一回戦 フランス貴族 vs 日本貴族 (黒い安息日) 前編
くじ引きによりトーナメント表が作られ、一回戦の第一試合がフランス貴族令嬢・アントワネットと日本貴族・黒い安息日の対決となった。
日本代表の貴族令嬢、黒い安息日に付き従う老執事は、大会ルールに感心していた。創作の世界において料理対決は、最初に試食される側が圧倒的に不利、先攻の料理で感心する審査員を後攻の料理で覆すのはもはやセオリー、その勝率は後だしジャンケン並みである。しかし、KRFにおいては革新的なこのルール……
・料理は試食の先攻がメニューを決められます
世界中の貴族令嬢が集うこの大会では、先攻が圧倒的に有利。なぜなら先攻は自国の得意なメニューを選ぶことができる、さらにマイナーな料理に持ち込めば、他国の貴族が勝つことなど在り得ない。いくら優秀なお抱えシェフがいたとしてもだ。
例えば日本代表が寿司を選べば有利だ。さらに、海外でローカルな、例えば肉ジャガや鰊そばなどを選択すれば、日本以外のシェフでは手に負えないだろう。老執事は黒い安息日に耳打ちする。
「お嬢さま、先攻が有利ですぞ」
「爺や、私は後攻を選びましてよ、ホーホホホ!」
自ら後攻を宣言し、フランス貴族・アントワネットに告げる日本貴族・黒い安息日。美食の大国、フランスに対して大胆不敵ともいえる選択に会場はどよめいた。警戒しつつも売られた喧嘩は買うのが貴族令嬢の心意気、賽は、いや、レースグローブは投げられたのだ。
「ダコ― (了解) フランス料理の真髄、お見せしますわ」
アントワネットが先攻を受けて立つ。
「どんな料理でも受けて立ちますわ、ホーホホホ!」
黒い安息日が高笑い。
「ブラーバ!ではポトフで勝負でしてよ!」
アントワネットが料理を選択、ポトフで対決となった。
黒い安息日の老執事は顔をゆがめる……
よりによってポトフとは!
アントワネットが安易に高級フランス料理を選択してくれていた方がマシだった。日本にも優秀なフレンチのシェフはいる、今すぐ連絡を取り臨時お抱えシェフとして雇うことだって可能だ。しかしポトフ、素朴でシンプルな煮込み鍋料理。老執事が懸念した通りの展開である。
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一回戦 第一試合
フランス・アントワネット vs 日本・黒い安息日
ポトフ料理対決
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フランス料理はなぜ豪華絢爛なのか。
高級料理の代名詞ともいえるフランス料理は、フランス革命によって職を失った宮廷の料理人たちが庶民向けのレストランを開業したことで更なる発展を遂げた。権力を誇示するための料理は希少性に偏りがちだが、資本主義の世界へ叩き込まれた料理人たちは、宮廷で磨いた高度な調理技術をもって自由市場経済へ立ち向う。そこは希少性だけで生き残れるほど甘い世界ではない。
運が良いことに、革命で未曽有の好景気となったフランスは多くの富裕層を産み、宮廷の料理人たちが営むレストランも、腕が良ければ提供する料理の質を落とすことはなかった。そうして高められたフランスの食文化は、腹を満たすための食事から、やがては世界に誇る芸術の域に到達するのだった。
ポトフとは如何なる料理か。
フランス料理が食文化として花開く以前から庶民が口にした料理、それがポトフ。ジャガイモやニンジンを形のまま煮込むだけ、なんなら皮をむかずとも良しとされる。自宅で調理するならば、固形のコンソメに肉の塊とジャガイモでも入れて煮込むだけで、むしろ豪華なポトフが誰でも安価で作ることができる。世界一シンプルな料理と言えよう。
つまり、それだけに奥が深いのだ。刺身も生魚を切っただけと言われれば確かにそうだろう。しかし、その奥深さは日本人なら誰でも知る所ではないか。料理の定義としては、ただ煮込むだけのポトフを、フランス革命で料理に高度な技術と哲学を加え芸術の域に達したフランス人が作る時点で、黒い安息日に勝ち目など無いのだ。
◇◇◇
「Bon appétit」
フランス貴族・アントワネットの従者が、審査員たちにポトフを提供する。Bon appéti (ボナペティ:召し上がれ) は庶民的な言葉だが、彼女はあえて口にした。これも戦略なのだ。フランス貴族令嬢のポトフゆえに、さぞかし豪華と思いきや、審査員たちの前に出されたのはキャベツとジャガイモ、そして牛スネ肉のシンプルなもの。
案外澄んだ濁りのないスープを審査員がスプーンですくい、すすった所で染み渡る味の情報量。舌の上で踊るのはここにいないはずのセロリ・ローズマリー・パセリ、これぞ香味野菜の花束ブーケガルニ (Bouquet garni) 。
そんな上品で繊細なスープに潜む荒々しさ、それはキャベツを口にした時に正体を現した。焦げているのだ、焦がしているのだ、野菜を!牛スネ肉を!
あえて煮込み過ぎず確かな歯ごたえを残し、焦がしたことで香ばしさを広げる野菜や牛スネ肉は、常に想像を裏切られ続けられた審査員たちを憤慨させた。どうしてくれるんだ!止まらないじゃないか!食欲が!
フランス料理は1970年代より新たな形式を得た。ヌーベルキュジーヌと呼ばれたそれは、複雑な調理法で濃厚な料理を主軸とするフランス料理を、シンプルで地産地消の素材を活かした料理に変えようとする運動である。(日本の懐石料理に影響を受けたという説もある)
フランス貴族・アントワネットのポトフは、この思想で作られている。そして、あえて説明しないことで審査員の想像を裏切り感動させた。食とは芸術であり、芸術は教養の上に立ち、教養は情報である。
情報は与えるものではなく、気付かせるものなのだ。