初めての魔法
もう半分以上戻ってきていたからかな。
すぐに僕は基地に降ろされて騎士は情報共有に走っていった。
熊が出たこと、おそらく子育て中の母熊で、人を餌と認識していること、僕が狙われていることなどを交代要員として基地に待機しているメンバーに伝えて、騎士は沼の方にまたすごい速度で戻っていく。
あんなに足の速い人だったかな……。
基地は騒然としていて、何人も熊退治に走っていくなか、僕は荷物を積んでいた箱馬車に乗せられて絶対に外に出るなと言いつけられる。
本当に、僕には何もできないということ。
もっと、剣の修行も、しておきたい。
魔法だって使えるようになりたい。
お祈りするだけでいいなら、いくらでも祈るというのに。
ざわつく基地の中の物音や声を聞きながら、みんなが無事でいますようにと願う。
時計などない箱馬車の中、周りの物音から何が起きているのか想像するしかない時間。
「ヴィトリーク様、侯爵様が戻られました。もう出てきて大丈夫です」
——あれ? 早いな。
あんなに大きな熊、しかも僕を連れて逃げている間はあんなに苦戦していたのに……。
でも、もう大丈夫ってことはみんな無事だってことかな。熊は退治できたのかな。
「……父上!」
箱馬車を飛び出して、剣を仕舞う父上に飛びつく。
が……。
「ヴィトリーク、少し、話をしようか」
——なに、何この雰囲気。
張り詰めた、何か重大な発表を待つような空気。
父上も、微笑んではいるけど何か真剣な話をするときの顔だ。
思わず一歩後ずさると、フッと父上が困った顔になって膝をついてくれる。
「聞きたいことがあるだけだよ。もう熊はいないから怖がらなくていい」
よくみると父上の服にも結構な返り血が付いている。
怪我も……あるのかもしれない。
「父上……ケガ……してる?」
「ん? かすり傷だよ。みんな命に関わるような傷じゃない」
「でも……血が出て……」
耳の奥に、破裂音のような鼓動が聞こえ始める。
怪我、父上が怪我をしてる。他の人も……?
アニーも?
慌ててアニーの姿を探す。
基地の一角に、怪我人が集められている。
その中に、仲間の肩を借りるアニーの姿……ブラウスは全面赤く染まっている。
父上の方へ振り返る、返り血ではなく切り裂かれて赤く染まったシャツが目に入る。
血が、血がいっぱい……。
動悸で、全ての音が遠ざかっていく気がした。
「待て、ヴィトリーク! 落ち着くんだ、大丈夫、みんな無事だ!」
視界が一瞬で涙に歪む。
僕が、何もできないから。
僕を守るために、何人も怪我をしてしまった。
ごめんなさい、死なないで。
頭の中がぐちゃぐちゃになって、涙で焼けそうに熱い目を覆う。
「うえ……う……や……やだぁ!!!」
「ヴィクス!! ヴィトリーク、やめるんだ、やめなさい!」
「ヴィトリーク様!?」
「わぁああん! やだぁああ! ごめんなさいぃ!!」
父上が止める声がするのに、何をやめろと言われているかわからない。
ただ、頭の中が『戦えなくてごめんなさい』と怪我人が出ているという恐怖でいっぱいで。
泣き叫ぶ自分が制御できない。
「やだやだやだ、死なないで!! ごめんなさい! ごめんなさい!!!」
「何してるの!! このバカ!!! お父様が困ってるじゃない!」
ばちんと音がして、続いて左の頬が熱くなる。ごめんなさいも、死なないでも、全部吹っ飛んでパッと目の前が見えるようになる。
「よく見なさい! どこに怪我人がいるの!? みんな無事でしょ!? 何をひとりで騒いでるのよ、みっともない! それでも侯爵家の長男なの!?」
姉上が、頬を真っ赤にして怒鳴りつけてくるけれど……あれ、今、叩かれた?
ほっぺたが、ジンジンして、痛い……。
「泣き止んだわね?」
「う……うん……」
「叩いて悪かったわ。でもちゃんとお父様のいうことを聞かないからよ」
僕の胸ぐらを掴んでいた手を離して、姉上がキャンプのテントの方へ歩いていく。
「私もう着替える! 泥だらけだし手も足も凍えそうだしで最悪よ!」
ロゼッタに命じながらテントに入ってしまった姉上を見送って、驚いた顔の父上と顔を見合わせる。
「……着替えようか。それから、少し話をしよう」




