子羊と子どもたち
今年生まれた羊は、放牧地にはまだ入らず山の下の小屋にいた。
「まだこれから生まれる予定の子もいます。今生まれている子たちは親と一緒にこの小屋に集めてあります」
羊飼いの奥さんが教えてくれながら、小屋の扉を開けると、メェメェという鳴き声が僕たちを圧倒する。
「こんなにいるの? 去年は三頭だったのに」
思わず姉上も呟いた。
「今年は、多かったんです」
五頭以上生まれる予定だという。
お腹に子を抱えている羊は隣の区画にいる、とも教えてくれながら、僕たちは子羊の小屋に入る。
「今年の子はヴィトリーク様が名前を考えてくださるんでしたね」
「でも僕、こんなにたくさん生まれると思ってなくて……」
「頑張って考えてやってください」
「……」
姉上に目線で助けを求めてみたが、にっこり笑って『いい名前を考えるのよ』と口元だけが動いた。
「じゃ、じゃあ……早く生まれた子から順番に」
アルト、ベルタ、クレド、デモナ、とABCの名前をつける。
生まれる予定はあと三頭。
「……残りは、エリクとフィロ、ガウラで!」
なるべくオスメス関係なさそうな名前のつもりでつけたけど……あまり自信はない。
けれど、姉上も羊飼いの奥さんもニコニコしていた。
「ヴィクス、あなたちゃんと考えてきてたんじゃない!」
「いい名前をありがとうございました。また夏には帰ってきますか? 大きくなった姿も見てやってください」
そのあとは、羊たちを運動させる広場に出て子羊と遊ばせてもらいながら、何頭かは大きくなる前に死んでしまう事もある話などを聞く。
「野盗……泥棒ですね。そういう奴らが盗んで売ったり、食べてしまったりするんです。狼や狐なんかに襲われることもあります」
護衛の犬たちもいるけれど、今は山の上の旦那さんについて行っているという。
優しく子羊たちを見つめる奥さんは悲しそうだ。
「あいつらは、人の子も攫います……うちの娘も。子羊に名前をつけるのを、楽しみにしていたんですよ。無用な心配であることを祈りますが、お嬢様たちも気をつけてください」
旦那さんが帰ってきたタイミングで挨拶だけ済ませて僕たちは街に戻る。
山の日暮れは早く、街中に戻る頃には夕暮れのオレンジの光が街を彩っていた。
街の酒場に馬車乗り場で見かけた冒険者の姿を見つけて、なんとなく居心地が悪くなる。
何かを話して笑い合っているところは鍛冶屋の親父さんたちとそう変わらない姿に見えたのに、最初に見かけた時に『なんだか悪い人みたいだ』と思ってしまったせいだろう。
……悪いことをしてしまったかな、見た目で判断するなんて。
「ヴィクス様、あまり見てはいけませんよ」
そっと護衛の騎士が声をかけてくれた。
「何で因縁をつけられるかわかりません。珍しいのはわかりますが、彼らがならず者であるのは間違いないですから」
「そう……なんだ」
視線を外して、騎士たちと屋敷に向かう。
街の中で姉上や騎士たちを知らない人はいない。
僕は久しぶりに帰ってきているから『見違えました』なんて言われるけれど。
それでも街の人たちは僕にも挨拶をしてくれる。
確かに……彼らのような視線を向けてくる人は街の住人にはいなかった。
「隣の領地では、男爵家の息子が拐われて以来行方不明です……生きているなら、シャーロット様と同い年なのですが」
僕への警告のように、騎士が教えてくれる。
拐われた子は、羊飼いの娘さん以外にもいたんだ……。
「拐われてからもう五年経ちます。ほうぼう手を尽くして探していたようですが……最近は諦めたという噂もありますね」
もう一人の、行商風の格好をした騎士が付け加えてくれた。
姉上と同い年……三歳の時に拐われてしまったということか。
羊飼いの奥さんの悲しそうな顔を思い出して、憂鬱な気分になる。
屋敷に戻って、夕食の前に入浴を済ませる。
父上はなんとか仕事の区切りをつけられそうだということで、夕食には来てくれるらしい。
編み直される細い三つ編みを鏡の中で眺めながら、拐われた子どもたちのことを考えた。
男爵の子も、羊飼いの子もきっとどこかに三つ編みをしていたんだろうな、と。
僕は後ろ髪、姉上は前髪。
この細い三つ編みはこの世界で主に『子どもが大禍なく長生きできるように』という願掛けに使われている。
もちろん大人がヘアスタイルとして三つ編みをすることはある。髪の一部だけを切らずに三つ編みにする風習は、親からの願掛けだ。
成人したら、この髪を切るのも儀式の一つとして一般的である。
僕とて『早くに結婚していたなら子どもを持っていておかしくない歳』だったのだからその三つ編みに込められた願いを考えるとなんとなく悲しくなってしまう。
「二人とも、顔が暗いけど、何かあったのかい?」
夕食の席で、父上から尋ねられる。
「子羊が攫われてしまう、という話を聞いたの。だからちゃんと育ってほしいと思って」
姉上も同じように考えていたらしい。
もしかしたら姉上はもう『人攫い』のことも知っていたのかもしれない。
『子どもも拐われている』という話は出さなかったけれど、そのことは頭にありそうだ。
父上も、察したのか少しだけ視線を下げた。
「……そうだね」
相槌を打って、父上は話題を変えた。
「明日は、何か予定があるかな? お父さん明日はお仕事をお休みにしようと思っているんだけど」
パッと、僕と姉上の視線が同時に父上に向かう。
僕が遊んで欲しいと声をあげるより早く、姉上がテーブルに乗り出して叫んだ。
「魔物狩りに連れて行って! ずっと前から約束しているやつよ!」
「そうだったね。ヴィクスも一緒に行けるところに行くのもいいね。ヴィクスは何かしたいことはあるかな?」
「僕は……父上と遊びたかっただけで……」
「そうか、じゃあ魔物狩りが終わったら遊ぼう。それでいいかな?」
「うん!」
魔物を狩るのも領主のお仕事の一つだ。
この前の蜂だけではなくて『魔法を使う害獣』は色々いる。
住民たちだけで対処しなくていいように、領主の騎士たちが定期的にあちこちで魔物退治をしている。
——ゲームの中でも『領地経営』という項目の一つに魔物の退治はあり、結構重要なパートになっている。
戦闘ステータスなどを上げる必要があったり、そこで体力や魔法の重要性があったり。
突発的に魔物が湧いて緊急討伐、なんてイベントがランダムで起きることもある。
……まぁ、ゲームで戦闘はあったとしても、蜂があの革靴サイズで出てくるなんて思ったことはなかったんだけど。
「それじゃ、どこへ行くかこの後決めようね。あまり遠くなくて、そんなに大変じゃないところを」
僕たちの顔が明るくなったのをみて父上もにっこり笑う。
「さ、ご飯を食べようか? 明日に備えないとね」




