無理な相談
その男はある建設会社のセールスマンであり、ある家庭を訪問することにしていた。
男は高速道路を走っている。愛車である男の車は近頃開発されたもので、男はためていた金で、さっそく買ったのだった。しばらく走ったあとで、車は目標とする家のまえについた。
「すみません、アール建築企業のものですが」男は家のなかへと呼びかけた。
しばらくすると、その家の婦人が出てきた。
「なんでしょう。あたらしい家の販売でしたら、けっこうですのよ」婦人は事務的な口調で言う。
「いいえ、ちがいます。そういう用事ではございません」男は申し訳なさそうに答える。
「では、なんです。建築会社でしたら、建築物の販売以外に…」予想もしていなかった応答に、婦人はとまどったようだ。
「私どもは、そういった普通の建築会社とはいくぶんちがった会社でして…」
男は言いにくげに、あいまいな返答をした。
「それでは、用件を教えてください。なんだか、すっきりしないので…」婦人は言った。
「あのう、言いにくいのですが…。わが社でこの土地に、あたらしく建てたい建物があるとのことでして……」
男は言い、うつむいた。なんとも無理な相談だとは、分かっているのだ。
「それで、この家を取りこわさせてほしい、と言いたいのですか」婦人は表情も変えずに言った。
「恐縮なのですが……」男は婦人の顔を見ずに言う。どうしても、こう言うしかないのだ。なにしろ、会社からの命令なのだから…。
「お金の件は、どうなのかしら。相当に張るようでしたら…」
男はすこし可能性があるかもしれないと思い、とても高い金額を提示した。
「そんなに……」婦人は、心底おどろいたようであった。それもそうだろう。家をこわすだけで、その金額とは…。
男は相手が承諾してくれたものと思い、にこりと笑ってうなずく。
帰り道。男は陽気な気分で愛車を走らせていた。男はつぶやく。
「あの女の主人では不審がられてしまい、駄目だったからな…。理由を変えてはみたが、夫から言われていれば、捜査をされたかもしれない。成功しないと、あやういところだった……。それにしても、わが社はなぜ、あんなことをしたのだろうな…。家の下に、麻薬をたくさん置いておくなんて……」