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治癒力の限界


 

「熱が高いと聞いたから、治癒魔法を使ったんだね」

 

 またヴィクスが倒れたと知らされて、部屋に走ると、専属医師のダートン子爵が診察を済ませたところだった。

 子爵が尋ねる言葉に、シャーロットは黙って頷く。

 ヴィクスは、真っ青な顔でベッドに横たわっている。シャーロットは横たわる弟を見つめたまま動こうとしない。



 シャーロットは、繊細で扱いの難しい子だ。自己顕示欲が強く、常に自分が一番注目されていたい性格。気に入らないことがあるとヴィクスを虐めたり酷く叩いたりしたこともある。


 何度も叱ってはきたが、今回はどうしたものか。



「ほんとうに、『教科書に載っていた魔法』で間違いないかい?」

「本当です! わたしちゃんと習った通りに使いました、お父様……!」


 シャーロットは素直に使った魔法を教えてくれた。

 本当に『風邪などの発熱を和らげる』だけのもの。

 初級魔法の教材でもある、平民もよく使うものだ。



 こんな事になるとは思わなかったと、震えながら目に涙を浮かべている。

 今までなら意固地になって口先で謝って済ませていただろうが、震える声からは本気の動揺と怯えが伝わってくる。

 

 五歳児どころか赤ん坊にさえ施せる魔法。

 ただ、ヴィクスの治癒力がほぼ無かった。

 これほど簡単な魔法も、命を脅かしかねないほどに……。

 

 

 馬車の事故で瀕死の重傷を負ったことは伏せたため、熱を出して寝込んでいるだけの弟がそんな状態になるとはシャーロットも思わないだろう。

 治癒力が減っていると事前に説明していれば……今回の事態は防げたのかもしれない。

 

 

「ヴィクスは、実はちょっとひどい風邪を引いていたんだ。だからずっとポーションを少しずつ飲んで治療していたんだよ……治癒力が減っていたんだ」

「そっ、そんなの……知らなかった! 本当にただ熱が高いだけだと思ったの! 熱が楽になるといいなって……ごめんなさい、ごめんなさい!!」


 震える手を胸の前に握って、シャーロットが泣き出す。

 一度溢れた涙は止まらなくなってしまったようで目の周りを何度も擦りながら必死に謝り続ける。

 今までヴィクスを虐めたことで何度も叱ってきた、けれどこんなに動揺を見せたことはなかった。

 促される前に自分から謝るなんて今までにはなかったことだ。それもこんなに真摯に……。



 先日熱を出して意識を失うほど寝込んでから、シャーロットの様子も少し変わっている。

 ヴィクスの乗る馬車にクッションを詰め込んだり、自分が行くはずなのにと暴れなかったり。



「シャーロットもこの前熱を出して辛かったんだね。だからヴィクスが早く良くなるようにと思ったんだろう?」


 そっと肩に手を添えてシャーロットに目線を合わせる。


「けれど、軽率だったね。お医者様にかかっている時は、お医者様に任せるべきだった。シャーロットはヴィクスのことを思ってやったけれど、結果としてヴィクスを苦しめてしまった。今回のことを、忘れてはいけないよ」

 


 頷きながらも泣き止めないシャーロットを侍女に任せて部屋に戻すよう指示してから、ずっと難しい顔をしている医師と向き合う。

 

「どう……でしょうか」

「間一髪、というかシャーロット様が気づくのがあと少し遅かったら……助からなかったでしょう」

 

 

 あの程度の警告では足りない、とでも言いたげに医師はヴィクスの手首を取る。

 

「本当にギリギリですよ。今日からはポーションも使えません。治癒力が自然回復するまではヴィクス様の治癒力を信じるしか無い」


 医師には『診察』スキルがある。相手の状態や情報を一時的に知ることができるのだ。

 

「どれくらい……」


 知るのが怖いとも思いながら尋ねると、医師が難しい顔のままヴィクスの手首をなぞった。


「……ヴィクス様に残っている治癒力はせいぜい3%。……普通の子どもが一日に15%回復するとしても、ヴィクス様は傷の修復に一日10%は使ってしまう」



 ポーションで少しずつ引き出していた僅か10%の治癒力。その治癒力をシャーロットが使ってしまったというわけだ。

 死んでしまったと言われてもおかしくないほど静かに、青白い顔で、ヴィクスは眠っている。苦しそうでないことは少し安心するがこのまま命が消えてしまう可能性もある。


 

 ——この子を、失うわけにはいかない。

 

「我々にできることはもうありません。幸いヴィクス様は治癒力がかなり多い体質のようです。あの大怪我も生き延びた方ですから、回復してくれると信じましょう」

 

 

 自然に目を覚ました時が、生き延びられた時だと。食事の代わりに栄養を補っておくからと医師は点滴を繋いで退出していった。

 

 ベッドサイドの引き出しから櫛を取り出してヴィクスの前髪を整えてやる。

 わたしとそっくりの銀髪、閉じられた目はローズと同じ青のはず。

 

「汗をかく余裕もない、か」


 今朝までは熱が高かったはずだというのに、血の気のない頬は冷たくて、乾いていた。



「旦那様……わたくしが付いています」


 アニーがやってきて看病を変わると申し出た。確かにここで仕事をするわけにもいかない。容体が悪化したと言えば、ローズが飛び出してきてしまう可能性もある。

 

 ローズは『医師』資格を持っている。つまり『診察スキル』で怪我のことまで全てバレてしまうかもしれないのだ。



 産後間もないローズにそんなストレスを与えたくない。

 

「隠し事が……増えていくな」


 後で『こんなことがあった』と知らされればおそらくローズは怒り狂うだろう。けれど『ストレスを与えたくなかった』ことは理解してくれるはずなのだ。ローズと同じ医者であるお抱え医師のダートン子爵が進言してきたことでもある。


 シャーロットが熱で意識不明になった時には生まれたばかりのリュートに授乳しながらシャーロットの看病をしていてダートン子爵はかなりお怒りだった。


「産後の母体がどれほど脆いものかは医師である奥様ならばご存知のはずです!」


 あの剣幕は物凄いものがあったので、ローズにはしばらく部屋で静養を命じているのだが。

 今から伝えたときのことが気がかりである。

 アニーにヴィクスを任せて、部屋の扉を閉じた。

 

 ヴィクスが目を覚まさなかったら——最悪の事態を、頭の隅に押しやりながら。

 

 


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