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『シャイニングプリンセス』


 

『シャイニングプリンセス〜夢の舞踏会〜』



 二九歳の俺が、何冊も同人誌を買った女性向け恋愛シミュレーションゲーム、育成ゲームのタイトルだ。


 ヒロイン……令嬢が学生生活を中心として一日五つ選択できる『行動』でステータスを上げ、複数の令嬢とステータスを競い、最後に開かれる皇城の舞踏会で意中の相手から告白を受けて婚約するのがゴール。


 対立するのが、学校一の才女であるが、とにかく何に於いても自分がトップでないと気が済まない侯爵令嬢シャーロット。

 プレイヤーとして選べないタイプのライバルキャラクターだ。


 外見は波打つ豊かな金髪に気の強そうな青い瞳。そして特徴的な赤いリボンの三つ編み前髪。

 

 

 立ち絵に出てくるのはもっと成長した姿だったが、思い出してしまえば『そのまま』だ。


 

 シャーロットは誰を攻略しようとしても、常にハーレムルートを目指してプレイヤーと競り合う。優しく声をかけてきたと思ったら、実は裏でプレイヤーを蹴落とすための策を操っていたりする……とても腹立たしい……ライバルだ。


 彼女は常に『男性攻略キャラクター全員』を手に入れるために動くから、『同性キャラクター同士で手を取り合うエンディング』——通称『百合ルート』——にも選べない。


 やりこんだ、というほどの熱量があったわけではないが何キャラクターかエンディングを見て、『シャーロットと百合ルートに入る』同人誌を読んでいた。

 

 

 ——弁解しておくと百合展開が見たかったわけではなくて、原作では見られない、友人として過ごすシャーロットとヒロインの関係が好きだっただけだ——



 どうやらここは『シャイニングプリンセス』の世界……そりゃあ魔法もポーションもあるわけだ。

 剣と魔法のファンタジーとは言わないが『剣も魔法も王子様とのシンデレラストーリーも』ある世界だ。

 

 

 

 姉が『シャーロット』であるということになるのなら、この世界がどこかは分かった。



 ——だが、僕は?



 シャーロットに弟がいる。という情報はミニシナリオかサブイベントに確かにあったのだが、二人もいたというのも初耳だ。

 弟を虐待していたのだって、五歳の方の記憶から知った。

 シャーロットなら、やりかねない。

 姉の今までの言動はもう記憶にある。

 だからこそ、どちらの記憶も『今の姉』に違和感が強い。

 

「大丈夫……です」


 恐る恐る答えてみると、シャーロットは少し複雑そうにしながら頷いて微笑んだ。


「病人を叩いたりしないわ、そんなに警戒しないでよ」



 では何が目的なのか。


 弱っている姿を見たいだけならば、回復してきていることを喜ぶとは思えないのだが。


「あなたも来年には学校に通うのよね……ちゃんと治しておかないと実技や体育の授業で苦労するわよ」

「平気です。もう歩けるようになりましたから」



 姉だというのについ敬語で受け答えをしてしまう。この体——ヴィクス——に叩き込まれた姉への対応だ。

 

 

 馴れ馴れしく話しかけるな。社会に出た時のために教えてあげている。

 そんなことを言われたはずだ。

 

 

 そうでなくとも、だいたい誰にでも敬語で話して来ていたつもりだけど。

 ——俺が入ったことで、崩れているかもしれない。

 

 

 

 何かをモゴモゴと言い出したい雰囲気のシャーロットの前で俯いて言葉を待っていると、意を決したように深呼吸の音がした。

 

「……今まで、ごめんね」

 

 謝られた……?

 シャーロットに、自分から……?

 

 

 呆気に取られて思わずシャーロットを見返したが、シャーロットは続く言葉を飲み込んだような顔になって、くるりと背を向ける。


「学校に戻る前に宿題があるの! もう部屋に帰るわ!」


 足早に扉へ向かうシャーロットの耳は真っ赤になっている。まるでずっと謝れなかったことが恥ずかしいかのようだ。

 扉を閉める直前、シャーロットは後でお茶をしようと言い出した。



「新しく使えるようになった魔法を見せてあげる! 私の部屋まで来るのは辛いと思うから私がこの部屋に来てもいい?」

 

 好感度上げだろうか?

 

 だが『僕』は弟だ。

 ゲーム中のシャーロットも、記憶にある姉のシャーロットも『わざわざ弟をお茶に誘う』なんてことはしたことがないはずだが。

 

 

 ——無理難題を押し付けられる時が来たか。

 ——お茶会なんか行きたくない。

 

 五歳の経験がそう考えて、怯えてしまう。

 何を言われるか、何をされるか。何を要求されるかわからないシャーロットとの会話は、ものすごいストレスだった。

 松葉杖を握りしめていた手が震えている。

 

 

(けれど、逆らったらそれこそ何をされるか……)

 

 姉のペンが無くなった時のことを思い出す。絵本を借りに姉の部屋に入った後、お気に入りのペンがなくなったと騒いで。言い訳をしようとした途端に分厚い本で手を叩かれたっけ……。

 あの後、本棚とは反対側……机の下に落ちていたと聞かされたけれど、シャーロットが謝ったりはしなかった。

 

 

 

 午後の予定が決まっただけだというのに、ぐったりと疲れた気分で松葉杖をつきながらソファから机、机からベッドへ、と三点をぐるぐる歩く訓練を続ける。

 たったこれだけが、とても辛い。十メートルほどの距離を歩くのに五分ほどかけても、足を地面につくたびに筋肉痛をずっと強くしたような痛みが付きまとうし、骨は何かが刺さっているように痛む。息が上がり疲れて立てなくなってしまったところで、今日の分は終わりにすることにした。

 水をもらい、医師に指示された通りにポーションをひと匙混ぜて飲む。

 今は体温が上がっているせいだろう、夏に冷蔵庫を開けた時みたいな清涼感が体の中に満ちていく。

 

 

『使える治癒力の上限を引き出す』のがこの世界のポーションだ。

 体力回復などの治癒魔法も『治癒力を使って』使用する。

 『治癒力』がつまり回復全般に消費されるリソース。

 魔法が使えるほどの治癒力がなければ、ポーションで『使える量』を増やしつつ体力や治癒力の自然回復を待つ。

 今の僕がその状況だ。

 

 ようやく歩く許可が出てもこんな調子で、元の通りに動けるようになるのだろうかと不安になっていたというのに、この後はお茶会である。

 

 この部屋でお茶を飲むと言っていた……家族とお茶を飲む、たったそれだけだが、過去のシャーロットは常に『優しくした後には何かひどいことが待っている』のだ。

 せめて不当な要求をされたら拒否するくらいはしよう。

 こちらは二九まで生きてきている。

 それにこの世界では、もう少し自分の意思をはっきりさせて生きてみたいと、思ったから。

  

  


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