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姉の運命を変える予定でしたが 〜死に戻った姉と転生した弟〜  作者: こまつり


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初めての『魔物』


 

 

 山の中に入ると、景色の変化も乏しくなり、時間の感覚が曖昧になってくる。

 

「ヴィクス様、お昼ご飯ですよー」

 アニーの声に抱えていたクッションから顔を上げる。

 

 いつのまにか、眠ってしまっていた。

 

 僕を支えてくれていたのは、見覚えのある花柄のクッション。

 ——姉の、お気に入りの。

 ——あの事故で、僕を助けて破れてしまったはずの。

 

 

「……これ……」

 思わずアニーに確認すると、父上が縫い直させたのだと教えてくれた。

 ——事故のことを、姉上に気づかせないために。

 

 そっと撫でた手触りは、縫い直しなんて感じさせない。

 破れて血まみれになっていたはずのものに、そんな痕跡はどこにもない。

 

 ぼんやりとクッションを撫でている僕をアニーがもう一度呼ぶ。

 

「シャーロット様もお待ちですよ。もうお昼の支度はできています」

 

 そうか、僕は今、安全に移動できているのか。

 ——あの寒さや痛みの代わりに、暖かい毛布と柔らかいクッションに包まれている。

 

 僕に掛けられていた毛布を畳んで、差し出されたアニーの手を取る。

 隙間風が止まったみたいに、安心感が胸の奥に広がっていく。

 

 

 

 

「馬車酔いはしていませんか?」

「うん、姉上が酔い止めをくれたから」

「シャーロット様は……とても変わられましたね。本当に、見違えるようです」

 

 馬車から僕を抱き下ろして、感慨深げにアニーが姉上の姿を眺めている。

 

「わたくしがお世話をしていた頃でも、本当に……繊細な方でしたけれど。今はとても穏やかで優しくなりました」

 

 アニーの視線を追って、姉上を見る。父上の馬車の前で御者と何か話して笑っている。

 ……朗らかで、楽しそうな顔。

 馬車を降りた僕に気がついて、こちらに手を振ってくれる姉上。

 僕は、わがままなのかもしれない。今の姉上はみんなに歓迎されているのに。

 

 

「僕は……姉上が知らない人になったみたいで……怖い」



 思わず溢れてしまった言葉に、アニーが何かを言いかけて、そのまま口を閉じる。

 驚いた顔は、少し悲しそうになって小さな頷きだけ返してくれた。



 だって、僕の記憶の中で姉はずっと『シャーロット』だったのに。

 急に優しくされて、急に変わられて。

 ——どうしたらいいかわからない。

 

 

「……お昼に、しましょうか」

 

 アニーはそれだけ言って、僕の手を引いてくれる。

 まるで、僕の感覚はおかしな事じゃないと、言ってくれるように。

 

 

 

 

 馬を休ませるための広場と、それを管理する人たちだけの小さな集落。

 ここに住んでいる、というよりは『ここが仕事場で、夜には自宅に帰る』という雰囲気だ。

 あちこちに『夜はキャンプ』といった野晒しのかまどなども見える。

 森の中らしく少し冷たい風が爽やかな香りを含んでいて、深呼吸をすると少し気分は落ち着いてきた。

 

 ……口にするべきじゃなかった、たとえ本心だったとしても。

 

 先を行く父上と姉上を追って集落の中心部に向かいながら、なんとなく姉上の姿から目を逸らす。

 

 よく整備された街道は、石畳も綺麗な状態だ。

 挨拶を交わす集落の人と父上の声。

 はしゃいだ姉上の笑い声。

 足元の硬い石畳が、なんだかとても冷たい。

 

 

 食事の支度は集落の真ん中付近にある大きめの食堂に設えてあった。

 

「おいで、ヴィクス」

 

 父上が自分の隣、姉上と反対側の椅子に僕を座らせてくれる。

 御者や従僕たちは僕たちの席を仕切りで覆うとその周りの席で食事を始めたようだった。

 楽しそうな声が聞こえてくる。

「何を食べる? キジがおすすめだそうだよ」

「じゃあ、それにします」

 父上の従僕が全員分の注文を厨房に伝え、手際よく飲み物などを用意していく。

「シロップはスズベリーとキンカがありますが、どっちにしますか?」

 炭酸水を用意して尋ねられたのでキンカのシロップを選んだ。

 黄金色の炭酸水から甘い柑橘の香りが立ち上る。

「あとは我々だけでいい」

 飲み物が行き渡ると、父上は従僕にそういって、食事にしてきなさいと下がらせた。

「アニーもみんなと食べてくるかい?」

「では、ご厚意に甘えますね。ご家族水入らずでお過ごしください」

 そっとアニーも仕切りの外に出ていった。

 アニーは屋敷でも従僕たちや護衛の騎士たちとよく話をしている。

 父上が気を遣ったのだろう。

 

 

「……ヴィクス?」

 ボーッとしている僕に姉上が声をかける。

「酔い止め、効かなかった? 気分が良くないの?」

「ううん、お腹が空いただけです」

「じゃあ、先にスープを飲んで。お腹を温めるといいわ」

 甲斐甲斐しく僕の世話をしてくれる姉上。

 

 

 いつまでも、あとでしっぺ返しが来るような気がしてしまう。

 その方がいいとさえ思ってしまう。

 

 ……それが、僕の知る姉上、『今までの姉上』だ。

 

 機嫌がいい日は、優しいこともある。けれどそのあとは決まって『調子に乗るな』と叩かれたり無視されたりしてきた。

 

 

 姉上が不気味だなんて、僕に言えた話じゃないのにな。

 ……中身が入れ替わったのは、僕の方だというのに。

 

 

 どうすれば普段通りに見えるのか、わからないままスープに匙を入れる。

「美味しいですね」

 心配そうな顔の姉上に向かって、なんとか微笑んで見せた。

 僕から姉上に一瞬視線を動かして、少し辛そうな顔をした父上。

 何か言いたそうな顔をして、スッと一度目を閉じる。

 

「……ヴィクスは、疲れたみたいだね。食べられるだけ食べたら、馬車で寝てしまいなさい」

 

 それ以上会話しなくていいというように、父上が僕のお皿にキジの煮込みを取り分けてくれる。

 

 


 お腹いっぱいとは言えないけれど、ひとまず眠れそうな程度に食べて、僕は姉上と父上を残して食堂を出る。

 姉上から逃げてしまった。そう思うと胸の奥がチクチクと痛む。

 

「ヴィクス様、こちらへどうぞ」

 

 僕が眠れるように、クッションや毛布を整えてくれたらしい従僕の手を取って、馬車の座席に横になる。

 

 

 しばらくすると、姉上がそっと馬車に戻ってきて、馬車は走り出す。

 

 無言のまま、ガタゴトと馬車が走る音と馬の蹄の音だけを聞く。

 単調なリズムはぼーっとするのにちょうどよかった。

 ——貴族用の馬車や寝台馬車だと『外の騒音を聞こえにくくする魔法』をかけてあると習ったけど……蹄の音なんかは、聞こえるんだな。

 

 

「止まれ!」

 

 先の方で声がして、急停車した馬車。

 顔を上げると、姉上も窓から外を見ている。

 

「心配ありませんよ、蜂が出ただけです」

 

 窓の側でアニーが先頭の方を見ながら教えてくれた。

 

「蜂の巣ができていたんでしょう……蜂、ご覧になりますか?」

 

 アニーが『あまり近づかないのなら外に出て蜂を見てみてもいい』と言ってくれたので馬車の扉を開けた瞬間。

 

「わっ!?」

 

 蜂の……羽音……?

 馬車の周りの木々が全て震えていると言われても納得しそうな音量だ。

 低く、唸るような音に混じって、鞭を弾くような破裂音が響いている。

 空気が振動しているのが、肌に伝わってくるようだ。

 停まった馬車の中ではアニーの声くらいしかしなかったのに。

 

 ただの蜂が、この轟音を……?

 

 


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