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姉シャーロット



 ゆっくり、安静に。と言われたと思ったんだが?

 と疑問を投げかける俺に侯爵家の医師は断固として『後遺症を少しでも軽くするため』の一点張りで譲らず。

 翌朝から俺はリハビリに励むことになった。

 曰く、『引きちぎられた神経や筋肉を急いで繋ぎ直したのできちんと動くように訓練しておかないと変な形でくっついてしまう』らしい。

「お坊ちゃまも、早く起きられるようになりたいようですからね! やる気があるのならとめる理由はありません」

 そもそも魔法で治療したのは大部分が潰れてしまった内臓で、手足などは縫合して物理的にくっつけた後をポーションの力で繋ぎ止めている、とのことだ。


「ポーションも、ほぼ治癒力を使い切っている今のお坊ちゃまにはそう多く使えません。一本を三日かけて飲む程度が限界でしょう。一日二回、一口ずつ必ず飲んでください」


 ギプスも付いて動きにくいことこの上ない。


 この世界のギプスは、なんと包帯の上に貼り付けられた札一枚。軽いのだけど動かせないという点ではものすごい強度だ。匙もコップも持てないので全介助の状態である。

 腕は損傷が少なかったから少しずつポーションを飲み続けていれば三日もすれば動かせる、との見立てだという。

 ベッドから動けないという事は……というわけで。

 トイレの介助だけはもう恥ずかしくて仕方がないので、リハビリにも熱が入った。

 

 

 

 とりあえず介助付きで部屋を歩く許可が出たのは、侯爵家に帰ってきてから一週間後のことだった。

 腕が治るまでが三日と言われたのだから、これはかなり早い方だろう。

 改めて姿見で確認してみるとこの世界はファンタジー世界に間違いはなさそうだった。

 銀髪に青い瞳の、西洋系とも東洋系ともいいがたいけど、ものすごく美しい子どもが鏡の中で俺として動いている。

 そしてそれは確かに自分の姿だと認識している。


「これが、ぼくか」


 知識は二九歳分あったとしてもこの世界の知識では無い。

 五歳の自分の方が『自分』として生きていくことにした方が良さそうだ。

 

 これから知らなくてはならない事は山ほどあるけれど、ベッドに寝てばかりの一週間で結論付けられたのは、『二九歳の俺は死んだのだろう』ということと、『この世界では生き延びられたのだからありがたく生きなくてはならない』ということ。

 幸いにもこの体の知識は『すでに理解したこと』として認識できる。

 文字の読み書きやテーブルマナーの基礎、魔法についての常識、皇帝の名前や身近な人たちの情報などだ。

 『この子は誰なのか』や『どうして俺がこの子になったのか』などは全くわからないけれど……。

 

 

 

 松葉杖をついて部屋を歩き回る。

 

「無理はなさらなくていいのですよ?」

 

 付いてくれる侍女メリダが心配そうにしている。

 その裏には「今までと様子がちがう」という不安感が多分に見えていた。

 それはそうだろう。怖がりで泣き虫で、そして父のそばにいるのが大好きだった子が——夜中に寂しい痛いと泣くことはあっても——大人しくベッドに入って、リハビリを受け、考え込んで見舞いに来た父を引き留めもしなかったのだ。

 

 

 痛いし体は重いし僕としても寝ていたいのは山々だが、いい加減にここがどんな世界なのかを知りたいと言う欲求の方が強かった。

 

 これまでにわかっているのは『魔法、ポーションのある世界』『騎士がいる』『身分制度がある』上で『僕は貴族階級の人間』そして『馬車が現役で活躍する中世風世界』と言う事。

 ポーションも使える量には限度がある。なんならそもそもそんなに大量に使えるものでも無い。

 では大公閣下はなぜそんな貴重なものを惜しみなく使ってくれたのか。父とは仲が良いのかもしれないが、何か大恩でもあったのだろうか。

 それから、姉シャーロット。

 ふわふわの金髪、明るく輝く青い瞳のかわいらしい女の子だけれど、なんだか見覚えがある。

 二九歳の記憶の方で、だ。こんなに幼かった気はしないのだが、外見に引っかかるところがかなりある。気の強そうな目元、赤いリボンを編み込んで三つ編みにまとめた前髪。


 どこかで……。



「ヴィクス、歩けるようになったのね!」


 鏡を見ながら考え込んでいると、当人が部屋の扉を開けて鏡越しにこちらを覗き込んだ。

 外見で僅かに脳裏によぎる人物と、この姉が結びつかないのが、こうした行動だ。

 ——そう、見舞いに来るような優しさは、弟としての記憶にもない——

 僕にも冷たかったし、もう一人弟が産まれた時にも大暴れして癇癪を起こしていた。

 皇子様の遊び相手になる。そのステータスに目を輝かせていた姉なら僕がお城に向かうことになった時にも相当な大暴れをしたはず。

 なのに。

 馬車の事故から僕の命を救ってくれたたくさんのクッションそれらを準備させたのは姉だった。



「わたしの代わりに向かうのよ? 寂しがって泣きべそをかいたら恥ずかしいもの」



 父が送って行き、迎えにはアニーが向かう。そう説明されても譲らず大きなクッションをありったけ詰め込ませた。

 姉らしからぬ行動……というか、それまでからは考えられない。

 自分本位でわがままで、そして注目を集める事が大好きな姉。

 それがたとえ弟でも、自分に向けることのできる関心を奪うのならば許せない。

 そんな姉だったはずなのだが。


「無理をしてない? 辛いのでしょう?」


 駆け寄ってきて、そっと頭を撫でる。その途端、全身が緊張して松葉杖を強く握りしめた。

 

 

 何か裏があるのか?

 

 

 五歳の記憶がそう勘繰らせる。

 たった五歳の弟にそんな不安を抱かせる姉……ではあるが記憶の中の姿を思い出す限り、その疑惑は不自然ではないのだ。

 近づいてくれば足を踏まれたり、見えない所をつねられたり。

 時には叩かれもして、常に姉に従うよう仕向けられてきた。


 

 姉が優しくする時は……何か無茶苦茶な要求されるか、僕の知らないところで姉の気に触ることが起きていた。

 

 

 そう、姉は……いわばお邪魔キャラクターなのだ。

 常に自分が一番でいるためなら、手段は問わない。

 

 

 『シャイニングプリンセス』の、シャーロットのよう…………に?

 

 


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