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姉の運命を変える予定でしたが 〜死に戻った姉と転生した弟〜  作者: こまつり


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お転婆お嬢様


 

 姉上は宿に戻るとあっさりベッドに入って眠ってしまった。

 僕は『死んでいたはずの自分』『姉上が代わりに死ぬかもしれない』……そして『今後、姉上はどうなるつもりなのかという不安』に悩まされてほとんど眠ることなどできなかったのに。

 

 

 翌朝は……快晴の空とは裏腹に、心の中は今にも雷雨になりそうなレベルの曇天だった。

 ストレスと睡眠不足で胸の辺りが気持ち悪い。

 

「大丈夫? 飴はまだあるわよ?」

「いえ、飴は……大丈夫です」

 

 せっかく昨日包んでもらったタルトも、今は美味しそうに思えない。

 

 検問の手前まで来た時、父上たちとは別行動になる。

 父上や付き添いの文官たちは変装し、一般の馬車に乗り換えて。

 『僕たちだけが領地に小旅行に来た』という偽装をして、抜き打ちの『監査』が行われるそうだ。

 

 父上たちと離れて、僕たちの馬車はそのまま領地の屋敷へ。

 

 

 途中、ある町で馬車が止まった。

 どうしても一言挨拶を、という町長に姉上は一人で馬車を降りていった。

 

「大丈夫、私が挨拶を受けてくるわ。どうせ正式な挨拶になるのはお父様が来てからなんだから」

 

 昨夜といい、今といい……姉上はしっかりと『貴族の勤め』を果たしているのに。

 ……僕は……挨拶のこともわからない、まして昨夜のような場面での対応など、考えたこともない。

 

 勉強してきたつもりだったのは『机の上』だった、という重い実感と共に、座席のクッションに沈み込むしかなかった。

 

 

 

 

 時間としてはそんなに長い道のりではなかった。

 相変わらずトコトコと馬車は走り、それにしてはすごい速さで街は遠ざかっていく。

 

 けれど僕には、昨日の道のりよりずっと疲れる時間だった。

 

 領地の屋敷の使用人は、久しぶりに帰る僕たちを歓待してくれて、馬車を降りてからも顔色の悪い僕に柑橘水なども用意してくれた。

 それでも、僕はぼんやり自室から外を眺めるだけで、部屋から出ようという気分にはなれない。

 

 綺麗な景色だった。

 田園と森と、小さな町。

 城砦もあるけれどそれがまた『絵本の中に出てくる』ようで。

 まあ、『その城砦の本丸・本拠地』に当たるのは今いるお屋敷なんだけど。

 

 

 どこまでも、見える範囲は「うちの領地」らしい。

 遠くに霞む山までも。

 

 こんな広いところを、将来的に僕が管理運営しなくてはならない。

 そんな先のことまで考えてしまってため息が出る。

 

 

 

「何してるの。遊びに行くわよ!」

 

 

 突然扉が開いて姉上が告げる。

 深く吐いた息が、びっくりして止まってしまった。

 姉上は風除けの上着と少し厚手のワンピース姿。

 首都の屋敷で着ていたドレスよりよほど動きやすい服装だ。

 

 

「今年生まれた羊にはあなたが名前をつけるって約束よ。ほら、準備しなさい」

 

 そういえば……約束していたな。

 

 去年の子は全部姉上が名前をつけて、僕が泣いてしまったから父上が約束してくれた……。

 

「いっ……今行きます! すぐに」

 

 姉上の勢いに気分の悪さも吹っ飛んで、ソファから飛び上がる。

 アニーがホッとしたように微笑んで上着や服を選んでくれた。

 領地では『首長たちとの会食』などの時を除いて庶民とそう変わらない服装でいいから着替えも楽だ。

 

「急いでよ? 街の外でお父様たちの馬車のお迎えもしたいんだから」

「わかりました!」

 

 昨夜と同じように……姉上に引きずられるように屋敷を出る。

 

 いじめられない、ということにはようやく慣れてきた気がしていたけど、この強引さが戻ってくるとそれはそれで……疲れそうだなぁ。

 

 

 

 

 街の中は、以前見た記憶とそんなに変わりはなかった。

 穀倉地帯の長閑な町。交易品も少しは入ってくる。

 小さな商店や美味しそうなパン屋。

 

「おやおや! お転婆お嬢様じゃないか!」

「シャーロット様、もう休暇ですか?」

「そうよ? すぐに戻るんだけどね」

 

 それからカフェや酒場。

 

「シャーロット様、後で顔を出してもらえますか? スズベリーのパイを差し上げましょう」

「やったぁ! ありがとう、必ず寄るわ!」

「わがままお嬢様のお帰りだ! みんなに知らせておかなきゃな!」

 

 林の方では炭焼き小屋の煙、そして街外れまで来ると鍛冶屋や羊飼いたちの家。

 

「ああ、シャーロット様にヴィトリーク様。おかえりなさい。旦那が今ちょうど山のほうにいますよ」

「ええ、ありがとう。今年生まれた羊、見せてもらいにきたの」

 

 

 姉上は、気が強いけれど賢くて明るい。地元の人には人気者なのである。

 街を抜ける間だけでも結構な人数に声をかけられ、僕は『ヴィトリーク様と一緒にいるなんて珍しい』という扱いだ。

 

「そろそろ到着時間だから、あれかしら?」

 

 道の先に乗合馬車が見えている。

 どうしてかわからないのに、不安な気がしてなんだか足元が落ち着かなくなる。

『馬車』は……なんだか嫌だ。

 

 ——いや、しかし速……くないか?

 乗っている時にも思っていたけど。

 馬の速度というより、車に近い速度がある気がする。

 僕たちの馬車も、あんなに速かった?

 

 

「乗合馬車はやっぱりゆっくりだから、ちょうどよかったわね」

 

 姉上の言葉を聞いた瞬間、唐突に知識が蘇ってくる。

 乗合馬車の車輪や馬の蹄鉄に刻まれた魔法の知識。

 馬車の速度を制御するための魔法。

 ここから見える馬車も、車輪や馬の足元にほんのり光が見えている。

 そうだった。街道の魔法と、馬車の魔法の掛け合わせで……馬車の速度や走れる距離は決まる。

 乗合馬車や荷馬車に刻める速度は制限されていて、軍馬や災害時に使う馬車には制限がない。

 

 自分が馬車の中にいた時には、知っているとも思わなかった知識。

 

 

 ……どうして急に……?

 ——もしかして、僕は今までの知識全てを覚えては、いないのか?

 

 

 急に降ってきた知識にたじろいでいると、走ってきた乗合馬車は目の前の停車場に入り、庶民の着るシンプルでゆったりした服の父上が馬車から降りてくる。

 その父上に気を取られている間に、知識の違和感は消えてしまった。

 髪は銀髪ではなく明るい茶色、目もいつもの涼しげな緑ではなくて少し茶色っぽい色になっている。

 

「いやー、やっぱりこっちの服の方が動きやすくていいなぁ。たまにこうして人を驚かせるのも楽しいし」

 

 なんとなく『馬車』というものに不安を覚える癖がついてしまっていた僕は、楽しそうな父上の姿にホッとする。

 ——よかった、無事だった。

 

 父上が馬車から離れると、方々の村から出てきた行商人などは恐る恐る父上を眺めている。

「領主様も戻ってきてるなら先に言っておいてくださいよ! 我々には歓迎会の準備があるんですから!」

「何を言ってるんだか。『嘆願書を持って押しかけたのに』の間違いだろう?」

「バレてたなら、逃げるしかないですね! でも歓迎会は開かせてくださいよ? いい休日を!」

 町長と商家の主人、そして宿屋と酒場を経営する商人が笑いながら帰っていく。

 

「ただいま。どこかに出かけるのかな?」

「今年の子羊を見せてもらいにいくの、まだ山の上には行ってないはずだから」

「そうか、気をつけていくんだよ」

 父上が目配せをすると、庶民と同じ格好をしていたり行商人風を装っていた護衛たちが数人僕たちのそばに付く。

 

「夕食までには戻りなさい。お父さんも一緒に食べられるよう頑張るからね」

「はぁい! 行ってきます」

 

 姉上が嬉しそうに答えて、僕たちは引き返す乗合馬車に向かう。

 そこに乗り込んできたのは『傭兵』『冒険者』と言われるグループだった。

 土汚れのついた鎧、ぼろぼろの靴、荒れた身なり。

 少し鋭い目つきに……使い込まれた武器。

 

 初めて見る『傭兵』は、まるで飢えた獣のように映った。

 その目が、何かを探すようにチラッと僕たちを覗いて、すぐに逸らされる。

 ……あんまり、気持ちいい感じはしない。

 

 

 

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