第100話 学習能力? そこに無ければ無いですね
報酬として2億ゼニーという大金を得たズークが、先ず手始めに何をするか。真面目に返済? まさかそんな筈がない。
その様な真っ当な思考の持ち主であれば、そもそも10億などという馬鹿げた借金は作らない。
酒、ギャンブル、女、この3つが最も重要と考えている様な男が、まともな思考で動く筈がないだろう。
2億を倍にする事が出来れば、2億を返済に回し残った2億は好きに使える。借金生活のせいで、行きつけだった娼館にほぼ行けていない。
それはズークにとって、大きな問題である。カーロ共和国にはマリーが、ローン王国にはエレナが居るというのに。
普通なら2人も女性を囲っていれば、満足する筈である。だがズークはそうではない。
英雄色を好むというが、最早色に染まっているレベルである。男性の本能を考慮すれば、違う新しい女性に行きたがるのも分からなくはない。
だがしかし普通の男性は、誠実に1人の女性を愛するもの。浮気や不倫、側室を置く人も確かに居る。浮気と不倫はともかくとして、側室は過ちではないけれども。
「お客様はどちらに?」
「赤の27」
ズークは今、カーロ共和国のカジノを訪れている。しかもそれは表のカジノではない。
そっちに行くとまたリーシュにバレてしまうので、ラドロンから裏のカジノを紹介して貰ったのだ。
客を騙してふんだくる様な悪質な店舗ではなく、大金が動くという以外はまともなカジノである。
主に貴族やお金持ちが利用する場所であり、法外な金額を賭けられる点が表のカジノとは違う。
ギャンブルにはどの国でも基本的に、動かして良い金額に一定の制限を設けている。行き過ぎて破産する人間を大量に出さない為の措置だ。
カーロ共和国のギャンブルについては、一度で200万ゼニーを超えるベットが許されていない。
ただパチンコで小まめに分割すれば、200万という上限を超える事が出来てしまうのだが。
その点については、何故か誰も触れない。そもそもパチンコは、ギャンブルではないという事になっているからだ。
「次のお客様は?」
「黒」
今ズークが座っているのはルーレットの台だった。色と番号が割り振られた円盤に、勢い良く回転させる為のやや太い支柱がど真ん中についている。
ディーラーが投げ入れた小さな玉が、どこに入るかを予想するというギャンブルだ。アメリカンとヨーロピアンという2タイプの盤面が存在し、明確な違いが存在している。
ヨーロピアンの方は0の数字が1つしかない。0から36までの37個の数字が割り振られている。
対してアメリカンの方は0と00が存在し、38個の数字が振られているのだ。つまり後者の方が的中率が低くなってしまう。
その分ハイリスクハイリターンになっており、裏のカジノであるここでは当然アメリカンが採用されている。
「次のお客様」
「俺は0だ!」
ルーレットでは大きく分けて二つの賭け方が存在する。それはアウトサイドベットと、インサイドべットというものだ。
ルーレットの台には、数字が1つずつ書かれた内側の場所と、色を選ぶなどの大雑把な賭け方をする外側に分かれている。
前者がインサイドべットで、的中させるのが難しい分倍率が高い。アウトサイドべットは逆で、的中率が高くなる代わりに倍率も低くなる。
最も倍率が高い賭け方は、1つの数字に賭けるストレートアップというもの。なんと倍率は36倍となっており、当たればとんでもない額が手に入る。
逆に最も倍率が低いのは、1から18までのローか19から36を差すハイのどちらかに賭けるハイロー。
そして赤か黒のどちらかを選ぶレッドorブラック。奇数か偶数かを選ぶオッドイーブンの3つが存在している。
どれも倍率が2倍しかないものの、手堅く賭けるならばこの3つを上手く回して行く事だろう。
順番に参加者が賭けて行き、遂に回って来たズークのベット。
「そちらのお客様は?」
「俺は00に賭ける」
ズークは悩む事なくストレートアップに望みを託す。これまでに失った金額は、1億を超えている。
このカジノはそういう店である以上、一度の賭け金が高額になっている。数百万程度しか賭けない庶民はこの店に入れない。
1度のベットで1千万など当たり前に賭けられる。だからこそ、当たった時に大きな金額が動くのだ。
今ズークが00にストレートアップで賭けた額は5千万である。その36倍ともなれば1兆8千億ゼニーとなり、借金問題を解決した上でなお遊んで暮らす事が出来る。
しかし普通に考えれば、2億を元手に2倍のベットをコツコツ重ねた方が確実。なのだが、そんな堅実な思考があれば借金なんてしない。
そもそも堅実な人はギャンブルなんてしないけれども。ハイリスクハイリターンを楽しんでこそ、真のギャンブラーと言えるのだろうか。
理解する気もおきないが、ズークはそちら側である。この男の問題点は、大きな額を手にすると途端に危機管理能力が低下する点だ。
裏レートマージャン大会で見せていた思考力は発揮されず、ヒリついた勝負に明け暮れた結果は言うまでもない。
数時間で2億ゼニーを溶かしたズークは、呆然とした表情でカジノの前で立ち尽くしていた。
2章はこれで完結となります。3章を一旦ファンタジー路線のおバカな冒険の話にするか、次は競馬テーマにするか悩んでおります。




