異世界戦死通知官 リェナの訃告 ~選択する者たち~【短編】
『英雄』が――殺された。
彼の訃報は、あっという間に広がった。
そして、彼らが動き出す。
「――似たようなものね」
少女は窓際へと歩を進める。
無音の空間。ブーツの踵がカーペットをかすめる音だけがやけに鮮明に響く。
眼下に広がるのは、久化16年:咲州メガタウンの夜景。
摩天楼の隙間を漂うホログラム広告が、弾け、消え、また生まれる。地上には、整然と並ぶ無人バスの列。頭上には、静かに軌道を描くドローン群。
それは、ガラス窓を一枚隔てるだけで、サイレント映画のように静まる。
リェナ・コバヤシは都市を見下ろし、つぶやいた。
「――ここじゃない……」
その声は、確信に満ちていた。
肩まで伸びた栗色の髪が静電気に揺れ、茶色い瞳にネオンの光が淡く滲んだ。
肩越しに、陽気な声が降ってくる。
《ははァー、くせェくせェ! 人間くせェー! まるで欲望を煎って挽いて、いい感じの熱湯で漉したような街の臭いだェ!》
「へぇ」
振り返るリェナ。
スイートルームの調度品に、溶け込むように浮かぶ「金色の輪」――
ウノ・ザワが退屈そうに茶化す。
《おォ! こっちも相変わらず人間くせェ反応だな。……けどよォ……そこがいい》
彼は嬉しそうに輪を歪め、身体を揺らした。
「そう」
《ま・さ・に・そ・れ、だよォ! 何百年も生き続けた結果、人間性を失いつつある人間の少女……まだ、踏みとどまってんのかァ……?》
リェナは表情を崩さず、もう一度視線を窓の外に。
わずかな間を置き、ウノが言葉の色を変える。
《ま、俺らは “節足点” の奴隷、“軍” の狗でしかないわけ? 飾りモンの権限だけ与えられ、擦り切れるまで使い潰され――ある日……“シュンッ!” だろォ?》
何も答えないリェナ。
《だからよォ。そんな可愛い顔してんじゃねェよ。楽しくいこーぜ? それとも今回は何かァ? 全世界が泣いたバージョンのスペシャル案件か?》
「……普通よ」
感情のない、無機質な言葉。人間の言葉。
「普通の家族。普通に混乱して、普通に拒絶して。普通に悲しむ。最後には受容する」
その言葉を聞き、ウノは涙滴のように形を変える。
《――で、お前はまたそれを見て、心を痛めると。ったく……ロクなもんじゃねェな。人型はよォ》
リェナは何も言わず、部屋の中央へと歩み寄った。
空中に微かに揺らぐ淡い光の柱――
節足点へ繋がる接合路の痕跡が消えていく。
それは、目に見えるものではない。
部屋の監視カメラにも、都市の喧騒にも、すべてのテクノロジーに干渉しない不可知の現象。
だが、確かに存在している。
彼女たちにはわかる。
ウノが呆れたように声をあげる。
《いつか燃えるぞォ、それ。……ブワァーーーーてな! 地獄の劫火だァーーーー! はッ!》
「問題ない」
黒い外套の裾がわずかに揺れ、下から銀色の刺繍が施された軍服のような礼装が覗く。胸元には、階級章とともに、イトスギの花が刻まれた銀色のバッジ。
――それは、彼女が「戦死通知官」である証だった。
リェナが手を差し出す。
《お、行くかァ》
金色の輪は一瞬で解け、細い金糸となると、リェナの手首に巻きついた。
「行くよ」
金色のバングルが金属質の冷たい光を放ち、静かに脈動する。
《へいへい、エスコートいたしますよォ、リェナお嬢様》
わずかな重力の歪みを残し、彼女たちは部屋を後にした。
万博を喧伝するホログラム広告が、ひときわ大きな爆発音を上げ、メガタウンの光景を鮮烈に照らし出していた。
◇◇◇◇
都市の喧騒から隔絶された、最上級の家畜小屋。
ホテルのラウンジはゆったりとした空気が流れ、美しく澱んでいた。
バーカウンターでは、「ベテラン風のスキン」を被ったプレ・アンドロイドのシェイカーが、得意げにカクテルを作り続けている。
天井を覆うガラス窓にホログラム広告の色彩が映り込むが、それに気づく者は誰もいない。
テーブルに座るいかにもな公安刑事たちは、ランチ代の十倍もするグラスには手をつけず、一様にエレベ-ターのほうを見つめていた。
扉が開き、少女が一人降りる。
「来よったな……」
ごつい指先でネクタイを緩めつつ、山久地が低くつぶやく。彼の視線は、隠すことなくリェナに向けられている。
向かいに座る白伊は、細い指を開き、ポニーテールからの視界を拡大した。
「……十五歳くらいに見えますね」
肩までの茶髪、礼装風の黒いコート。右手首に金色のバングル。この場にそぐわぬ、若すぎる容姿。あるいは珍しくもない光景。
「……ん、ちょっと待て? 本部は『二人組』、言うてなかったか?」
山久地は肩をすくめ、体を固くする。
「確認します」
白伊は表情を変えず、指を掌の上で踊らせる。
「確認しましたが、データは変わっていません。……なのに一人?」
言い終える前に、リェナはすでに目の前に立っていた。
ゆっくりとまばたきをし、彼女は軽くうなずく。
「……初めまして。戦死通知官のリェナ・コバヤシです」
気圧される。というよりも、惑わされ、流されてしまいそうな囁き。
山久地は反射的に「対・洗脳訓練」のことを思い出し、思考をうまくバイパスさせる。
「あぁ、どうも。私が責任者の山久地で……こっちが相方の白伊です」
にこやかに差し出した右手が、宙をかすめる。だが、他の刑事たちの視線は油断なくリェナを観察しており、それを気にする者はいない。
「先に言うときますが、今回の訪問は日本政府の管理下にあり、我々――公安特務課は貴官らの行動を監視する任務を負っとります。ですので……例えば、人員の変更があった場合は――」
「わかってる」
リェナの冷淡さに、山久地は思わず眉をひそめる。
「ほならまず、人員変更の旨を本部に入れてもろて――」
《お前らさァー、ほんッと、堅ェよ……堅すぎるッて!》
突如として警察無線に響く陽気な声。
即座に、白伊は指を走らせる。
回線にハッキングの痕跡はない。では、今の声は――?
刑事たちが警戒の色を強める。しかし、声は再び全員に問いかける。
《何人いようが、結論は変わらねェだろォ? お前らは俺らを受け入れた。その事実以外に何が必要だァ?》
「ええと、仰ってる意味が分かりかねます……」
山久地は冷静を装いながらも答え、周囲の走査を行う。しかし、光学迷彩や他の手法による空間の破綻は見つからない。
「我々としては……事前に送っていただいた手順に基づき――」
彼は白伊に目配せし、さらに精密な走査を行うよう指示する。
「……個人的意見としましては……信頼関係構築のため……まずはお姿を拝見したい……」
自然な顔の動きを見せる公安の刑事たち。
リェナはじっくりと山久地を観察し、「何か」に向かって言い放った。
「ウノ、この人を申請して」
山久地が驚きに目を見開く。
「……え? 俺? 何が?」
《了解。山久地警部補を担当者として申請……》
《――承認を確認。山久地警部補を担当者に決定……》
それはあまりに唐突だった。
何の前触れもなく、リェナの手首に巻かれていたバングルがするりと解け、 非常に細い金糸のような「何か」が宙に現れる。
白伊は顔を寄せ、金糸を凝視する。
「……なに……これ?」
金糸はそのまま、山久地の爪先に潜り込む。
白伊は即座に反応しようとしたが、 対策も、思考も、間に合わなかった 。
「ン゙ッ! ン゙ンンンッ!? っン゙!?」
僅かに痙攣する山久地の身体。彼の瞳は一瞬だけ金色に染まり、眠るように頭を垂れた。
「え……ちょ、山さん? 山さん!?」
山久地が顔を上げる。
「……へッへ、なるほどなるほど……」これまで聞いたことのないような口調。
「ガタは来てるが、なかなかの乗り心地だ……」見たこともないような笑顔。
「……おッと? 腎臓はもう限界だな……それに、腹の血栓が今にもトビそうだ」
これは「本人の意思ではない」――白伊は即座に異常を理解し、山久地に声をかける。
「山さん! 大丈夫ですか! 何されました!?」
山久地――もとい、ウノ・山久地は自分の拳を眺めて嬉しそうに笑う。
「――シュッ! シュシュ! シュッ!」
立ち上がり、その場でシャドーボクシングを披露するウノ・山久地。190cmの巨体は、重力を感じさせることなくバク転も成功させる。
「この軋み、いいねェ……こりャ、上等な身体だぜェ!」
白伊は声を荒げて小さく叫ぶ。
「……状況異常! 山久地警部補が意識を―― “乗っ取られた”! 至急指示を!」
二秒後、本部からの応答。
――『了解。山久地警部補の “貸与” を確認。任務を継続せよ』
顔をしかめる白伊。
「え……貸与? どういうことでしょう!? 山さんを…… “貸す”!?」
――『任務を継続せよ。通信終了』
ラウンジに再び静寂が訪れる。
いつの間にか始まっていたピアノの演奏は、誰もが知っている夜想曲だったが、公安の刑事たちにとっては葬送行進曲にしか聞こえなかった。
白伊が問いかける。
「……不愉快ね」
彼女は痛感した。事前に確認した資料では、今回の事態は「絶対的な不可侵領域」として処理されていた 。
恐らくそれは事実――。
公安はおろか、政府ですら “監視する” ことしかできないのだ。
怪訝な表情を浮かべる白伊を見て、励ますように声をかけるウノ・山久地。
「ま、そんな顔すんなよォ。今日から明日まで、俺ら “ワンちゃん同盟” だ! 仲良くしよーぜェ? ワンワン♪ ワンワンワワン♪」
彼は手足をバタバタさせながら、白伊を優しく小突くように撫でる。
「ちょッ……触らないでくださ……――私に勝手に触れるな!」
最も尊敬する先輩であり、信頼のおける相棒はもうここには居ない。白伊は鋭い目でウノ・山久地を睨みつけた。
「もういい?」とリェナが一言。
場の空気が締まる。
「対象者の元へ向かう。案内を」
白伊は立ち上がり、山久地を無視して歩き出した。
「ええ、そうね」
ウノ・山久地が続く。
「さーて、お仕事お仕事ォ! 楽しいねェ! フンフンフンフン!」
楽しそうにステップを踏みながら、白伊を追い越すウノ・山久地。
リェナは白伊に向って静かに呟いた。
「優しさよ。……彼なりの」
白伊は何も言わず、ただ一度だけ、リェナのほうを見て「ふん」と鼻を膨らませた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
墨を落としたような夜空に、嘘くさい高層ビルのネオンが滲んでいる。二兆五千億円のオプティカルアートは、爆発する脳神経のように美しく、儚い。
車は中心部を離れ、メガタウンの外れにある閉じられた区画に入っていく。
整然と並ぶ巨大な住宅街。外の世界の喧騒は、この中まで届かない。
その一角、白亜の壁に囲まれた邸宅の門前で、車は止まった。
「ここねェ……」
ウノ・山久地が門柱に刻まれた「日之谷」のプレートを指で叩く。重く湿った音が、どこかに溶けるように消えてゆく。
彼は軽く口笛を吹き、周囲を見渡す。
「つまんねーとこに住んでやがんなァ」
完璧に設計された街並み――「あの匂い」は希薄だ。
「あなたの主観でしょ」
リェナは淡々と応じた。まるで、「何を今さら」と言わんばかりの口調で。
ウノ・山久地は肩く回すと、唐突に白伊の肩に手を回し、インターホンに手を伸ばす。
「ちょ……やめなさ――」
「突撃ィー!」
――《ピンポーン》
たった数秒が、もどかしいほどの時を刻む。
リェナが視線を空へ向けると、紫色の雲が広がっていた。
これから先、扉の向こうで待つのは、幾度となく繰り返されてきた反応。
混乱、拒絶、悲哀、受容――それが「普通」の家族の反応。
私の家族はどうだったのか? 妙な考えがよぎる前に、彼女は視線を戻した。
――《こんばんは、どちら様でしょうか?》
ホームAIの明瞭な声。
「゙ン゙ッ……」ウノ・山久地が喉を慣らし、調子を抑え、声色を変える。
「夜分に失礼……ID#PC62030071n。公安特務課の山久地だ」
AIが公安システムへ確認。
――《……こんばんは、山久地警部補》
「『戦死通知』の件だ。アポは取ってある。ご家族の方へ繋いでくれ」
短い間を置き、重厚な扉が開かれる。
まるで、ためらいが伝わってくるような、慎重な開き方だった。
男の影が現れ、来客を慎重に見定める。
「お待たせしました……どうぞ……」
中年の男。
ビジネスシャツ姿、破綻のない肉体、整えられた髪、腕に輝く高級時計。彼の目には疲労の色が濃く、眉間には深い皺が刻まれていた。
玄関ポーチの前で、リェナはその男――日之谷・オカ・ニシの顔を見つめる。
「日之谷・オカ・ニシ様……ですね」
「ええ……そうですが……」
戸惑いの表情を浮かべるニシ。
インターホンを押した大柄な男。相棒と思われる女性。彼らが警察であることは確認が取れている。しかし――
目の前にいる少女は誰だ――否、「何」だ?
あまりにも場違いすぎる。
「あの……こちらの女の子は?」
ニシがウノ・山久地のほうを向いて尋ねると、少女は一歩踏み出しブーツの踵を鳴らし、姿勢を正す。
「戦死通知官の、リェナ・コバヤシです」
リェナが名乗る。
「と、いうことです……」
頭を掻くような仕草を見せ、薄ら笑いを浮かべるウノ・山久地。
ニシは露骨に顔をしかめ、二人に対し不快感を露わにする。
遅れて、扉の奥からもう一人の影が動いた。
「ようこそお越しいただきました……」
柔らかな声。そこには夫以上の疑惑と警戒の色が滲んでいる。
日之谷・オカ・紗耶。
落ち着いた雰囲気の女性。静かに歳を重ねた、研ぎ澄まされた美しさ。白いカーディガンを羽織り、胸元に手を添えていた。
紗耶はゆっくりと頷き、リビングへと手を向けた。
「こちらへ」
震える指先が見えた。
◇◇◇◇
――「はッはー! いいお住いですなァ!」
リビングは、広く整然としていた。
白を基調としたモダンなデザイン。広々とした吹き抜けの天井が頭上に広がる。
柔らかな間接照明が、壁に掛けられたモダンアートを淡く照らし、ガラス張りのキャビネットには、整然と並ぶたくさんの家族写真。
大きな窓に掛けられたシルクのカーテンが微かに揺れる。
過度な装飾はない。しかし、計算された静穏さは、ここに住まう人間の性格や家風を、そのまま反映しているかのようだった。
部屋の中央にある、ダークグレーのコーナーソファセット。
一番端にはすでに、誰かが座っていた。
家族唯一の娘子である、日之谷・オカ・音夢。
彼女はやや長めの黒髪をサイドで緩く結び、シンプルな白シャツにパンツスタイル。母・紗耶と同じく整った顔立ちだが、目元には大学生とは思えぬ大人びた光が宿っていた。
音夢がリェナを睨みつける。
「へぇ……あなたが? 中学生みたいだね」
不信感を隠そうともせず、彼女は低い声を投げかけた。
リェナが軽く会釈すると、紗耶が静かに手を差し出す。
「どうぞ、お掛けください」
「では失礼します……っと」
まるで、友人宅に来たかのような気軽さで「よっ」とソファに沈み込むウノ・山久地。その隣にリェナが座ると、彼女を挟み込むように白伊も席についた。
人間らしい、気まずい沈黙が流れる。
「さっそく、本題に入りましょう」
ウノ・山久地は膝の上で指を組み、家族を端から順に見渡す。
音夢、紗耶、ニシの三人が喉鼓を鳴らしたのが聞こえた。
「その前にひとつ……お尋ねしたいことがあります」
ニシが目を細め、ゆっくりと言葉を絡める。彼の声は落ち着いていたが、どこか上ずったような違和感があり、裏に緊張があることは明らかだった。
「何度も確認しましたが……本当に、何かの間違い、ではないのでしょうか?」
彼は慎重に言葉を選んだ。
「息子は、七年前に、事故で――」
「ええ、承知しています。法的に、ご子息は亡くなっています」
実に深刻そうに、何の感情もない表情を見せるウノ・山久地。
「……ですがこれは、日本政府ならびに関係省庁が正式に認めた決定事項です。詳しい説明はこちらの――お願いします、コバヤシ通知官」
視線がリェナに集まる。
促されるまでもなく、彼女は一定の調子で答えた。
「戦死通知官の任務は、異世界で命を落とした者の消息を、元世界の遺族に伝えること。それが任務です」
「私たちは、“節足点” に属する “軍” の一員として、戦死した者の歴史を確認し、通知を執行しています」
紗耶が、ニシが、何も知らない全員が、険しい表情を浮かる。
「そして、必要があれば “弔問” の手続きを取る。それが我々の任務です」
リェナは淡々と言い切った。
「えっと……戦死通知に……マイグレーション ? というのは――」
紗耶が言いかけた、その時――
奥の廊下から、足音が響いた。
「ごめん……ちょっと遅くなった」
現れたのは、少年――
日之谷・オカ・利王。
高校生ほどの年齢。父・ニシと同じくバランスの取れた体格。ラフな格好にパーカーを羽織り、額には寝癖が残っているが、知性を感じさせる存在感は損なわれていない。
彼の視線がリェナに向けられる。
「えっと……誰?」
静かに返すリェナ。
「こんばんは」
利王は戸惑ったように母を見て、父を見て、再びリェナを見る。
「昨日言ってた……例の?」
「そう」紗耶は少しだけ躊躇し、利王に着席を促す。「あなたも、ちゃんと聞いて」
「あ、うん……」利王は無言で父の隣に座る。
白伊が録画端末を机に置き、ログを記録し始めると、部屋に緊張が走る。
リェナは立ち上がり姿勢を正すと、家族一人ひとりに視線を合わせ、ゆっくりと口を開いた。
「日之谷・オカ・ニシ様、日之谷・オカ・紗耶様、日之谷・オカ・音夢様、日之谷・オカ・利王様」
短い間。
「――本日、私たちは正式な “戦死通知” を執行するため、ここへ来ました」
リビングに漂う空気が、わずかに密度を増す。
家族の誰もが表情を固くした。
ウノ・山久地は興味なさげに指遊びをはじめ、白伊は静かに観察を続けている。
「……てか……戦死通知て……なに? 」利王が不安げに呟いた。
「シッ! 黙ってて!」音夢が弟を睨みつける。
リェナが宣言する。
「貴殿の御子息、日之谷・オカ・剣仁は――」
「ALT日本Ye186603、統一歴7年:サキシマケント市において、47歳で戦死しました――」
凍りつくような静けさ。
利王が喉を鳴らした。
「え……どういうこと?」
音夢が口に指を当てる。
「シッ!」
「彼は剣技と魔術を磨き上げ、ヒャズニング第一旅団の大隊指揮を執っていました」
一言、一言、丁寧に。リェナは告げる。
「貴殿およびご家族のご損失に対し、深くお悔やみを申し上げます」
重く、張り詰めた空気。
それを吸い込みながら、リェナは確信していた。
この反応こそが “普通” の家族のもの。
すべては、ここから始まる。
リェナの言葉が響いてから、その場にいる誰もが言葉を失っていた。
「な……」紗耶が、恐る恐る問いかけるように呟いた。「何、言ってるの?」
声音は落ち着いているが、指先はわずかに震えている。
「剣仁は……剣仁は……七年前……十六歳で……」
静かな口調。
彼女は現実を確かめるように言葉を紡ぐ。
「あなたたちは、一体何を――」
「記録は正確です」
紗耶のほうを向き、遮るように言い放つリェナ。
「日之谷・オカ・剣仁は、七年前、異世界へ召喚され、その地で三十年間生き続けました。彼は先日、四十七歳で戦死しました」
そして――混乱へ。
「な……なんだよ、それ」
利王が軽く鼻を鳴らして、身体を起こす。その目には、混乱と疑念が入り混じっている。
事故で死んだはずの兄が生きていた? 異世界で? まさか? 冗談でもそんな嘘をつく必要があるか?
今さら「生きていた」と言われても――
信じられるはずがない。
「兄貴が……異世界で生きてた? ありえないだろ! それなら全部――」
音夢が割り込むようにその先を奪う。
「……嘘だったっていうの?」
彼女は多少混乱しているものの、自らの動揺をかき消すように続けた。
「死んで異世界へ行った!? お葬式したんだよ? つまんないバッグだけで! 言っていること、ぜんぜん整合性取れてないじゃん! おかしいよ!!」
低く、押し殺した声。
「……信じられるわけない……」
彼女は拳を握りしめ、声を震わせた。
「異世界? 召喚? 剣技と魔術? 戦死? そんなの、まるで――」
「――作り話だと?」
リェナの問いに、音夢は立ち上がり叫んだ。
「じゃないとでも言うの!?」
ふたりの視線が交錯する。
音夢の声には、明らかに怒りが滲んでいた。
ニシが冷静に問いかける。
「……たしかに、あなたは公安の人間を連れ添ってきている。それに、日本政府が関わっているというのも事実でしょう。でも、それは、 “信用しろ” っていう理由にはならない。違うかな?」
紗耶は音夢の手を握り、リェナをまっすぐ見つめた。
「いったい、私たちに何をさせたいの? 意味がわからないわ」
リェナは視線を逸らさない。
「……戦死した者の歴史を確認し、通知するのが、我々の任務です」
「証拠!」音夢が訝しげに口を開く。「証拠くらいあるんでしょうね! 兄ぃの!」
「遺品をお返しします」
リェナは静かに答え、ゆっくりと掌を前に突き出す。
「んん!?」
わざとらしく驚くウノ・山久地。
「手品でもされるおつもりですか?」
その表情を横目に、白伊は視線を伏せた。
リェナが掌の返すと、何もない空間に、わずかな揺らぎが生じる。
それは、水面に落ちる小石のように、現実の一部が歪むような感覚だった。
何もない空間から、宙から「何か」が抜け出てくる。
音夢の目が見開かれる。
「え……やば……」
全員が様子を凝視する中、それが現れる――
ボロボロに使い込まれた旧式のスマートグローブと、ゴツい外付けGPUリストバンド。
利王がそれを見た瞬間、顔色を変えた。
「え……まじか……なんで……それが?」
リストバンドには、見覚えのあるカラフルな筆塗りの模様。それは、幼い彼が兄のために描いた「クロックアップの魔法陣」だった。
利王がグローブに触れると、スリープ状態が解除され、ロック画面が浮かび上がる。
写っているのは、幸せそうに微笑む五人の家族。
中央に立つ若い男を見て、利王はつぶやく。
「兄貴……」
言葉は宙を彷徨い、どこかへ抜けていった。
ニシは驚きで喉を鳴らしたような声で拒絶の意思を示す。
「それでも……信じられるわけが……」
音夢は言葉を詰まらせたまま、ソファのアームを強く握りしめている。
「兄……ぃ……じょ、冗談でしょ……」
紗耶は呆然とロック画面を見つめ、夫・ニシの手を握る。彼女の表情には、現実と虚構がせめぎ合っていた。
張り詰めた空気。今にも崩れそうなほどに、重くのしかかる真実の行方。
リェナは、冷淡に告げる。
「これは、日之谷・オカ・剣仁が異世界に持ち込んだ品の一つ……」
彼女がスマートグローブを優しく撫でると、充電ランプが赤く光った。
「彼は……この機械にずっと手を加え続け、機能を維持し続けたようです」
「まってまって!」
利王の声が揺れる。
「じゃあ、この中に……異世界の写真や動画が? 残ってるってこと!? ロックさえ解除できれば……」
彼はウノ・山久地の方を見て「救い」を乞う。
「ま、できなくもないんですが――」
手を開き、得意げに話すウノ・山久地。
しかし、彼の顔はなぜかリェナのほうを向いていた。
彼女は深く息を吸い込み、ゆっくりと言葉を編む。
「では――」
「彼の人生を、お伝えします」
◇◇◇◇
静かに腕を上げるリェナ。
「これは、記録です」
静寂を装っていたリビングから――音が消える。
掌がかすかに光を帯びた、次の瞬間、室内の灯りが揺らぐように明滅した。まるで何かの波長が干渉したかのような、一瞬の違和感。
やがて――
リビングに砂が舞った。
「うわっぷ! 砂ッ!?」
とっさにフードで顔を覆う利王。
激しい砂煙に包まれ、視界はどんどん奪われていく。
「なになに! これどうなってんの!? ねえ、みんないる!?」
乾いた風に乗り、錆びた鉄を焦がしたような臭いが漂ってくる。
「やだ……なんか燃えてない!? 大丈夫!?」
音夢の声が異世界の砂塵にかき消される。
風が止む――
目の前に広がっていたはずのリビングが、消えた。
荒れ果てた地。夕焼けに染まった空。崩れかけた石造りの神殿。騒然とする人々。
家族は、異世界にいた。
「え……どこ……? ……てか、これってホロマッピング……何これ……?」
「ケホッ……ぢょっと、利王? あれって……?」
音夢が指差す先には、膝をつき、辺りを見回す少年の姿。
見間違えるはずのその姿に、紗耶の声が思わず零れる。
「……剣仁?」
彼女は無意識に前へ進み、息子の顔を覗き込む。
瞬間、涙が頬を伝った。
「……けん……剣仁……ああああっ……剣仁剣仁剣仁剣仁……ああああ……」
紗耶は愛する我が子を抱きしめた。
だが――母の腕は何も掴むことなく身体をすり抜ける。
「これに実体はありません」
冷たい言葉が響く。
家族の存在を無視するように、剣仁は立ち上がり叫ぶ。
「いやいやいやいや! まてまて! ここ、どこだよっ!? えっえっえっえっ!? なになに? まじでなに? 」
少年の声が、風に乗って響く。
十六歳の少年の表情は恐怖と混乱に満ちていた。
見知らぬ土地。周りを取り囲む、異様な雰囲気をまとう人々。
自分の身に何が起こったのか分からないが、ともかくここは咲州メガタウンではい。
「け……警察! 警察呼ぶぞ!?」
剣仁は震える指で緊急通報用のハンドサインをつくる。
――無反応。
スマートグローブのディスプレイを見ると、「サービスなし」の表示。
「どうなってんだ……通信が……圏外とかはじめて見た……」
召喚術士たちに混じり、その光景を見つめる家族の表情も、ひとつひとつ変わっていく。
「まさか……『遺体の特定が困難な状況』というのは、これが原因だと……?」
ニシは事故を思い出し、食い入るように剣仁を見つめる。
「もう充分よ……やめて……」
必死にグローブを操作する息子の姿を、ただ見守るしかない紗耶。
「よお、兄貴……兄ちゃん……なんだよ……どこ行ってたんだ……ひさしぶりじゃん……」
利王が唇を噛み締める。
「……こんなの嘘……生成フェイクでなんとでも……」
目の前の状況を拒絶しながらも、どこか好奇心をかき立てられる音夢。
家族の感情は揺れていた。
異世界の住人たちが口を開く。
彼らは剣仁を見て、希望や光などと歓喜の声を漏らした。
やがて、見るからに高位の服をまとった男性が剣仁に歩み寄り、乞うようにひざまずいた。
「この世界は、滅びの危機に瀕しております。此度、我々は貴方様を『英雄』として召喚いたしました……どうかお力を……」
剣仁は顔色を変え、わずかに怒気を帯びた声で叫んだ。
「いや、意味わかんねぇ! ふざけんな! いいから俺を戻せよ! いまから稽古があんだよ!」
「それが……」頭を垂れたまま男性は続ける。
「残念ですが……我々の知識では、元の世界に戻ることは叶いません……。伝承によると魔神のみが行使できるという、超・次元魔法であれば――」
「クソッ!――」彼は男性に掴みかかろうとするが、見えない障壁に阻まれ膝をつく。
「クソッ! ……クソクソクソクソ! クソだろこんなの! いったいなんだっていうんだよクソッ! 異世界とか……そんなもん陰キャが勝手に行っとけばいいだろうが!」
失望と絶望。
長い時。
剣仁は立ち上がる。
「……やってやる……」
「おお!」
異世界人たちの表情に光が射し込む。
「……生き延びてやる……」
「世界に光が!」「ついに混乱の時代が終わる!」「やった! ついにこの時がきた!」
彼らは口々に喜びの声を上げた。
「俺は帰る……生き延びて……生き延びて。魔神っていう奴に会ってやる……」
目の前の岩に深く突き刺さる剣を見つめ、歯を食いしばる剣仁。
剣が抜ける。
その目には「生きるための決意」が宿っていた。
王宮、鑑定、訓練、出立――目まぐるしく移り変わる、異世界での数ヶ月。
次に映し出されたのは、革鎧姿の剣仁が剣を握る姿。
それは、彼が初めて実戦に臨む瞬間だった。
「やってやる……やってやるよぉぉぉぉ!」
叫びながら敵に飛びかかる剣仁。彼の決意は昇華され、すでに「生きるための執念」となって燃えあがっていた。
「剣道……続けててよかったな……」
ニシがぼそりとつぶやく。
「やっぱ……そうでなくちゃ……兄貴、めちゃくちゃカッコいいじゃんか……」
彼はそのまま、父の腕を引き寄せ、静かに感情を伝える。
しかし、戦いは決して華やかではない。
飛び散る血潮、傷だらけになり、それでも彼は剣を振るい続ける。
「……こんなの酷すぎる……」
音夢が息を呑む。
いつしか家族は剣仁の人生を「体験」していた。
仲間たちとの出会い。
未開の地。
大森林。
海を越えた異国。
魔術学院。
開戦。
虐殺。
混乱。
謀略。
仲間たちとの絆。
奇跡の終戦。
剣仁は過酷な運命を生き抜き――
彼は本物「英雄」となった。
「……これが……剣仁の人生……」
紗耶は大粒の涙をこぼしながら、彼の人生を体験した。
淡々と、厳粛に、リェナは語る。
「彼は、剣と魔術を極め、異世界軍の指揮官にまで登りつめ――」
「家族を持ちました」
家族全員の目が大きく見開かれる。
映し出されたのは、剣仁の妻と、幼い子供たちの姿。
幸せそうな笑顔。
ロック画面に表示されていた五人の家族。
全員が言葉を失うなか、ニシがつぶやいた。
「……さっきのが……剣仁の家族……」
「彼は、その世界で魔族と呼ばれる種族の女性と結婚し、三人の子供を授かりました」
紗耶は堪えきれなくなり、顔を掌の平で覆う。
――時が進み、すこし老けた剣仁の姿。
彼は酒場で誰かと語り合っていた。
「――はは! ケント様の親御様は、さぞご見識のあるお方だったということですな! ところで……親御様を、なぜ自分の街にお呼びにならないのですか?」
旅人風の姿をした若いエルフ族の男が、剣仁のグラスに酒を注ぐ。
「ああ……私の “故郷” は、少し遠い所にありましてね。叶うなら再開したいとは願っていますが、なにぶん厄介な事情がありまして……」
ぐいとグラスを空ける剣仁。
――リビングが現実に戻る。
「……え? え? え? えぇ?」
利王が呆然と呟く。
リェナは何も答えず静かに答えた。
「彼の人生はここで終わりです」
「……は? えっ? 終わり? なにが終わったの? 続きは?」
納得のいかない音夢。
「彼は毒殺されました。あの場で」
エアコンの微かな音が、その場を埋める。
「――ちょ、ちょっとまってまって! さっき戦死したって!」
声を荒げてリェナに詰め寄る音夢。
「“軍” の規定上、異なる世界での死亡は、どのような理由であれ、全て “戦死” となります」
まるで古いAIのような、感情のない冷たい返答。
「……死んだんだ……兄貴……」
利王が誰にともなくつぶやいた。
「記録は正確です。……日之谷・オカ・剣仁様は、ALT日本Ye186603、サキシマケント市において、47歳でお亡くなりになっています」
否定する者はいない。
悲哀に満ちた家族の表情。
それを打ち破るように、ウノ・山久地が息く声を響かせた。
「……ま、ちょっと、一息つきましょう」
白伊がログの記録時間をみると、まだ一時間も経っていなかった。
◇◇◇◇
異世界は消えた。
自分が何を見たのか、何を信じるべきなのか、剣仁の家族たちは言葉を探していた。
紗耶はキッチンの隅に立ち、ワイングラスに水を注ぐと、じっとガラス越しに揺れる水面を見つめていた。
ニシは額に手を当てたまま、まるで何かを思い出そうとするかのように天を仰いでいる。
利王は先ほどリェナが取り出したスマートグローブを手にしていた。
音夢は窓の外を、ただじっと眺めていた。
ふいに、ウノ・山久地が大きく伸びをし、ソファに深くもたれかかる。
「ふぅー……なかなか強烈でしたな……大丈夫か、白伊くん?」
厳粛な場を荒らすような、デリカシーの無い声。
「……大丈夫です……」
白伊は最低限の返事をし、静かに記録を見返していた。
彼女は冷静に家族の様子を捉えていく。彼らが何を考え、どう感じ、どんな選択をするのか――また、戦死通知官が何をするのか。ことの行く末を最後まで確かめなければならない。
リェナは変わらず無表情のまま、そこに立ち続けていた。
「次の説明に移ります」
淡々とした声が、重く沈んだ空気を断ち切り、再びソファが沈んだ。
「弔問について、ご説明します」
家族たちは互いに顔を見合わせ、疑問の表情を浮かべる。
ニシが指を挙げ、リェナに顔を向けた。
「さっきも言ってたが、それはいったい何だ……」
「戦死者が生きた世界に、一週間だけ滞在できる制度です」
「えっ!? マジで!?」利王が勢いよく声を上げた。
「ちょっと、利王! 黙って!」
音夢が重ねる。しかし、彼の興奮は抑えられない。
「それって、異世界に行けるってこと!? 兄貴がいた世界に!?」
紗耶は利王を睨みつけ、無言のまま彼を制した。
「――続けます」
動じず、説明を続けるリェナ。
「戦死者が生きた世界――異世界には、ご家族のみが行くことができます。滞在期間は一週間。ある程度の制限はありますが、その間は好きに過ごしていただいて結構です」
「また――現地での一週間は、現実世界にはほとんど影響を与えません」
わずかに上ずった声でニシが尋ねる。
「家族に……剣仁の家族に会えるのか?」
リェナはゆっくりと頷く。
「はい」
「なら、何か持っていくことは? 例えば……剣仁が好きだったものを手土産にするとか……あるいはこちらに何かを持ち帰ることは可能なのか?」
ニシが慎重に問いかけると、リェナは一瞬だけ視線を伏せ、一拍置いてから答えた。
「衣服を除き、個人的な持ち物の持ち込み・持ち出しは、厳しく制限されています。ただし、戦死者の遺品であれば、一部許可される物もあります。例えば構造が複雑でない日用品など……」
「……ずいぶんぼんやりしているな……」
ニシが腕を組み、低く唸る。
ウノ・山久地が「ごほん」と咳払いをし、場を和らげるように手を広げた。
「まぁまぁ、落ち着いてください。続きをお願いします、コバヤシ通知官どの」
ゆっくりと一度まばたきをし、リェナは続ける。
「現地での一週間後、我々が迎えに上がります。世界のどこにいても」
「送迎付き! それなら遠出もできますね!」
茶化すように補足するウノ・山久地。もはや、彼の言葉は、誰の心にも届いていないようだった。
他にいくつかの制限を付け加え、最後にリェナはこう締めた。
「ただし――」
リェナの言葉に、家族の視線が集中する。
「帰還後、異世界に関する記憶は徐々に薄れ……ある日、すべてが『どこかで読んだ物語』のようになり、やがて――」
「完全に消えます」
家族の表情が一変し、彼らの心臓を締め付ける。
ニシが反射的に身を乗り出す。
「消える? 記憶が……?」
リェナは、無表情のまま頷いた。
「じゃあ、つまり……行ったとしても、そのこと自体を、いつか忘れてしまうということか?」
リビングの空気が、わずかに重くなる
「そうです」
続けざまに音夢も尋ねる。
「じゃあ……今日のことは? あなたたちのことは?」
「ええ、関連する記憶に含まれます」
震える声で紗耶が続ける。
「……剣仁のことも?」
一瞬の間。
「……はい」
思い描いた最悪の返答に、長い沈黙が訪れる。
その場の誰もが言葉を発せず、ただ、各々の思考の中で言葉を組み立てようとしていた。
やがて、ウノ・山久地が「ごほん」と咳払いをし、襟を正した。
「とはいえ……記憶は消えても、何か触れた感触、聞いた音、嗅いだ匂い、味わったもの――そういったものは経験として残る、と聞き及んでいます」
家族がわずかに反応する。
「……ま、確認のしようがありませんが」
ウノ・山久地は冗談めかして小さくため息をついたが、誰も笑わなかった。
重い空気が、再びリビングを満たしていく。
「行く!」
利王は勢いよく立ち上がり、両手をテーブルに叩きつけた。
「僕は行く! 兄貴の生きた世界を見たい! 兄貴の愛した人に会いたい! 僕は……絶対に忘れたりなんかしない!」
「おい、利王! ちょっと落ち着け」
ニシが制止しようとするが、利王は感情を爆発させるように叫んだ。
「だって、忘れるわけないだろ!? 僕の兄貴だぞ!? 家族だぞ!? みんなだって、ずっと会いたかっただろ!? 僕は、ずっと会いたかったんだから!」
「……あんただけじゃない」
音夢が低く、鋭く言い返す。
「……私だって……パパだって……。ママなんか、あれからずっと……」
彼女の視線はキャビネットにある家族写真を捉えていた。
「なら、なんでみんな迷ってんだよ!」
拳を握りしめる利王。
「兄貴はここにいなかった……! でも、俺たちの知らない世界で生きてたんだろ!? だったら、行くしかないじゃんか!」
その声は、怒りとも焦燥ともつかない、苦しさを滲ませていた。
「……利王……忘れるのよ……その剣仁のことを……」
紗耶は利王を見つめ、呆然と呟く。
「もう、忘れはじめてる……少しづつ……」
力なく利王が付け加える。
「違う!」
紗耶が強く言葉を重ねた。
「自然に記憶が薄れていくのと、自ら進んで記憶を消そうとするのは、まるで意味が違うわ! それじゃ最初から何もなかったみたいになる……! それが……どれだけ残酷なことか、わかってるの……!?」
「……」利王が言葉を詰まらせながら語る。
「兄貴との……新しい思い出が作れるチャンスだっていうのに……なんで分かんないんだよ……」
小さく震える弟を見ながら、音夢がそっと言葉を添える。
「……少し冷静になろうよ」
ふいに音夢は立ち上がり、リビングの隅の方まで歩くと、深く息を吸い込んだ。
「時間はあるの?」
彼女の言葉に続き、家族がリェナを見つめる。
「期限は明日の夜まで」
淡々とした答え。
「それまでに、弔問に行くかどうか を決めていただきます」
「たった一日で!?」
紗耶が険しい表情でリェナを睨みつける。
「人生を揺るがす決断なのに!?」
「人生を揺るがすのは、決断だけではありません」
リェナの声は感情のない氷のように響く。
「亡くなった方が何を遺し、そこから遺族は何を得たのか。それを知ることもまた、人生を変えます」
「さっきから! いったい何が分かるっていうのッ! あなたみたいな小娘に――」
紗耶がついに感情を爆発させ、叫ぶ。
「これは……ただの “選択肢” です。行かないという選択も可能です。ただし、この機会は一度のみ。よくご検討ください」
揺らぎのないリェナの声。
ニシがソファに沈み込み、大きく肩を落とす。
「紗耶もういい……わかった。……後は私たちの問題だ」
ウノ・山久地がわざとらしく膝を打つ。
「あまり時間はありませんが、よくお考えください。我々は、ご家族のご意向を尊重し、その決断を精一杯サポートいたしますので……」
ようやく話が終わった。
白伊が静かにログの記録を終了し、立ち上がる。
「では、今夜はこれで失礼します。また、明日の夜に」
リェナも立ち上がり、軽く一礼する。
全員が玄関へ向かうなか、リェナは紗耶をそっと引き留めた。
「最後にひとつ――」
彼女は紗耶に顔を近づけ、ささやく。
「あなた方にとっての “前へ進む” とは何か。それを考えてください」
紗耶の顔が曇る。
「……え?」
リェナはそれ以上言葉を足さなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
家の扉が閉じた後、日之谷家に日常は戻らなかった。
誰もが言葉を発しないまま、時間だけが過ぎていく。
普段は気にしたこともないメガタウンの喧騒が、やけにリビングに響く。
「で……どうするの?」最初に口を開いたのは、音夢だった。
紗耶がどこか遠い声で返す。
「……何を?」
まるで思春期だった頃のように声を荒げる音夢。
「『何を』……って、決まってるじゃない? さっきの話よ!」
紗耶は優しく、短く告げる。
「行かないわ。全員」
幼い子どもに話しかけるように。
――「行く」
と利王。
「僕は行く。兄貴の世界を見る」
紗耶が困惑した表情を浮かべる。
「ダメよ……簡単な話だわ」
「簡単じゃないよ!」
利王が叫ぶ。
「みんなずっと、兄貴がいなくなったまま生きてきた! 死んだってことしか知らずに! でも……生きてたんだ、どこかで! しかも家族を作ってたんだぞ! なら、会いに行かないと! あの後、兄貴がどう生きたか聞かないとだめだろ!」
紗耶は一言一句逃さず、息子の言葉を聞き逃さなかった。しかし、心は揺るがない。
「行かないわ。全員。……それに嘘だったら? 全部が……剣仁の異世界も、記憶が消えることも、全部嘘だったら? 今日の話に、意味なんてないのよ、きっと」
「政府と察が、僕らにこんな嘘ついてどうすんだよ!? それこそ意味ないだろ!」
利王の拳が震える。
「僕は見てくる……兄貴が生きた証を、この目で……」
言葉が詰まる。
「……僕は、兄貴との新しい思い出を作ってくる……」
そっと目を伏せる紗耶。
「ママは、行かないのね?」
音夢が静かに尋ねると、紗耶はうなずきもせず、小さく首を横に振った。
利王が両手を軽く広げる。
「なんでだよ!?」
紗耶は、ふと、キャビネットに並ぶ写真を見つめた。
その中の一枚――剣仁の卒業式の日の写真。
十六歳の剣仁が、少し照れくさそうに微笑みながら、卒業証書を手にしている。
「……未来の話、したのよね」
彼はあの日、「いつか父さんみたいな経営者になりたい」と言っていた。
その「いつか」は、決して訪れなかったはずだった。
けれど――
「私は……剣仁の死を受け入れたの。ようやく」
紗耶の声は、かすかに震えていた。
「私は前へ進んでる。ちょっとずつだけどね……。今さら妙なことに巻き込まれて、剣仁との思い出を汚す必要なんかないわ」
利王が悔しそうに唇を噛む。
「じゃあ……俺が行っても、母さんがいれば、兄貴のことを思い出させてくれるってことだろ……?」
紗耶は、ゆっくりと首を横に振った。
「……あなたは行かないし、誰も行かない。剣仁が生きたのは、この世界だけ――」
紗耶は静かに微笑んだ。
「……話はこれで終わりよ。もう寝ましょう。誰からお風呂に入るの?」
「なんで……なんでそんなこと言うんだよ! ……母さんは……兄貴の奥さん、それに子供――孫に会いたくないのかよ……?」
「話は終わってるわ、利王」
紗耶は迷いなく答えた。
「パパは?」
音夢が尋ねる。
ニシは、腕を組んだまま、ずっと黙り込んでいた。
「……俺は……」重い声。
彼は言葉を絞り出す。「もしさっきのが本当だとしたら……行きたい」
「ちょっと! ……あなた……」
夫を睨みつける紗耶。
ニシは続ける。
「剣仁の愛した人を見てみたい。孫をこの手に抱きたい。彼が守った世界を、この目で見てみたい……」
「父さん!」利王が顔を上げる。
「――でもな」
彼はゆっくりと首を横に振る。
「俺は……剣仁の記憶が消えるなんて嫌だ。あいつが生まれた瞬間の声。この手で抱いた感触。ママの幸せそうな顔。それから――」
「あなた……」
安堵したように夫を見つめる紗耶。
「パパは行かないってことね?」
「そうだ……」音夢が尋ねる前に、ニシは短く答えた。
利王は言葉を失う。
――「わたしは行く」
静寂を切り裂く音夢の一言。
家族全員が、驚いたように彼女を見つめる。
「……ね、姉ちゃん?」
唖然とした顔をして利王がつぶやくと、音夢は静かに繰り返した。
「わたしは、行く。……兄ぃの世界を、新しい世界を、見てみたい」
迷いのない声。
「わたし、今までずっと音楽を続けてきた。たまたま、パパやママの子どもに生まれることができて、ずっと音楽をやらせてもらえた。……だけど、何かが足りないのは、ずっと分かってた。結局……凡人じゃ天才に勝てないってこと」
音夢は真っ直ぐに前を見据える。
「でも……兄ぃは、イチから、あれだけのことを成し遂げた。もしかしたら、異世界には……わたしが探していた答えがあるかもしれない……才能を超えるための何かが……」
「そんな……そんなバカな理由で……」
紗耶が嘆くように呟く。
「わたしの人生は、わたしのもの」音夢が言い放つ。「だから、わたしは行く」
利王が音夢を見つめると、彼女は深くうなずいた。
「わたしたちだけで、行ってくる」
「……」
紗耶は黙ったまま、静かに口を閉じる。
利王が紗耶を見つめる。
「……ごめん、母さん」
紗耶は、静かに頷いた。
「謝らないで」
家族は誰も口を開かずそれぞれの部屋へ戻った。
紗耶はリビングに残り、ダイニングの椅子に腰を下ろしたまま、静かにカウンター上のカップを見つめている。
手を伸ばして冷めた紅茶を持ち上げたものの、口をつけることなく、そのまま元の場所に戻した。
「利王、音夢……どうして……」
気づけば、キャビネットに並ぶ家族写真を見つめていた。
――剣仁の卒業式の日の写真。
剣仁は、生きたのだ。
十六歳の少年ではなく、一人の男として。夫として。父として――
違う世界のどこかで、彼は生きていた。
けれど。
「……剣仁はいない……どこにも……」
カップの縁に指を這わせながら、彼女は窓の外を眺めた。
決めたはずだった。
彼の “生” を知ることで、今度こそ彼の “死” を受け入れる。
「私は、前へ進む……」
紗耶は、そう呟きながら、ふと写真立てに手を伸ばした。
彼女の指先が、剣仁の卒業写真に触れる。
何かを掴もうとするように、そっと指を這わせる。
しかし――
それ以上、触れることはできなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
車が走り出すと、ウノ・山久地が口を開いた。
「おつかれェ! さァ、腹もへったことだし、みんなで何か食いにいくかァ?」
ハンドルを握る白伊は、まっすぐ前を向いたまま答える。
「ホテルに戻る。山久地警部補を解放して」
「……」不服そうな表情で返すウノ・山久地。
「『おいおい、どうしてん白伊? こういう時はキュッと飲んで、サッと帰るんがええんやぞ? いつものとこでええか?』……これでいいかァ、白伊くん!」
「どこも行かないわ」冷たく返す白伊。
「はッ! ノリの悪ィ奴だなァ……」
ネオンの光が路面に揺れ、無言の車内にロードノイズだけが響く。
唐突に、白伊が口を開いた。
「……家族はどうすると思う?」
リェナは何も答えない。
ウノ・山久地が、「はッは!」と愉快そうに笑った。
「『会いたい』って気持ちは、人間が一番逆らえない衝動だ。人間ってのは、どうしようもなって感情に縛られるもんさ」
「……無責任な発言ね」
「ま、そういう仕事だ。どっちに転ぶか……結果は明日わかるだろうよォ。どっちでもいいがな」
ウノ・山久地は鼻を鳴らす。
すこし先の信号が黄色に変わり、前の車がずいぶん早くブレーキランプを灯すと、白伊はそれに倣って速度を緩めた。
停車。
前後を挟む公安の車両を見て、ようやく白伊は安心した気持ちになる。
「……それより」
彼女はルームミラー越しに、二人を見て尋ねる。
「なぜ黙っていたの? 山さん――山久地警部補を乗っ取ること。それに……“弔問” のこと」
当たり前のようにリェナは答えず、無言で夜の空を仰ぐ。
「じゃ、俺が説明すっか」とウノ・山久地。
「勘違いしてもらっちゃ困るぜェ。それは、お前らが “知らされていなかった” だけだ」
険しい表情を見せる白伊。
「どういう意味?」
「文字通りの意味だぜェ?」
信号が変わり再び車が動き出す。車両のコントロールはすでに白伊の手を離れ、前後車両の手に委ねられた。
ウノ・山久地が前に身を乗り出してささやく。
「……聞く相手を間違えてるぜェ、白伊くん。その質問は、自分の上のモンに聞くこったァ」
「……」
白伊は口をつぐむ。
確かに、戦死通知官の存在が公安上層部でどのように扱われているか、彼女は何も知らされていなかった。
「……チッ」わざと聞こえるように舌打ちする白伊。
「……どちらにせよ、公安として、この事態を放置するわけにはいかない」
「お好きにどーぞ」
リェナが、ようやく口を開いた。
「どのような報告をしようと、戦死通知官の役割は変わらない」
リェナの声は、どこまでも冷静だった。白伊はその声音に、得体の知れない不気味さを覚える。
まるで、プレ・アンドロイドの「待機状態」のよう。
「……アンタたちが ”同じ人間” とは思えないわ」
白伊が呟く。
後部座席の二人は、何も返さなかった。
「どこも行かねェなら、ここいらで解散するかァ」ウノ・山久地の不気味な笑み。
「解散? ……ここで?」
車列は高速道路に入り、自動運転モードに切り替わっている。しかも、目的地のホテルまではあと10分。
こんなところで解散しても――
「ッン゙ン゙ン゙ン゙……ッぶっ!?――……」
突然、山久地の体が小刻みに震えると、彼は首をがっくりと落とした。
「ちょっと! なにしてるの!?」
白伊が振り返ると、一筋の金色の光が後部座席を漂い――するりと、リェナの手首に巻き付く。
金色に輝くバングルを指で撫で、彼女はつぶやく。
「ステータス確認……異常なし」
リェナが呟く。
「――うああああッ! ハァッ! ハァッ! ハァッ……」
まるで悪夢でも見たような声を出し、山久地が目覚める。
「山さん!」
顔を寄せる白伊。
「くそっ! ……なんやねんなんやねん……なんやねんこいつ……! どないなっとんねん!? 俺、大丈夫か! なんかおかしなってないか!?」
「山さん、落ち着いて! 大丈夫ですか! こっちを見て!」
「あほか! 大丈夫なわけあるかい! こいつッ、身体だけやのうて、頭ん中ぐちゃぐちゃにしやがって……ほんまなんやねん! くそっ……」
山久地は眉間を押さえながら天を仰ぐ。
「山さん! 今の状況が分かりますか!? 記憶ありますか!? 答えてください!」
冷静に質問をぶつける白伊。山久地はすぐに状況を把握し、強い瞬きを繰り返しながら頭を振る。
「大丈夫や……白伊。状況はずっと見えてた――というか、全部 “感じて” たから分かっとる」
「ど、どういうことですか? 山さんはホテルで、未知の方法で身体を……」
「……みょーな感じや……自分のVRゲームを、ずっと他人が操作しとんのを、延々見続けてた気分や……」
《へッへ……まぁ悪くない “プレイヤー” だったろォ?》
警察無線から響くウノの声。
《じゃ、明日も頼むぜ、山久地の旦那ァ》
「……こいつッ!」
山久地の顔が険しくなる。白伊が、彼の手を強く握りしめた。
「山さん落ち着いて! 彼らに何を言っても無駄です。感じてたなら分かってるでしょう? ともかく今は少し休んで、続き戻ってから話しましょう」
「くッ……ほんまこいつら……」
ずっとやりとりを聞くだけだったリェナが、目を開けた。
「……そろそろいい?」
「「よくないわ!」」
リェナはもう一度ゆっくりと瞬きをし、言い放つ。
「……我々はここで失礼する。明日、また予定時刻にラウンジで合流しましょう」
彼女は淡々と言い――
消えた。
唐突に、一瞬で。
まるで最初からそこに存在しなかったかのように。
車内には風切音とロードノイズだけが残った。
車列は高速を降り、ホテルに寄ることなく公安特務課が入る庁舎に返った。
普段なら冷たく感じるオフィスは、住み慣れた実家のように暖かく、異世界から帰還した二人を出迎える。
いつもなら「廃油」と大差ないコーヒーも、二人にとっては至福の一杯だった。
会議室に投影される、戦死通知のホロ映像。
そこに映るウノ・山久地は、見たことのないような笑顔を見せていた。
「……ほんと、悔しいですよね……」
白伊が端末に指を走らせながら、低く呟く。
「しゃーないわ、白伊。あれは、俺らではどないもならんレベルや……」
ため息をつく山久地。椅子が軋む。
「乗っ取られている最中……何か見たんですか?」指を止め、白伊が尋ねる。
「見たというか……あいつ……事あるごとに “一時停止” して、しょーもないこと説明しよるんや……」
「一時停止?」
「まんまの意味や。『状況が止まる』、これ以上の言葉はないわ……」
山久地はタバコに火を点け、ひと吸いしてから続ける。
「おかしな話やけど、実際、体験してもうたら何も言えん。あれは、どないもならん……」
「でも、あそこまで勝手にされて――」
タバコを持つ手を挙げ、白伊を制する山久地。
「顔見れる上の連中は、『このまま通知官の任務を “全面的に支援” せい』しか言わんのやぞ? どないせい言うねん?」
「……本気なんでしょうか?」
白伊の指が止まると、ホロ映像が砂嵐に変わった。
次に写し出される剣仁少年の姿。
262,800倍速で再生される彼の人生。
三十年という時間があっという間に過ぎていく――
「『上』の判断は、当然揺るがんやろな。当然、政府の方もな……」
「でも、それって……」白伊は言葉を一度飲み込む。「……関係する物は、全部不可侵だと?」
「そういうことやな」
山久地は机の上に置かれた資料を指で弾く。
白伊は、手元の端末を握りしめた。
「……このまま放っておいていいんでしょうか」
山久地はそれには答えず、ただ静かに立ち上がった。
「何かするにしても、俺にはなんも言うな。あいつに隠し事なんか無意味や。……ただし――」
彼はゆっくりと白伊の方を向く。
「俺は、お前の上司や。部下の責任は上司の責任。それを覚えとけ……分かったな?」
白伊が静かにうなずく。
「……了解です」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――次の夜
リェナ、ウノ・山久地、白伊は、再び日之谷家の門をくぐった。
ニシは昨日と変わらないようなビジネス服姿で三人をリビングへ案内した。
リビングに漂うどこか冷えた空気。家族の表情に、それぞれの決断の痕跡が残る。
ソファには音夢が腕を組みながら腰掛け、ダイニングテーブルの端に利王が座っている。二人は登山用にでも出かけるような格好をしており、すでに心を異世界へ飛ばしているかのようだった。
紗耶は普段着でキッチンの隅に立ち、何かを考え込むように手を組んでいた。
ウノ・山久地が軽く手を挙げ、にこやかに挨拶する。
「おお、じっくり話し合われたようですなァ」
公安のベテラン刑事とは思えない彼の態度。改めて感じる違和感。だが、誰もそれについて指摘はしない。
リェナは室内を見渡し、静かに言葉を発した。
「決断は?」
その問いに、一瞬の沈黙が落ちる。
最初に口を開いたのは、利王だった。
「僕は行く」
彼は迷いのない目で、まっすぐリェナを見つめた。
「兄貴のいた世界に行って、兄貴の生きた証をこの目で見てくる」
「……私もよ」
続いたのは音夢。彼女は静かに立ち上がり、リビングの中心へ歩み出る。
「私は……兄ぃが生きた世界を――いえ、新しい世界をこの目で確かめたい。そこにどんな人がいて、どんな価値観を持っているのか――それを知りたい」
紗耶はソファに深く腰掛け、両手を膝に置いたまま俯いていた。その肩はわずかに震えている。
利王、音夢がリェナのほうへ歩を進めると。紗耶は視線を逸らしてうつむいた。
「他には」リェナが尋ねる。
「私は行かない」
紗耶の声は静かだったが、その響きには諦念と微かな決意が混じっていた。
「……では、このお二人でよろしいですか?」
リェナが家族全員に向かって尋ねる。
――「私も行く」
そう言ったのは、ニシだった。
「ッ!」
紗耶は小さく息を呑んだ。
「……二人だけでは行かせられない。親として、最後まで見届ける責任がある」
「……あなたまで……いったいどうしたの……家族は……」
彼女は震える声で問いかけるが、ニシの表情は変わらない。
「母さん……全員で行くべきだ。剣仁のために、家族のために……それが、最良の選択だ」
「何言ってるの!?……記憶が……」
紗耶の頬を涙がつたう。
「消えないかもしれない。……そうだとしても、みんなで思い出せばいい……家族だろ?」
「……どうしてそんな簡単に……どうして」
紗耶は夫を見つめ、唇を噛み締めた。彼女は夫の決意が揺るがないことを悟った。
リェナが改めて尋ねる。
「行かれるのは三名……よろしいですね?」
ニシがうなずく。
「ええ……子どもたちを見守るのが親の役目だ」
「兄貴にさよならを言ってくるよ……母さん」小さくつぶやく利王。
「私は……前へ……」
音夢は静かに微笑みながら、そう言った。
リェナがゆっくりと頷く。
「承知しました」
「決まりですな」と小さく手を叩き、視線を集めるウノ・山久地。
「いくつか署名が必要な書類がありますんで……それが終わり次第、いよいよ『戦死通知』のクライマックスということになります」
家族が書類に署名するのを見つめる紗耶。
リェナが視線を向ける。
「……まだ、大丈夫よ」
紗耶はキャビネットの家族写真をじっと見つめていた。
「私は……行かない」
彼女はそう言った。迷いのない声だった。
「息子の死を受け入れることが、私にとっての『前へ進む』こと」
リビングの空気が、少しだけ重くなった。
「だから……私は残る」
利王は母を見つめ、何か言いたそうに口を開きかけた。
が、すぐにその言葉を飲み込む。
「っ……母さん」彼は静かに頷いた。
「うん……」音夢もまた、母の決断を受け入れるように、そっとまぶたを閉じた。
ニシが優しく紗耶の肩に手を置く。
「もし僕達が本当に剣仁のことを忘れてしまっても、君が思い出させてくれ。何度も何度もあの子の話を聞かせてくれ」
「ええ……そうね……」
彼女は小さく微笑んだ。
◇◇◇◇
防音カーテンが引かれ、外の喧騒は完全に絶たれた。
リェナはそっと視線を上げ、ウノ・山久地に合図を送る。
「ウノ」
その一言だけで、ウノ・山久地はゆっくりと口角を上げる。
《了解――》
彼が低く言った瞬間、身体がゆっくりと震え、わずかにぶれる。
「ッ……ン゙ンンンッ!? っン゙!?」
まるで電撃に打たれたかのように、彼の全身が一瞬こわばる。
そして――
彼の指先から、金色の糸がふわりと浮かび上がった。
「……んッ……くそッ……ごいづッ……!」
ウノ・山久地の表情が微かに歪む。
痛みはない。ただ、昨日とは別の奇妙な感覚に襲われる。
金糸は指先から細く、ゆっくりと宙へと昇っていき、美しく輝きを放ちながらリビングの空間に溶け込むように広がっていく。
《うおォッ!? 抵抗しやがったなァ! やるじゃねぇかァ! なんかゾワゾワすんなァ!》
ウノの声が警察無線に響く。
山久地は頭を振り、手を見つめる。まだ僅かに震えている。
「ハァッ! ハァッ!……くそがッ……」
さらに細い金糸がするすると解けるように舞い上がり、リェナの周囲へと集まっていく。
やがて、それは一筋の光の輪となり、彼女の手首へと巻きついた。
「……ッハァ……ハァ……」
白伊が駆け寄る。
「山さん、大丈夫ですか!?」
「お、おう……大丈夫や……けど……」
山久地は荒い息を整えながら、ふと自分の手を握りしめ、開く。
その手は、確かに「自分のもの」だった。
「……ほんま、わけわからん……」
額に汗を浮かべながら、山久地はリェナを睨む。
彼女は一切動じず、ただ静かに言った。
「では、弔問を実行します」
その瞬間――
轟音とともに、リビングの窓が砕け散った。
――パリンッ!
リビングが強烈な閃光に包まれ、視界が真っ白になる。
「「「「――ッ!」」」」
何かも分からぬまま、家族は反射的に身をすくめ、その場にしゃがみ込む。
砕けたガラスの破片を踏みつけるような音。恐怖を感じさせる足音。視界を奪われる中、目と鼻から流れ込んでくる強烈な刺激臭。
「「「「ゴホッ! ゴホッ!……ゴホッ!」」」」
むせかえる家族の耳に、白伊の鋭い声が響いた。
「全員、動かないで! 絶対に! その場から動かないで! 動くと撃つわよ! 動かないで!」
ニシが顔をしかめながら目を細めると、黒い人影が室内を駆け回るのが見えた。
ようやく視力が戻り始める。
砕け散った窓、倒れたキャビネット、足跡のついたソファ――
漆黒の装備を纏った公安の特殊部隊たちは、銃口をリェナに向け、引き金に指を置いていた。
「な、なに……なにが起こったの……?」紗耶の震える声。
わずか数秒の間に、日之谷家のリビングは、破壊と混乱の現場と化していた。
「やるやんけ、白伊……まさか、完全武装の『丸特』まで動かせるとは思わんかったわ……。どーいうツテや?」
ジャケットから展開された防護マスクを外し、山久地がため息交じりに呟いた。
白伊は薄く笑う。
「こっち方面で、首根っこ掴んでる上司がいましてね……それを使いました」
「そうか……すまんな……」
「礼はいいですよ、山さん。――今は目の前の事態を、どう収拾するかを考えましょう」
緊迫する場の中で、リェナはただ静かに様子を見守っていた。銃口を向けられているにもかかわらず、微塵も動揺の色を見せない。
彼女はふと顔を横に向ける。
視線が向いた先は、破壊されたキャビネットに残された――家族写真。
「――動かないで!」
白伊が叫ぶよりも速く、リェナは歩き出した。
迷いなく。
一人の隊員が反射的に引き金を絞った。
迷いなく。
――カチリ
硬化鋼製のファイアリングピンが雷管に叩きつけられ、5.56✕45mm NATO弾の雷管が一閃の火花を放つ。
薬莢の奥、ダブルベース火薬が瞬時に燃焼を始める。圧力は一気に増大し、弾丸を前方へと送り出す。
弾頭がライフリングを刻まれた冷間鍛造バレルを滑るように抜けていく。
銃弾はすでに音速の2倍以上の速度で大気を切り裂いている。その軌跡の後方では、排莢プロセスが始まっていた。
薬莢は弾けるように宙を舞い、地面に落ちていく。
一方、銃弾はすでにリェナの脚に――……
だが――弾丸は、消えた。
いや、撃ったはずの事実が揺らぎ始めていた。
リェナは、そのままキャビネットへと歩み寄り、落ちた写真を拾い上げる。
「これは、家族にとって大切なものなの」
まるで何事もなかったかのように、淡々と写真立てを直す。
隊員は思わず銃を確認する。
「……!?」
発砲されたはずの弾はどこにも命中しておらず、その薬莢すら落ちていない。それどころか、装弾インジケーターは「FULL」表示のまま。
発砲されたという「事実」は、消滅していた。
「お、おい……白伊……」山久地が青ざめた声で言う。「な、なんやこれ……窓、どうなっとんねん……?」
その言葉で、白伊も周囲を見回す。
リビングの窓は――割れていなかった。
キャビネットも倒れていない。ソファの足跡も消えている。
ほんの数秒前まで確かに存在していた「公安の突入作戦」が、まるごと消滅していた。
「……な、何が……?」白伊の唇がかすかに震えた。
その瞬間、警察無線に、愉快そうなウノの声が響く。
《はァッはッはッ! うけるぜェ! ……こういうのはあんまり良くねェんだけどよォ……。俺ァ、「自ら選び取ろうとする奴」……好きだぜェ!》
リェナは、最後の写真をキャビネットに戻すと、そっと手を払った。
――その瞬間。
公安特殊部隊の姿が、フッと消えた。
「撤退」ではなかった。
「突入作戦」ごと、完全に消え去ったのだ。
リビングに、リェナの足音が響く。
「突入はなかった。あなた方が行動を起こした事実も、組織の記録にも残らない。彼らにとって今日は、何もない普通の一日だった」
リェナは淡々と告げる。
白伊は言葉を失い、山久地は何度も瞬きを繰り返した。
信じられない、という表情で。
もちろん日之谷家の家族全員も。
ウノの声が辺りに響く。
《リェナ、頼み事だァ! ここまでやッた奴らだ、全員にちょろっとだけ見せてやッてもいいか? ちょろっとだけなァ!》
「……そうね」
リェナは全員を見つめうなずいた。
◇◇◇◇
わずかな空気の歪みが残っている。
先ほどまでの騒動が嘘のように「書き換えられ」、家族はただ目の前の光景を見つめるしかなかった。
リェナが静かに口を開く。
「では、弔問を実行します」
家族がそれぞれうなずくのを確認し、彼女はゆっくりと右手を掲げた。
手首に巻きついていたウノは、細やかな金糸となり、宙へと漂い始める。
それはまるで、生きているかのようだった。
絡み合い、揺れ、旋回するようにリェナを包み込んでいく。
「……生物なの……?」
音夢が息をのむ。
金糸は光を増しながら、彼女の背後で巨大な輪を描く。
それは天体軌道のように複雑で整然とした形を取りながら、静かに回転し始めた。
同時に、リェナの髪が揺らぐ。
栗色だった髪が、根元から金色へと変わっていく。柔らかに光を帯びながら、その色は徐々に輝きを増していく。
リビングの空間が薄く光を帯び、無数の細かな粒子が空間に漂い出す。
視界が揺らぎ、音が遠のく。まるで水の中に沈んでいくような感覚が、リビングにる全員を包み込んでいった。
「なにが起こるんだ……」
ニシが思わずつぶやく。
変化は、それだけではなかった。
茶色い瞳が、内側から発光するように、淡い虹色の輝きを宿していく。光が屈折し、幾重にも織りなすプリズムのようだった。
黒い外套と軍服は、金糸に解かれるように消え去る。
代わりに、彼女の身体を包むのは純白のキトーン――ギリシアの神官が纏うような、流麗な布地だった。
その上から、黄金のヒマティオンがふわりと翻る。
ヒマティオンの縁には精緻な刺繍が施されており、まるで古代の神殿に描かれた紋様のように荘厳な光を帯びていた。
足元を覆っていたブーツも消え、代わりに金糸で織られたサンダルが、その足元に生じる。
光に編まれたかのようなその細工は、大地を踏むためではなく、宙を漂うためにあるかのようだった。
そして――
彼女の背から、三対六枚の羽が広がる。
一瞬、誰もが呼吸を忘れた。
黄金と白の混ざり合う、柔らかで幻想的な翼。
まるで光そのものが結晶化したかのような透明感を持ち、微細な粒子を空中に舞わせている。
そこに風はない。それでも、羽は揺れ、空気を動かし、ゆっくりと広がっていく。
利王が小さく震える声でつぶやく。
「まんま……天使じゃん……」
「違う」
山久地が静かに口を開いた。
「あれは、ただの『記号』や……意味なんかない……意味なんか……」
リェナは軽く片腕を振る。
「開門」
三枚の片翼がゆっくりと動き、彼女の周囲に金の風が舞った。
光が――満ちる。
目の前に広がっていたのは無数の光が交差し、四次元的に絡み合う空間。
その光は、ひとつひとつが水滴のように揺らぎ、微細な波紋を描きながら重なり合い、また分岐し続けている。
「……す、すごい……」
漏れ出る紗耶の声。
この空間が何なのか、誰も説明されていない。それなのに――彼らは直感的に理解していた。
「ここは、あらゆる可能性へと繋がる道」
眼前に広がるのは「一つの世界」ではない。
そこには、無限の光が流れ、それぞれが「異なる現実」へと通じている。
一本の道は、深い蒼色に揺らめき、かすかに波の音が響く。
また一本の道は、炎のように赤く燃え盛り、戦火の匂いが漂っている。
遠くで淡い緑の光が渦を巻き、そこには咲き誇る花々の香りが漂っていた。
それらはすべて、ただの幻ではない。それぞれが「ひとつの世界」として、確かに存在している。
ウノが楽しそうに笑う。
《ようこそ諸君……ここが “節足点” の一丁目一番地、 ”接合路” 入口だぜェ! ゲート突破は路外へBANだァ! ヘッヘッヘッヘェ!》
「これが……節足点……?」
白伊が恐る恐る手を伸ばしかける。
「触れてはだめ」
リェナが静かに制する。
「この光は、無数に分岐した “可能性” の名残。道を選ばなければ、永遠に彷徨うことになる」
「じゃあ……どれが、兄貴の世界なんだよ……?」
利王が緊張した面持ちで尋ねる。
リェナは迷うことなく、足元に一歩踏み出した。
刹那、光の流れが反応する。
まるで彼女の存在を感知したかのように、金色の軌跡がゆっくりと形を成していく。無数に交差していた光が、一本の道へと収束し、やがてゆっくりと上方へ伸びていった。
「――これが、彼の世界へと繋がる道」
そこに現れたのは、一枚の透明な水鏡のようなものだった。
それはただの鏡ではない。水面のようにわずかに揺らぎ、そこに映るのは「彼らのいるリビング」ではなく――
どこか、遠い世界。
巨大な城壁の街並み。
青空と、そびえ立つ塔。
古びた石畳と、その上を行き交う異国の人々。
どこまでも広がる草原。
リェナが静かに告げる。
「この先が、あなたたちの行く世界……」
家族全員が、言葉を失う。
目の前に広がる風景は、異質でありながら、どこか温かさを感じる場所だった。見知らぬはずなのに、確かに「そこに剣仁がいた」と感じさせるものがあった。
「あなた方にとっての “前へ進む” とは何か。それを考えてください」
リェナは家族全員に道を譲った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
朝の陽光がカーテンの隙間から差し込み、ダイニングテーブルに柔らかな影を落とす。
窓の外では、都市の喧騒が穏やかに響き、鳥のさえずりがそれに交じる。
「ほら、利王。食べてる途中でホロ見ない」
紗耶の穏やかな声が響く。
彼女はコーヒーを口に運びながら、新聞をめくっていた。
ダイニングテーブルには、トースト、スクランブルエッグ、サラダ、もちろんフルーツが並び、家族全員が久しぶりに揃って朝食を囲んでいる。
「うっさいなあ、ちゃんとどっちも見えてるよ」
利王は苦笑しながらホロリングを置き、コーヒーを一口すする。
彼は現在、大学で経営学を学んでいる。ゼミでは起業をテーマに研究し、将来的には自分のビジネスを立ち上げるつもりだった。
「それで姉ちゃん、新作、いつ配信だっけ?」
音夢はフルーツをフォークで突きながら、軽く手を振った。
「来週よ。まずロンドンで発表会があるから、食べたらすぐ飛ばなきゃいけないけど」
彼女は今や国際的な音楽アーティストとして活躍している。
彼女の演奏は独特の響きを持ち、音楽評論家たちは「異界の風が吹き抜けるような音色」と評していた。
「ほぉ……すごいな」
ニシが感嘆の声を上げる。「まさか家から、世界を飛び回る音楽家が生まれるとはなぁ……親としては寂しいがな」
「まあね。でも、たまに帰ってんじゃん」
音夢はにっと笑って言う。「それに……次は彼氏連れてくるかもね?」
「えっ!? ちょっと……SNSのあれって……ほんとなの!? うそでしょ!? 大統領の息子でしょ、それはダメよ!?」
紗耶は一口コーヒーを飲む。彼女の目の前には、自身が執筆した小説の最新刊が置かれていた。
「そういえば、ママの小説、また映像化するんだっけ?」
音夢がふと訊くと、紗耶は「ええ」と静かに頷いた。
「動画配信サイトで実写化されるらしいわ。でも、キャストで困ってるんだって……少なくとも三十年は、その役しか出来なくなるみたいだし……」
彼女の作品は、既に一度映画化され、コミカライズ、アニメ化、ゲーム化もされていた。世界では85以上の言語に翻訳され、累計発行部数は数6億部を超えている。
「ずっと『英雄』役かぁ……その人、大変だな……」
利王が感心したように言う。「母さん、作家になってから、めっちゃ笑うようになったよね」
「そう?」
そう言いながらも、紗耶は少しだけ微笑んだ。
「……楽しいのよ、物語を作るのが」
ニシはふと、キャビネットの方へ顔をやった。
「……そういえば、家族写真、減った?」
キャビネットの上には、いくつかの家族写真が並んでいた。だが、以前よりも数は少なくなっているように思えた。
「少し、整理したの」
紗耶はカップを置き、静かに言った。
「大切なものは仕舞ってあるわ」
「……そうか」
ニシは深く追求せず、穏やかに微笑んだ。
変わらないようで、変わっている。
過去が少しずつ遠ざかり、新しい日々が積み重なっていく。
それでも、家族の絆は――以前より、強くなっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
廃墟に佇む、二つの影。
「――似たようなものね」
ガラスのない窓。
どこからか細かい砂が入り込み、崩れかけた床を静かに覆っていく。
外へと繋がる壁は、爆撃の衝撃で抉られ、鉄骨の残骸が無造作に剥き出しになっている。
遥か遠くまで続く、壊れた都市の影。
建物は崩れ、黒煙があちこちから立ち昇る。
砕け散った高速道路の下では、誰かの悲鳴が消え入り、遠くの地平では不穏な炎が揺らめいている。
街の上空を、巨躯のプロペラ機がゆるやかに旋回していた。
機体の側面には、奇妙な紋章――翼を折られた烏のようなエンブレムが刻まれている。
それが爆弾を投下すると、数秒後に大地が震えた。
音。
轟音。
それでも――
この部屋だけは、不自然なほど静寂に包まれていた。
リェナ・コバヤシは、窓際に立ち、眼下の光景をじっと見下ろす。
そう呟くと、微かに静電気を孕んだ栗色の髪が揺れた。
茶色い瞳に映る夕陽は、焼け落ちた都市の残光と混ざり合い、不確かな赤を滲ませる。
「――でも、ここじゃない……」
また一つ、空に爆音が轟いた。
――終わり。
お読みいただきありがとうございました!!!!
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