癖であり、自分でコントロールする事が出来ないのだ。
女性の前とあれば、すぐに格好をつけようとする。それがまた妙に様になるから困りものだ。
それに騙されて、陥落してしまう女性も少なくない。リエラの場合は浮気性な性格ではないので、特に問題は起きないが。
ただ好意的に受け取られたのは間違いない。とは言え何も問題が起きていなければ、ここで話は終了となる。
果たしてこの約束が意味のあるものとなるのか、ただの杞憂に過ぎないのか。それはまだ、この場に居る誰にも分からない事だ。




