疲れちゃったな
ドレスを脱いで、部屋着に着替えさせてもらいながらシャーロットはため息をついた。
「わがまま、じゃなかったかな」
お父様は『ご褒美』だと言ってくれたけれど。
——疲れたな。
お城にいる間だけじゃなく、目を覚ましている間はずっと『いい子でいる』ために気を張っている。
どの行動が、どんなふうに見えるか。
相手の言動にどんな意図がありそうか。
それらを常に考え続け、『聖女様なら』と自分の行動を考える。
「お風呂の支度をしてきますね。入浴剤はどの香りにしますか?」
ロゼッタの問いかけに「バラの香り以外がいい」とだけ答える。
バラの香りは……庭園を思い出す。
——皇后陛下のバラ園は、第一皇子殿下のお気に入りの散歩コース。
華やかで豪華な香りは、『わたしにふさわしい』と思ってきた。
——でも……今はそんなもの欲しくない。
皇宮を思い出すものは……遠ざけておきたい。
夢の中で、自分の庭として歩いていたあの庭園。
またあの庭を手に入れたいなんて……思えない。
「お疲れのようですね。最近寝つきも良くないようですし」
「そうね……夢見が悪くて」
入浴前に果実水を渡してくれながら、ロゼッタも心配してくれる。
——『いい子になる』と言った私を一番疑っていたのはヴィクスだろうけれど、ロゼッタも私の『いい子』を信用してはいない。
なぜなら私が暴れたり癇癪を起こして八つ当たりをしてきたのはその二人。
お湯の準備を整えるために下がったロゼッタ。
一人になった部屋に、思わず独り言が溢れた。
「……もう、やめたいな。全部……」
私は頑張った。
皇子殿下の遊び相手としても問題を起こしてはいないはず。
——テオドール殿下は私のことを気に入っていると、皇帝陛下がおっしゃった。
ヴィクスに意地悪をするのも、やめた。
——でもヴィクスはまだ私を見る時に『疑い』や『怯え』の冷たい目をしている。
勉強だって今まで以上にやった。
——特別に褒められても自慢したりしないようにして、目立つことは避けた。
なのに、私は……まだ『いい子』じゃない。
——『いい子のふりを始めたシャーロット』だ。
『褒められたい』と思って始めたわけじゃない。私の目的は『あの夢の中の自分』にならないこと……。
でも……でも。
「辛いことだって……お父様もおっしゃったじゃない」
自分を納得させるために声に出してみたけれど、気分は良くなかった。
誰にも認めてもらえない。私が『本当に変わった』のかは『私にさえわからない』。
「……でも、ヴィクスが、いるわ」
ヴィクスがいる。
それは『今があの夢と違う』という「たった一つの希望」。
そのヴィクスは、私がずっといじめてきたせいで……『表向きは和解して見せてくれた』けれど、『今の私』に以前よりさらに怯えている。
——こんなことをしても、無駄なのかしら。
——許してもらいたい、ということが、『わがまま』だったということなのかしら。
……もう、どこを目指したらいいのかわからない。
お父様は『休息が必要』と言ってくれた。
……ヴィクスのように素直に『行きたい』ってすぐに言いたかった。
でもそれじゃ『いい子じゃない』と思った。
でもお父様は『言っていい』と……。
「お嬢様、お風呂の支度ができましたよ」
ロゼッタが戻ってきて、思考が途切れる。
髪を梳いてもらい、浴室に控える侍女に笑みを向ける。
「お願いね」
静かに一礼して侍女たちは働き始め、湯船からは甘いストロベリーの香りがしている。
夕食に向かうために普段着に着替えて、ダイニングに向かうと、もうヴィクスが席に着いていた。
「こんばんは」
「ええ、姉上。こんばんは」
会話は、前よりずっと増えた。
私が話しかけても頷くことしかしなかったヴィクスは、言葉を返してくれることが増えて、時には『私の好きな野菜』をこっそり皿に入れてくれることもある。
でもそれは……ヴィクスがわたしの機嫌を損ねない為にしているのだとわかっている。
近づくために、歩み寄るために『優しくなる』と決意したのに——離れるばかり。
私の笑顔さえも……あの子には恐怖や痛みしか与えないということ。
——やめてもいいかな、お父様が『わがままじゃない』といってくれたように。
私のやり方は間違っていると、誰かに教えてもらいたい。
……『私は変わった』と信じて欲しい相手であるヴィクスが『私を怖がっている』のに。
私がこのまま続けるのは……良いことなのかしら?
「姉上、お腹が空いてないんですか?」
相変わらず綺麗に微笑んで、ヴィクスが私に声をかける。
私のお皿の上の料理は半分にもなっていない。
「いいえ、考え事をしてたの。今日のデザートはヴィクスの好きなブラマンジェね、って」
ヴィクスは綺麗な笑みの仮面のまま、「楽しみです」と礼儀正しく答えてくれた。
——『本当にヴィクスに受け入れてもらえる私』って、どんなものなのかしら。
……ヴィクスが、教えてくれるのなら私はどんな道でも歩めそうだと思うのに。
わたしに笑みを向けるヴィクスの瞳は、凍りついたように温度を感じない。
お風呂に入ったのに、カトラリーの冷たさが指先にチクチクしていた。




