落札済み
牢から引き出されて目隠しをされた檻の中。
次々と売られていく、競売の声をひたすら聞く。
相変わらず、隣の少年は落ち着いていた。
ときおり何かに耳をすませるように目を閉じて。
「聞き馴染みのない方言だね」
「方言……?」
「イントネーション、っていうのかな。でもカタコトってわけでもないから……かなり教育は受けてる貴族……たぶん外国から来た貴族とか商人かなぁ?」
なにを聞いていたのかと思えば。
囁く声でも外に響いてしまったらおしまいだというのに。
不気味さに拍車のかかるようなことを平気で言ってのける。
声だけで……今日の客層を言い当てた。
「絶対に二人で買ってもらおうね」
少年がそう囁いた瞬間、目隠しの布が取り払われた。
「さぁ、本日の目玉商品! ご贔屓の皆様にだけお見せします!! なんと、銀髪の兄弟! 兄の方はもう小さな魔法が使えます!」
乱暴に檻が開かれ、ドンッと燭台に照らされた毛氈の上に突き飛ばされる。
小さな体は、簡単に宙に浮いた。
転んでしまう! 粗相をすればこの舞台上で飛んでくるのは棍棒ではなくて鞭だ。
慌てて薄い肩を抱きしめて、舞台の真ん中まで走る。
「ご覧の通りの身軽さ。そしてこの兄弟、これまでも助け合い生きてきた健気な二人です。この舞台に出てくるまでの紆余曲折、とても語り尽くすことはできません! 二人を引き離すのはこちらとしてもとても心苦しい……セットで! という懐の深いお客様はございませんか!!?」
舞台上は明るいけれど、客席側は暗くなっていて誰がどこにいるのかわからない。
助けが来る、なんて信じてもいいとは思えない。
逃げ出せるとしたら……買われた先に連れて行かれるまでか。
それとも、ここで燭台の火を使って……いや、ダメか。
この屋敷の中を……俺は見たことがない。
「セットで50から! これが最低価格ですよ、魔法も使える子ども二人分ですからね? 破格のお値段です! さぁお願いします!」
次々に数字が釣り上げられていく。
60、65、70、72……。
「……85」
「…………では120」
突然の入札に会場がざわついた。
「120! もうありませんか!?」
けっこうな大金だ……それが俺たちの値段とするなら、反吐が出るような少額だけど。
「120で落札! ありがとうございます!」
頭領が俺たちの鎖の鍵を箱に収める。
と、同時に俺たちは舞台上から引き摺り下ろされて暗い中に放り出される。
鎖を引かれて連れて行かれたのは車止めの横にある小屋だった。
「鎖は屋敷についてから外すわ。馬車を回しておいて」
女の声だ。下衆なやつもいるんだな……。
鎖は壁に取り付けられて暴れれば大きな音がするだろう。
小さな手を握りしめて、何かを待つ顔から目を逸らす。
助けなんか来ないと言ってしまうことは……できない。まるで神様が遣わしてくれる天使のように、俺に希望を与えてくれた幼い横顔。
彼も助けが来ることを微塵も疑っていない。
なら……そっと白いその手に手を伸ばす。
「いつでも走り出せるようにしとけ」
「え……う、うん」
「……あの……120って……どれくらい?」
難しい顔をしていたヴィクスが躊躇いがちに呟いた。
「は? ……買い物したことないのか?」
「あるけど……単位が……」
「どこまでならわかる?」
急に何を言い出したのかと思えば……。
「この前買ったカトレが……3リル」
「ラコとリル、はわかるんだな?」
「うん。100ラコが1リル」
「1万リルで1レト。1000レトで1ロー……1000ローが、1リュスだよ」
「えっと……ちょっと数えさせて。ここの……さっきの、単位は……?」
「ここで取り扱われるのはどれだけの値段になっても全部レトだ」
「……一万リルが1レト。120レト……ひゃくにじゅうまんえん……いや、おかし……くない?」
指折り何か数えていたと思ったら、よくわからないことを呟いて固まってしまった。
「おい……」
「……話し合いは済んだかしら? そろそろ屋敷に来てもらうけれど。君たちには投資した分だけ色々役に立ってもらわないといけないからね」
俺たちを買った女貴族が鍵の入った箱を振って見せながら、馬車の前に立っている。
「積んでくれる?」
貴族の一言で俺たちはまとめて荷台に押し込まれた。
編みかごの上から雨よけの布を被せて、荷物に擬装することも忘れていない、
鎖はご丁寧に鍵のついた留め具に固定されている。
人を買うにも、鎖のついた人間を運ぶにも、慣れた馬車だ。
タッタッと軽い足慣らしを済ませて、馬車が走り出した。
何台かの馬車が同じように走り出した音、少しずつ、距離を空けていく。
しばらくはまるで貴婦人でも乗せたように静かに走っていた馬車の動きが変わる。
「…………こ、れは」
人買いの馬車はぐるぐるとあちこち曲がったり街道を逸れたりするものではあるが。
ヴィクスを抱きしめるように転がされている俺には少しだけ雨除けの隙間から外が確認できている。
そして、俺は昔から方向を知ったり自分の位置を知ることが得意だった。
道に迷ったことなどない。
それも役にたつとして使われていた理由でもあるが。
この馬車は……ゆっくりと国内方向へ向かっている。
あの場にいたのは……国外の客だったはずなのに……。
俺たちは今日、国外に売り飛ばされたはずなのだ。
今日の客は辺境から外、国外の客がVIPとして呼ばれる回で……俺たちが並んだのはVIPしか入札できない最後の幕……。
「馬車が……二台」
小さくヴィクスが囁いた。
耳を澄ませると蹄鉄の音はぴったり同じリズムだけどほんのわずかに、多く聞こえる。
「……もうちょっとです。もう少し、あと少しだけ……頑張ってくださいね」
蹄鉄の音に耳を澄ませていた。
その耳に……押し殺した涙声が届く。
「屋敷まで……屋敷にさえ入れば……イゾラに全て任せて大丈夫ですから……」
……イゾラ……イゾラ!?
あの……貧弱で気弱で、鍛錬のたびに結婚が嫌だから騎士になるなんて言うんじゃなかったなんて泣いていた……あのイゾラ?
俺の護衛騎士になってしまったために、仲間だと思っていた騎士に背後から……。
あの日の光景が、喉元に苦い何かを押し戻す。
不意に、馬車の音が二手に分かれる。
と同時に、俺たちの馬車は速度を上げて走り出した。
馬車の中は魔法で振動も騒音も抑えられているが荷台に載っている俺たちはそうも行かない。
振り落とされる事こそないがあちらこちらに叩きつけられて、お互いの体にしがみついて耐えるしかない。
「ジュノお兄ちゃん、知り合い?」
「舌噛むから黙っとけ」
ヴィクスの声を、胸に頭を抱き込む事で押しつぶす。




