走馬灯のはずがない
『次はァー……学園前、学園前です』
アナウンスを軋む体に耐えながら聞く。
もう少し……もう少しで人が減る……。
通勤ラッシュの過酷さには、いまだに慣れない。
周りと違うことといえば、俺はこれから家に帰るために乗っているということだけ。
どうせ会社に戻るならカバンは会社に置いてきてもよかった……。
(場所をとってすみません……!)
俺の脇腹に食い込む誰かのリュックにそんなことを考える。
トンネルに滑り込んで、後一つトンネルを抜けたら、学生が少し降りるはず。そう考えていた矢先。
地震……いや? 違う?
車体がいつもと違う揺れかたを……と思った瞬間だった。
上から押さえつけられたような重力、続いて浮き上がるような余韻。
急ブレーキの轟音と悲鳴。
詰め込まれた人間が、振り回される車体に沿って押し寄せる。
鞭をしならせるようにあらゆる方向へ。上も下も、関係なく。
——「ヴィクスさま!」
頭蓋骨か何か、頭部の骨が折れたような痛みの間に誰かが叫ぶ声。
……外国人、観光客か……いや、『様付け』?
もう車内に電気もついていない、真っ暗だ。
見回しても何もわからない。
続く衝撃。
……今度は肋骨も折れたかもしれない。
——「アニー!」
幼い子どもの悲鳴。
子どもが乗っていたのか……いや、俺の声……? そんなはずはないのに?
でも、助けを求めた『僕』の声だ。
車内に響く悲鳴や『助けて』の声とは重ならない……まるで耳ではなく脳に直接流し込まれたように女性の声が届く。
——「助けを……助けを呼んできますからね」
締め付けられるような頭痛が、少しずつ強さを増していく……、
何がどうなったんだって?
ぼんやりと、思い返すと通勤電車に重なるように、馬車の内装が浮かぶ。
なんだこの豪華な座席……電車じゃ、ないな。確実に。
御伽話の挿絵のようだ。
圧迫で呼吸ができない。苦しい、酸素が欲しい。
頭が、割れそうだ。でも動くこともままならない。
けれど……瞬きのたびに映像は鮮明になる。
目の前にあるかのように、話しかけてくる女性と、その間に飛び込んできた土砂や大きな岩、飛び散る火花……の記憶が。
「いや、誰ですか……あなた」
わかってる、あなたがアニーだ。
でも、それは俺、知らないはずなんだ……。
なんなんだ……走馬灯くらい見せてくれよ……知らない人の顔じゃなくてさ……。
苦節七年、ようやくバイトから「社員」の身分を手に入れたのに。『研修』が取れてからにしようとかカッコつけずに、親に報告くらいしておいたらよかった。
死にかけて、走馬灯に親の顔も見られないなんて……。
——諦めて今日も会社に泊まっていれば……。
——やっぱり姉上の代わりなんて、引き受けなきゃよかった……。
俺ではない、でも確実に俺の中から出てきた言葉を最後に、意識が途切れた。
『姉上』への強い『恐怖』を俺の心に残したまま。