真夜中の散歩
明日のことが楽しみで眠れなかった。
……ならどんなに良かったか。
僕の頭の中を占拠して眠りを妨げているのは『姉上の見た夢で僕は死んでいた』ということと『人攫いにさらわれた子どもたち』の話だった。
うとうとと眠りに落ちかけると、見知らぬ人攫いが僕を殺そうと追いかけてくる夢を見る。
お陰でもう夜中だというのに僕はベッドの中でひたすら寝返りを打っている。
「僕が死んでいる方が、もしかして『ゲームの中のお話』だったりするんだろうか」
姉上の……シャーロットの見た『夢』というのは、『ゲームのシナリオ』なのでは?
シャーロットが死んでしまったというのは……ヒロインがエンディングを迎える事と一致するけれど。
まさか……死に戻り……?
何らかの力でシャーロットは『僕が死ぬ直前』のあの高熱を出した日に戻ってきて……『シナリオ通りに進まないため』に僕を助けた……。
『姉上の悪夢』を『ゲーム内で破滅を迎えた』と仮定すれば、『いい子になる』も『遊び相手になりたくない』も……筋が通るかはともかく『今度はうまくやってみせる』という方向ではなく『ヒロインの邪魔をしない』方向に舵をとったと思える。
——シャーロットが破滅しないエンディング、破滅が描かれないルートは……ハーレムエンドを迎えられた時『のみ』。つまりヒロインが『百合ルート』を選んで男性攻略キャラは全てシャーロットを選んだ場合だけど……。
——あそこまで『皇家に関わりたくない』ということは『ヒロインが皇后』になる皇子ルートだったのかな……。
そういえばヒロインって今何をしてるんだろう。
ヒロインも確か男爵家の令嬢だ。
男爵家の子どもが攫われたりする世界なんて、子どもは大切に育てられているだろうけど。
それでも攫われてしまった子がいる、ってことだからな。
この世界でも、人攫いに攫われたら……やっぱり酷い目に遭うんだろうな……。
悲しい考えや答えの出ない考えばかりが頭の中をぐるぐる回る。
いっそ『人攫いが現れた時の撃退シミュレーション』でもしてみようかと思ったけれど、大人に敵う未来なんか全く見えなかった。
おまけに『人攫い』のビジュアルに初めて見た冒険者さんの外見を使ってしまったのも申し訳ない気持ちになった。
「んんー、散歩でもしようか」
あまりベッドでゴロゴロしていても眠れそうにない。
ベッドを抜け出して、そっと庭に向かう。
しかしその途中で、そういえばこの屋敷の中の記憶はあまりなかったことを思い出した。
首都の屋敷の記憶はしっかりあったから探検という気分でもなかったけど、屋敷の中を探検してみようか。
外に出るより危なくなさそうだし。
まずは自分の部屋の場所、と廊下に出てみてから気がついたけれど、廊下に並ぶ扉の一つなので……目印が少ない。
部屋に入る時はいつも使用人の案内があったから、全く気にしてなかった。
これ……迷ったら部屋に戻れない?
一旦部屋の中に引き返して、デスクサイドにあったペン立てを目印に扉の横に置いておく。
「いざ……探検……!」
深夜の屋敷の中は、窓からの月明かりと常夜灯がところどころに灯るだけで、廊下の隅などは真っ暗だ。
お掃除のメイドたちもまだ起きてはいないだろう。
見回りの騎士はいるはずだけど、見渡したところには姿はなかった。
姉上と僕の部屋は三階、父上の部屋は上の四階。
四階は父上の仕事部屋と居室、母上の部屋。
そして母上の図書室があると聞いている。
四階は立ち入りを禁止されているので四階には向かわないつもりで真っ暗な階段を降りた。
二階……廊下の見た目は僕の部屋がある三階とそう変わらなかった。
窓のカーテンも開いていて、月明かりが廊下を照らしているけれど、この階に居室はないのか常夜灯のような灯りはなかった。
この階は客間や応接室。あとは美術品などを飾る展示室がある、はず……。
でもどの部屋も今は鍵がかかっていて入れる部屋はない。
窓から外を眺めると、庭の木々の向こう側にある使用人たちの集合住宅にはポツポツと明かりが見えていた。
こんな深夜なのにもう働き始めているんだろうか?
それともまだ寝ていない、んだろうか。
暗い廊下を歩きながら、なんとなく月明かりの青白い光は気分が落ち着くことに気がついた。
周りが真っ暗だから、窓から窓をたどるように歩いていくと、警備の騎士たちの巡回する様子も見える。
何か話しながら歩いている、リラックスした様子の騎士たち。
野菜の納入に来たのか裏門のあたりから歩いていく行商人。
まだ夜明けまでかなり時間はあるはずなのに。
「なんだか……穏やかだな」
毎日こうやって繰り返されていること、の安心感みたいなものを感じられる。
布団の中で悩まされていたことが頭から離れていって、眠れそうな気がしてきた。
「そろそろ、寝ないと」
明日は魔物狩り。僕は見学だけど、体調が悪いとみんなに心配をかけてしまうはずだ。
廊下の突き当たり、最後の窓まで辿り着いてから振り向く。
「誰かいるのか……?」
見回りらしき足音と共に声がした。
咄嗟にカーテンの後ろに身を隠してしまってから、別に自分の家の中で隠れる必要はなかったことに気がついた。
でも、なんだか『こんな夜中に部屋から出てきてしまった』と思うと出て行きづらい……。
怒られるのではないかという不安が先に立って、カーテンの中に潜り込んでしまった。
「………………」
「……」
硬い靴音が、静かに近づいてくる。




