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【更新停止中】スケルトン・コラプサー  作者: ハマー
第1章 刻まれた過去
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3話 出会いと歪み

 「みんなー雫お姉さんがきてくれたよー」

 若い女性の院長先生が、狭い園内によく響く明るい声でみんなのことを呼ぶと、周りにいた子供たちが一斉にわぁっと彼女のもとへと集まってくる。

 「おねえさんすきー」「おねえさんお花あげる!」「追いかけっこしよ!」


 周りに馴染めない私は遠巻きにその様子を眺めながら、白髪の気弱な少年と二人で木陰を分け合って、本を読みふける毎日を送っていた。

 孤立していた私と白髪の少年にも、雫お姉さんは分け隔てなく声をかけてくれる。

 「ほら二人ともこっちにきて。少し体を見せてね〜」

 また医療の心得があった彼女は、子供たちの健康状態の診察も引き受けていたため、いつも木陰で読書をしているだけで動かない私たちの様子が心配になったのかもしれない。

 雫お姉さんは天津の有力貴族の一つ――禊家の御令嬢で、カナリア園に多くの寄付をしてくれていた。

 そんな彼女はみんなの人気者で、いつも誰かが側にいる。

 それはカナリア園の子供だけではなく、身なりのいい大人も例外ではなかった。

 お金持ちの大人が横にいるときは、いつもより寄付の金額が一桁多かったらしい。

 雫お姉さんの底知れない魅力が、言語化できない本能的な何かが周りを惹きつけそうさせるのだと、私は子供ながらに感じていた。


 私が幼少期を過ごした施設――カナリア園は国外からの孤児たちを集めた施設だが、子供たちはそんなことを歯牙にも掛けず、自由奔放に毎日を過ごしていた。

 そんなある日、この天津コロニーで迫りくる脅威に対して国家総動員体制が敷かれる。

 これによって物資は軍隊と研究所、一部の富裕層に優遇されることになり、国外からの孤児を集めた施設の子供たちにまで配慮が行き届かなくなる。

 その影響は食べ物だけに留まらず、生活に必要な物資の不足から嗜好品や娯楽の排除と、様々なものが生活から姿を消していった。

 その結果、私たち孤児は満たされることで忘れようとしていたものを思い出した。


 孤児の自分達には親がいない――僕らは愛に飢えているのだと。


 「プラーズ、また本を読んで勉強をしているの?」

 お姉さんは有象無象の子供の中から私を見つけてくれた、輝く星のような存在だった。

 「そうだよ。〇〇くんみたいな馬鹿にはなりたくないからね。あんなやつはすぐ死んじゃうんだ。それにいっぱい勉強して軍隊に入れば食べ物に困ることがないんでしょ。だったらたくさん勉強しないと、それは天津に生きる者の義務だって――」

 私の言葉に、雫お姉さんは悲しそうな顔をした。

 そして諭すように、ゆっくりと優しく、僕の目を正面から見て言葉をかける。

 「いいことプラーズ。あなたが軍に入ることは義務ではないの。あんなものは天津の上層部が好き勝手に言っていることで、あなたはもっと子供らしく自由に、好きなことをしていいのよ。だから、あなたが本心から軍人になりたいというなら止めないわ」

 てっきり自分が軍隊に入ることを喜んでくれると思っていた。僕の行動を肯定し、歓迎してくれるはずのお姉さんが悲しい顔をしたことで、私の思考はひどく乱されていた。

 僕は正しいことをしているはずなのに、どうしてそんな顔をするの、と。

 「でも、人としてのルールは守らないといけない。相手のことをどんなに悪く思っていても、馬鹿にしてはいけないの。それは自分を貶める行為よ。誰も幸せにならない……」

 お姉さんは一瞬ためらうようなそぶりを見せてから、震えた唇で続きを話す。

 「〇〇くんは――先日、亡くなったわ。あなたは彼がいないことに気付いていなかったかもしれないけど、死んだ人を貶める行為はルール違反よ。だからプラーズ、あなたはもっと周りを見なさい。子供には難しいことかもしれない。でもあなたは賢い子よ。視野を広げて、他人を想って行動するの。それが巡り巡って世界をよくすることに繋がるから」


 お姉さんが言っていた言葉の意味は、よくわからなかった。

 私はお姉さんに叱られたことに対する恥ずかしさと悲しさと子供ながらの反発と、諸々の多くの感情がないまぜになった状態で、今にも泣き出し逃げてしまいそうになるのを堪えるので精一杯だった。

 だからこの時の私は、素直にお姉さんの忠告を聞き入れることはなく、ただただお姉さんのためを想って、自己中心的に学ぶことを選んだ。


 私がお姉さんの言葉の意味を理解するのは――ここからまだ先のことになる。


 滅びの始まりは宇宙からやってきた。

 地球に巨大隕石が落下して、人間の支配する時代は終わりを告げる。

 巨大隕石の落下による衝撃は、地球に大破壊をもたらした。

 その影響は、かつて恐竜を滅亡に追い込んだとされるチクシュルーブ隕石と同じく、落下による破壊のみに留まらなかった。

 それは単に、巻き上げられた土砂によって太陽光が遮られ、地上に光が届かなくなっただけではない――新たな災害、人類に敵対的な生物――CEMとの戦争の始まりだった。

 人類は愚かだった。ゆえに協調よりも自国の利益を優先してしまった。

 人類は弱かった。ゆえに生物としての格の違いをCEMに見せつけられる。

 人類は甘かった。ゆえに自分たちが築いた世界が勝つはずだと過信していた。

 そんな人類が積み上げた結果の総括――巨大隕石の落下から10年が経過した世界では、未だCEMとの戦いは終わっておらず、人類は建造されたコロニーやシェルターを守るため、いや――人類という種の存亡をかけた戦いという名の延命を――続けているのだ。


 「ふぅ……これが歴史書、実物の本か。紙の本なんて誰も読まないのかな。げほっ」

 読み終わった分厚い本を閉じると、ぱたんという音を鳴らして埃を吐き出す。

 書庫の奥から引っ張り出してきた本は誰にも読まれず埃が積もっていた。歴史を語る本はそれを不満に思い、溜まった汚れを世界に吐き出したのだ。

 その汚れは人類の醜い歴史そのものだと、私は子供ながらの純粋さで感じていた。

 この本が書かれたのは隕石の落下から10年の時間が経過した年のことだが、現在に照らし合わせれば、すでに100年弱の年月が経過していることになる。

 この歴史書の内容が事実だとしたら、本当に人類は滅亡してしまうのだろうか。

 そんなのはいやだ。


 僕はお姉さんとずっといたい、失いたくない。

 僕はお姉さんを失うことが怖い、それを考えるだけで胸が痛くなる。

 僕はお姉さんの魅力に浸っていたい、それはこの先も、ずっと。


 だったら――――――どうする?


 私はこの頃、どうすれば人類が勝利できるのかを子供なりに真剣に考えていた。

 現状、人類は完全に敗北したわけではない。

 いまもどこかの戦場では、人類が武器を手にCEMと戦っているはずだ。

 つまり人類にはCEMに抵抗する手段が存在するのだ。


 だったら僕は――――――お姉さんを守るために、戦う軍人になる。


 お姉さんを守るため、お姉さんの生きる世界を守るため、強い軍人になるんだ。

 だから今やれることを、まずは体を鍛えて技術を身につけ、同時に学問を学ぼう。

 人類はCEMから確実に追い詰められている――時間は多く残されてはいない。

 私は子供ながらに世界を憂いて、そのようなことを考えていた。

 だから他の子供たちのように無邪気に遊ぶことなどできなかった。久しぶりに与えられたおやつに目を輝かせることもなければ、夜に暗闇を恐れて夢の中に逃避することもない。

 そればかりか、僕はみんなのあまりに楽観的すぎる振る舞いに憤りすら覚えていた。

 でもそのことをわざわざ言葉にして伝え、指摘しようとは思わない。

 未成熟な子供の小さなコミュニティの中でさえ、いや――だからこそ、場の雰囲気にそぐわない意見は理解されないと知っていたからだ。

 それはもう経験したから、知っている。

 そもそも子供らしさから逸脱しているのは自分の方だと――僕は気づいていた。

 無駄なことは省略して、次に進もう。

 僕――私には、人類には時間がない。

 私は雫お姉さんのことが好きだ。

 それは他の子供たちと変わらない。

 でも、私からお姉さんに向けられる感情は歪んでいた。

 なぜなら雫お姉さんだけが私を理解してくれた、信じてくれて、馬鹿にしなかった。

 神が救いの手を差し伸べない世界で、私に救いを与えてくれたのはお姉さんだけだった。

 ゆえに、神への敬愛に等しい私の愛は大きく歪に膨らんでいった。

 雫お姉さんに相応しい男になるのだと意気込んで、日々研鑽を重ねる。

 みんなよりも早く起きて身体を鍛え、みんなと遊ばずに本を読み、みんなよりも勉強して遅く寝た。

 お姉さん、お姉さん、お姉さん、お姉さん、お姉さん、お姉さん、お姉さん。


 しかしそのような私の努力も虚しく、雫お姉さんの与える愛は昔と変わらず平等だった。

 それはただ、彼女にとっての私が特別ではなかったというだけの話。

 だがその事実は、私をひどく痛めつけた。

 悔しくて、悲しかった。憤り、苦しんだ。

 なぜ、私だけに愛を注いでくれないのか。

 私はあなたの役にたつのに、あなたの特別になりたくてこれだけがんばっているのに。

 あなたのためならば、なんだってできるのに――――――。

 そこで私は天啓を得たというように、気づいた。

 そうか――まだだ。

 まだ、足りないのだ。

 お姉さんに振り向いてもらうには努力が足りない。

 いや、努力なんてものはただの自己満足に過ぎないものだ。

 なにか客観的に理解できる形で、私がお姉さんに相応しい存在だと証明しなくては。

 私は旧時代の分厚い本を抱えて、弾かれるように書庫から飛び出した。

 その瞳は決意に溢れ、目標に向かって邁進する歪んだ輝きを秘めていた。



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