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姉の運命を変える予定でしたが 〜死に戻った姉と転生した弟〜  作者: こまつり


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お父さんは強い


 

 

「ヴィクス。少しは眠れたかい?」

 先頭の方へ歩いて行くと、父上がにこやかに迎えてくれた。

 

 のだが。

 

 

 ——蜂である。

 本当に肌が震えるほどの音量で羽音が響き、父上の声は聞こえない。

 多分そんな事を言ったんだろう、と推測するしかない。

 

 

 蜂というのは親指ほどの大きさがあれば——かなり大きい。

 それが……二九年間の常識だったはずなのに。

 

 

 馬車の先を塞いでいるのは、大人の靴より大きそうな蜂だった。

 鎧のように硬そうな外殻。磨き上げたように黒々とした艶はほとんど革靴だ。

 鋭く、長大な針はそれだけで人を殺傷するのに十分だろう。

 

 それが、群れをなして道の先に壁を作っている。

 この音量になる訳だ。

 

 それ以上に、不自然な点がある。

 舞い落ちる木の葉の量が異常だ。

 そしてその葉は、見えないミキサーで粉砕されるように空中で粉々になる。

 地面には香辛料のようなみじん切りの木の葉が積もっていく。

 

 ……コレが絵本に書いてあった『魔法を使う動物や虫のことは大人に聞いたことがあるでしょ?』の、『虫』だったりするのだろうか。

 

 

 

「心配させてしまったかな?」

「えっ」

 急に耳元ではっきりと父上の声がして、思わずあたりを見回す。

「お父さん、風魔法が得意でね。風魔法が魔法の中でも派生型が多いのは習った?」

 

「う、うん」

 

 どこに向かって返事をすればいいかわからず、とりあえず頷く。

 声はほぼ耳元から聞こえるけれど父上は馬車の横、この轟音の中では声など届きそうにない位置でニコニコしているのだ。

 

「そう。ちゃんと覚えてて偉いね。それでね、風属性が得意なお父さん、実はとっても強かったりするんだよ」

 

 パッと、父上が手を開いた。

 

 音は、しなかった。

 青い火花が、黒い壁の表面を這いまわるように広がり、白い煙と共に焦げ臭い匂いに変わる。

 火花が通った場所から蜂の壁は形を失って、ボロボロと地面に崩れ落ちていく。

 

 

「コレ、ちょっとうるさいからね。でも音を遮断したから、大丈夫だっただろう?」

「父上……何を、したの?」

 

「うん、良い質問だねぇ。まずは音を遮断した方を説明してあげようか」

 

 後ろで御者や従僕たちが炭になった虫の亡骸を掃除し始めている。

 父上は相変わらず『馬車の横に立ったまま』だけど『声は耳元で聞こえる』状態だ。

 

「こうして、ヴィクスのすぐそばの空気を動かすことで音を運ぶことができるだろう? 反対にね、空気が動かなくなったら、音は届かないんだ」

「動かなく、できるの?」

 

 自慢げに笑って、父上が僕を手招く。

 

「お父さんくらいになるとね、できるよ」

 

 僕を抱き上げてくれてから、父上が「お父さんは結構、すごいんだよ?」とおどけてみせる。

 

「それじゃあ、次。蜂退治に使った魔法だけど」

「あれも風魔法だったんですか? 青かったけど光ってたから、炎かと……」

「ヒントをあげようか。天気の悪い時にうるさい音が鳴るだろう?」

「……まさか」

「そう! ヴィクスは賢いね! 雷魔法はね、風魔法の派生の一つなんだよ。ものすごく早く強く空気を動かすとね、雷ができる。空が怒ると雷が鳴るだろう? それと一緒だよ」

 

「小さいものでもちょっと音は大きいんだよね。耳を塞いでおきなさい」

 

 木立の奥の方から再び近づいてくる羽音。

 慌てて言われた通りに両手で耳を塞ぐ。

 父上は僕を抱いたまま、また片手を空中に開いた。

 

 

 ——落雷って至近距離で聞くと爆発音だと、五年と二九年生きているけれど初めて知った。

 

 

「「あっ」」

 

 父上と僕の声が重なった。

 地面に降り積もった、みじん切りの木の葉。

 その一片が、雷の火花に燃え上がる。

 

「音響収束、圧力減少、風向き……こっちかな」

 

 火のついた木の葉が舞い落ちるわずかな間。

 父上が小さく独り言を呟きながら、素早く開いていた手の指を一つずつ折る。

 

 

 燃え上がった木の葉は、次の瞬間、爆発して火柱になった。

 

 けれど……舞い散る木の葉は次々に、まるで吸い込まれるように火柱の中に向かっていく。

 

 周りに燃え移ることもなく、炎は静かに姿を消した。

 

 

「びっくりさせたかな? こんな感じでね。うるさいだろう?」

「全然……ちょっとじゃなかったです」

「あはは! そうだねえ! うっかり燃やしてしまったからね。お父さんもびっくりしたよ」

 ごめんごめんと頭を撫でて、父上が僕を馬車に戻りなさいと送り出す。

 

「この辺りに蜂の巣があるはずだから、お父さんたちはそれを探して壊さないといけないからね」


『街道の整備や保全も、領主であるお父さんたちのお仕事』と教えてくれる。

『たまにこうやって領地に帰ることで、街道の状態や治安を確認する目的もある』のだと。

 

「蜂の巣には、まだヴィクスを連れていけないからね」

 

 まるで『もうちょっと大きくなったらね』くらいの口ぶりだ。

 この大きさで、さらに魔法を使う蜂なのに……子どもでも倒せる……?

 

「大丈夫、蜂が出たらアニーが退治してくれるよ」

 

 ……アニーが?

 

 不思議に思いながら、僕と姉上の馬車に戻る。

 そこでは今まさに、アニーが蜂を仕留めたところだった。

 どこから出したのか、そのレイピアは。

 ——さっきまで持ってなかった! 絶対に!

 

「おかえりなさいませ。旦那様は何かおっしゃっていましたか?」

「蜂の巣を壊さないといけないって」

「では、少しここで足止めですね」

 姉上も馬車から出て来て、炎の魔法で平然と蜂を退治している。

 

 ——本当に……子どもでも倒せている。

 

 

 ——戦えないのは……僕だけなのか。

 姉上の様子からして、かなり余裕のある戦いのようだ。

 

 中身の年齢なら……多分父上の次くらいに歳上なのに。

 実際には……まだ魔法も剣も使えない五歳児だから……。

 

 少しの情けなさと共に、馬車の中に戻る。

 ……庭園で見る蝶やトンボのような虫は……普通の虫だったんだな。

 そっと窓枠にかけた手と外の蜂を比べてみる。

 僕の手はまだ小さくて……とても太刀打ちできそうになかった。

 ——今はまだ、だと信じたいと思いながら。

  

  


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