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姉の運命を変える予定でしたが 〜死に戻った姉と転生した弟〜  作者: こまつり


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隠し事と約束


 

「早く来年にならないかな」

「殿下、それ今日だけで四回目ですが」

 僕が学校に通うのを、僕より心待ちにしているらしいローレンツ殿下。

 

 殿下たちが学校から帰る頃僕が到着するように、僕はほぼ毎日お城に顔を出している。

 ローレンツ殿下の専用馬車……つまり『皇家の紋章入り馬車』で。

 二九歳の記憶で言えば……政府専用車が毎日迎えにきている、というとんでもない事態。

 

 

 僕が学校に通うようになったら『姉がゲーム中で登場する年齢』になってしまうのが怖いけれど、そう言ってしまうわけにもいかないので当たり障りなく返す。

 

 ゲームシナリオ開始は『学校の中等級にヒロインが進んだ』タイミングだ。

 そこでシャーロットは飛び級で『中等プラチナ級』に在籍する才女として登場する。

 

 つまり、ゲームの中の出来事は全て『まだ先』の話。

 

 もちろん僕がシナリオに出てきたりはしていないけど。

 貴族の子どもって学校にも通うし家庭教師も付いてるし、大変だな……。

 学校に通うようになったら、また少し僕のスケジュールも変わるんだろう。

 

 朝ごはんの前にランニングを済ませ、お昼ごはんまでとその後が勉強。

 軽くおやつを食べて大公閣下のところで剣術の訓練、そこでまたおやつを食べて、帰宅するとだいたいお城からの迎えが来ている。

 五歳児としては……結構……いやかなりのハードスケジュールではないかと思う。なんだか会社勤めの頃を思い出してしま……いや、やめよう。

 

 

 もうリハビリとしては走らなくていいらしいけれど、剣術も始めたから体力はあって困らないだろうということでまだランニングは続けている。

 

 ローレンツ殿下は僕が剣術を始めたことをとても喜んでいたけれど、よく手のひらを触っては『柔らかくて可愛い手だったのに』と残念がっている。

 流石にマメを潰すくらいは二度ほどあった。

 手のひらが荒れてきているからかもしれない。

 まるで、『大事な宝石がくすんでしまった』みたいな顔で言うものだから申し訳なくなる。

 

「ねぇ、どうしてヴィトリークは剣の先生のこと教えてくれないの?」

「そういう約束をしているんです。誰にも先生のこと話さないって」

「……僕にも話せないの?」

 

『大公閣下に剣を教わる』というのは『皇子たちを差し置いて』のことだと知った僕の気持ちも察してほしい……。

 いや、無理か。教えてないんだから……。

 ——大公閣下の甥っ子である皇子たちに別の先生がついて、僕だけが大公閣下に教わっているなんて普通思わないじゃないか。

 

「皇子たちが拗ねてしまうからねえ」

 

 父上は『そういう約束だから、仕方がないよねぇ』と笑っていたけれど。

 ——普通は大公閣下が剣術指導をしたりしないってことですよね?

 ……僕だって『剣術の訓練を頼んであげる』の口約束が『特例として』とは思ってませんでしたよ……。

 

「誰にも、と約束してるんです」

 

 たとえ皇帝陛下にも話さない、くらいの気合を込めて答えると、ローレンツ殿下はまた少し悲しそうになって小さく「そっか」と呟いた。

 殿下の指が僕の手のひらをぷにぷにと押す。『柔らかくて可愛かった』手を思い出そうとするように。

 その仕草にまた僕は『殿下をがっかりさせてしまった』と申し訳ない気持ちになって、足元に視線が落ちる。

 

 

「厳しい先生だったら僕が辞めさせてあげてもいいよ。そうしたらヴィトリークも僕と一緒に皇家の騎士団長に教えて貰えばいいからさ」

「厳しくなんてないです! 優しくていい先生ですから」

 

 軽い調子で発せられた殿下の言葉にあわてて顔を上げる。

 

 これは、本当だ。

 むしろ『お遊びに付き合ってもらっているのではないか』という疑念が湧くほど、大公閣下は『剣術ではなく僕の体力作りや体の使い方のトレーニング』に重点を置いて組み手やアクロバットのようなことまで教えてくれているが、剣術の訓練はまだ素振りと型が幾つかだけだ。

 閣下が『子ども相手だからと適当なことをしている』とは微塵も思わないが。

 ——「生真面目で厳しい」大公閣下とはなんだったのか。

 むしろ父上レベルに『甘やかしのプロ』を感じる。

 

 そんなことを話しながらいつもの庭園散歩が一周して、庭園の入り口まで戻ってきたところでローレンツ殿下は宮殿に戻ろうと方向を変える。

 

「そろそろお散歩はやめて、勉強しにいかないとね」

 

 

 皇子とはいえちゃんと課題も出るし、ローレンツ殿下や姉上は予習復習もしっかりやっている。

 ……テオドール殿下は知らないけど。

 でもローレンツ殿下が「兄上は賢いから」というからには成績はいいんだろう。

 

 

 皇帝陛下の庭園からローレンツ殿下の宮殿やテオドール殿下と皇后陛下の宮殿を繋ぐ回廊に進む。

 その回廊の反対側を僕たちと入れ替わりに遊びに行くらしいテオドール殿下と姉上が歩いて行くのが見えた。

 相変わらずにこやかにしているけれど、あちこちに向く視線、硬い姿勢から姉上がひどく緊張しているのが伝わる。

 

 

 ——姉上、ほんとにどうしたんだろう……。

 遊び相手になってから、まるで『支えのない綱渡り』をしているみたいに緊張し通しの様子だ。

 家にいるときは以前よりよく笑うのに、皇城の中にいるときは、何かを恐れているように。

 

 そのくせ僕には『あなたはこれからわたしが守ってあげる』というのだ。

 優しい姉として、という決意とは違う方向で何か緊張しているのを感じるのだが、理由がわからない。

 

 

 

 姉上たちを見送りつつ、僕とローレンツ殿下はローレンツ殿下の宮殿に戻る。

 

 

「ねぇ、僕の勉強が終わったら、もうちょっとだけ遊ばない?」

 

 殿下が勉強する間、僕はだいたい本を読んで過ごす。

 いつもはその後少し雑談をしながら迎えを待って帰る流れなんだけど。

 

「迎えに遅れないなら、僕はいいですよ」

「約束ね」

 

 嬉しそうに微笑んで僕と手を繋いでから、教師の先生と殿下が部屋に入っていく。

 

 この世界で約束するときは小指を繋ぐのではなく手を繋ぐらしい。

 右手同士を合わせて、約束の内容と誓約の言葉を唱えながら親指から順に指を組んで最後に手を離す、というのが子ども同士で『約束』する時の手遊びのようだ。

 

 

 

 僕のために用意してある本の中から読みかけのものを選んでソファに座ると、サッと侍女がお茶と軽いお菓子を用意していってくれる。

 ありがたくそれをいただきながら、本の続きを開いた。

 

 今読んでいるのは魔法のしくみ、魔法とはどういうものかを解説する絵本だ。

 僕たちには魔力があり、それは世界が生まれた時の力であり——みたいな内容だけれど、魔法なんかなかった世界を生きていた僕にはいまいちピンとくるものがない。

 相変わらず『ゲームの設定』のような感覚でしか読めない。

 まだ僕が魔法を使えないからなのだろうか。

 

 ——『魔法を使う虫や動物たちのことは大人から聞いたことがあるでしょ?』と書かれていても、僕には……ないからなぁ。

 

 

「アルセン令息は、賢くていらっしゃるのですね」

 

 いつも付いてくれているローレンツ殿下の侍女がお茶のおかわりを注いでくれながら話しかけてくれた。

 

「どうしてそう思うんですか?」

「それは、テオドール殿下が読んでいた本、対象年齢は八歳くらいからの本ですよ。学校に上がってから習うようなことが書いてあると聞きました」

 

 

 ——この本はテオドール殿下のお下がりだったのか。ローレンツ殿下の本棚にあったからてっきり殿下の本かと……。

 じゃあ理解できないのは、僕が魔法を知らないせいではない……かな?

 

 

「テオドール殿下がその本を読んでいたのも六歳くらいの頃と聞きます。アルセン令息はまだ五歳ですのにちゃんと読んでいらっしゃるようなので」

「眺めているだけですよ。絵もたくさん載っていますし」

 

 中身を熟読しているわけではない、と誤魔化しておく。

 

 

 ——かなり本気で読んでいました! 

 ……そして理解できなくて凹んでいるところでした!

 

 

 そんな会話をしながら過ごしていると、隣の部屋から、静かなピアノの音がし始めた。

 今日の最後の授業は音楽のようだ。

 

 遊ぶ約束が気になっているんだろう。

 何度も聞いている曲が、少し早くなってしまっているのがわかって思わず笑みが浮かぶ。

 

 結局同じところを何度も弾き直して、音が止まったと思ったら、ローレンツ殿下が飛び出してくる。

 

「ヴィトリーク、終わったよ! 今日はもういいって!」

 

 いつもより三十分は早いから、きっと音楽の先生が諦めたんだろうな。

 

 

 

次回更新は6/14 21:00です

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