第104話 ケイバと牧場
ユニコーン専門の商人であるガンツに連れられて、ケイバで使われるユニコーンやバイコーンを育てる牧場に案内された。
ローン王国の首都であるキャッシュの街から少し離れた草原に、広範囲に渡って柵がズラリと並んでいる。
競争馬の代わりとして育てる為には、それなりの広い土地での訓練が必要となる。畜産業としての牧場とは、色々と必要な設備も範囲も違う。
遠くまで続く緑が、穏やかな風を受けてユラユラと揺れている。非常に爽やかな風景を目にしながら、空調の効いた馬車からズークが降り立つ。
「おお、すげぇな!」
「そうでしょうそうでしょう」
「あるのは知ってたけど、近付いた事は無かったんだよなぁ」
ズークはマナーの良い楽しみ方をするタイプだ。騎手を務める女性達を盗み見る為に訪れたり、ユニコーンやバイコーンを盗んだりする様な真似はしない。
そういう所は真面目なのだが、果たして良いのか悪いのか。女性達に余計なちょっかいを掛けていないだけマシだろうか。
しかしそれも、こうして接点が出来てしまったので微妙な所だろう。ここには騎手を務める女性達がおり、特にバイコーンの騎手は妙齢の女性が多い。
ズークの守備範囲に入る女性も、何人か居る可能性は高いだろう。しかも王都の近くで、広範囲の土地を所有出来る牧場なら規模はかなり大きい方だ。抱えている騎手は美女揃いだろう。
「なんだガンツ、来ていたのか」
「ええ、今し方。ズークさん、彼が牧場主のオーウェンです」
「どうも初めまして、ズーク・オーウィングです」
麦わら帽子を被った大柄の中年男性が、ズーク達の方へやって来た。あご髭を蓄えたクマの様に大きな体を持ち、やや厳つい顔立ちの男性は鍬でも持たせれば似合いそうだ。
彼はオーウェンという名の牧場主で、主に王都のケイバ場で競争に出るユニコーンやバイコーンを育てている。
ケイバでの儲けはかなり高額な為、こう見えてオーウェンは結構なお金持ちである。見た目だけなら厳つい農夫だが、ちゃんとした場に出る時は高価な正装に着替えて向かう。
そのギャップが激しい為に、彼を知る者達はいつもそのネタで弄っている。傭兵団の団長でもやった方が似合いそうな男性だが、性格は穏やかで優しい動物好きな人柄だ。
「え、あのSランク冒険者の?」
「ええそうなんですよ。実は先程助けて頂いて。話してみればケイバが好きだと仰いますから」
「なるほどな。知り合いを助けてくれた人なら歓迎するよ」
一応余所者が居るからとやや警戒したオーウェンだったが、相手があのローン王国が誇るSランク冒険者と知り態度を和らげた。
中身を知らないというのは、ある意味で幸せなのかもしれない。ここに居る頭がSランク級のバカは、5億を超える債務者である。
ファウンズ支部長達が必死で隠している真実は、今の所外部には漏れていない。虚しい努力が実った結果だと言えるだろう。
真実を知らないオーウェンは、ズークの来訪を歓迎した。ガンツと共に、護衛の冒険者も含めて招き入れる。
近くに来ていた牧場の職員達が、ガンツの馬車からユニコーンの受け取りを開始した。
「あんまり綺麗じゃないが、座ってくれ」
「いつもすまないねオーウェン」
「お邪魔しまーす」
来客用の部屋にズーク達を通したオーウェンは、何があったのかガンツ達に問いかけた。
そこでガンツは、自分の移動ルートと日程が外部にバレていた話をする。本来ガンツの様な高額の商品を扱う商人は、移動ルートや取引の日程を外部に漏らさない。
良からぬ者達に知られたら、こうして襲われる可能性があるからだ。それ故に極秘にしていた筈が、何故か悪党達に知られていたというのだから問題だ。
こうしてズークを連れて来たのは、そういう意味もあったのだ。狙われたのがガンツだけなのか、このオーウェンの牧場も含めてなのか。
それによって取るべき対応が変わって来てしまう。ガンツの話を聞いたオーウェンは、深いため息を吐いた。
「うーん…………なるほど」
「貴方はどう思いますか?」
「いや実はな、ウチに出入りするバイコーンの業者も襲われかけたんだ」
どうやらガンツだけが狙われていたのではないらしい。そうなって来ると、仲介業者全体が狙われている可能性もある。
オーウェンは他の牧場主達と連絡を取り合い、何かが起きているのではないかと確認をする事に決めた。
業界全体が狙われているのであれば、冒険者ギルドや国に依頼を出さねばならなくなる。冒険者ギルドには、牧場や仲介業者の護衛強化。
国に対しては、窃盗団などが現れた可能性を申告する。これからどうなるかは分からないが、どうにもきな臭い出来事が起きている予感をオーウェン達は感じていた。
とても良いタイミングでズークが現れたのは、幸運だったと連れて来たガンツにオーウェンは感謝した。
そしてズークに対しては、もしかしたら依頼を頼むかも知れないという前振りを行った。ズークとしては、大好きなケイバの牧場を警備する指名依頼が入るなら歓迎だ。
相場の下がったアテム大森林の素材を、何度も集めて周るのは正直面倒だった。何かあれば冒険者ギルドに連絡をするという約束を交わし、ズークは牧場の見学をさせて貰うのだった。




