決勝戦 未来をこの手に 後編
日本代表の貴族令嬢、黒い安息日は何の準備もしていなかった。ケーキを作る小麦粉も、プリンを作る卵も、ホイップクリームをつくるミルクだってありはしない。
今からでもマリアに頼めば、日を改めてくれるだろうし、主催の六甲小呂士に頼めば、材料を用意してくれるだろう。
ただ、それでも黒い安息日が、究極の果実というべきマリアのリンゴに、対抗できる何かを作れるとは誰も思わなかった。
マリアのリンゴも、味という点では常識の範囲内である。
かなり美味しいが、マナと同じく程々で満足してしまう。
つまり工夫次第で、上回る味のスイーツは作れるだろう。
だが、マリアが要求するのは
知恵を与える奇跡の力と、エデンを追放させた罪の味。
明らかに何も考えてない黒い安息日はどう応えるのか。
◇◇◇
黒い安息日は、次なる神である人類が持つ奇跡の力をとりだした。外なる知性の魔道具、内なる小さきモノリス、スマートフォンである。
「もしもし爺や、アレを人数分買ってきてちょうだい」
「お嬢さま、すでに手配しております、お待ちを」
老執事が控室に引っ込んで、滑車で大きな冷凍庫を運んできた。いや、目の前にいるならスマホいらねえじゃん、誰もがそう思ったが口にしなかった。それを言うなら冷凍庫と買ってくるべき何かが既に用意してあることもツッコみたいからだ。
とはいえ黒い安息日が用意したスイーツは、準備も調理も不要だった。老執事が大きな冷凍庫の扉を開くと、中に入っていたのは多種多様、入手可能で手頃な値段のアイスクリームだった。
この世にアイスクリームが嫌いな人がいるだろうか? 探せばいるかもしれないが、少なくとも地下闘技場の客席に座る貴族令嬢たちの中にはいなかった。みんな歓声を上げて冷凍庫に群がり、好みのアイスを手にするのだった。
「私はチョコモナカジャンボが欲しいですわ!」
筆者的にはイチオシのアイス、森永チョコモナカジャンボ。中に潜んだ板チョコがパリッと口の中で割れるとき、不思議なことに口の中のアイスモナカが消え去って、次なるパリ、さらにパリ……あああ、もうない!残酷すぎる!もっと食べたい!
「私はパルムですわ!」
森永の次なる刺客、PARM (パルム) 。手ごろな価格の棒アイス、ボディはチョコに包まれ舌に絡まる濃厚な味わい。妖艶な口溶けは高級路線、値段と価値が合わないアイスクリーム界きってのペテン師。食べる者の心を奪う怪盗、いや解凍紳士である。
「雪見だいふくは私のものよ!」
実は海外人気もすごいというロッテ・雪見だいふく。そもそも日本のアイスは世界的に見てもクオリティーが尋常ではない。さらにモチという日本独自の食材、それでアイスを包み込むという謎技術、ちなみに社外秘らしい。冷凍庫から出して数分待ってから食べると世界平和が実現する。
「私は優雅にエッセル・スーパーカップですわ」
明治の主力アイス、エッセル・スーパーカップ。基本にして奥義、シンプルにして頂点、色即是空、空即是色。もはや意味が解らないが、わかると言うならエッセルとはなんだ言って見ろ! これがアイス! これこそがアイス!キング・オブ・キング! アイス王の名に最もふさわしい。まさに超バニラ!
「ガリガリ君っ……、倍プッシュですわ……!」
ざわ……ざわ……。アカギ……赤城乳業ガリガリ君の梨味が用意されている……感謝っ……! 圧倒的感謝っ……! なんという僥倖っ……ガリガリ君の中でも梨味は別格、これぞ最高傑作……ていうか梨そのまんま……ガリガリした梨、それがガリガリ君梨味っ……!ぐっ……!溶けそうだっ……!
補足)
アイスは好みがわかれる。誰もがそれぞれ最高に愛するアイスがあるはずだ。とはいえ超メジャー所を紹介し続けるのも芸が無いし、マイナー過ぎても伝わらない。筆者としても気の利いたアイスを紹介して知ったかぶりをしたいところ。そこで一品、オハヨー乳業・BRULEE (ブリュレ) 。食べてごらんなさい、飛ぶよ?
◇◇◇
アイスクリームなんて安くてどこでも手に入る。たいした歴史もないし、高級店のアイスも安いアイスも、それぞれ良い所があって、どちらが上とか言いきれるもんじゃない。でもね、筆者は思うんだ。アイスクリームは人類の夢だって。
「美味しんぼ」っていう漫画でも甘味と夢については何度かテーマになっていた。内容は概ね同意するけど理想主義的で納得いかないところが多い。思い込みと決めつけが多く、企業の努力や、お金に余裕がない人を考慮しない視野の狭さが鼻につく。
アイスはね、子どもが買える安い値段でも、美味しさは高級アイスに引けを取らないと胸張って言える完成度なんだ。誰でも知ってる事だよ。特別な日に食べる特別なアイスが存在するし、好みが合わないアイスもあるけど、基本安くて美味しい。
アイスをつくる会社があって、工場があって、お店があって、冷凍庫があって、安い値段でいつでも買える。それはインフラが整備されて治安が良くて経済が安定している社会だからこそ存在する、私たちのアイスクリーム。人類が到達した夢。
◇◇◇
マリアは黒い安息日が示すのを待つ。
マリアはアイスクリームが次なる神である人類の奇跡であることは納得していた。神々が神話や聖典でアイスクリームを作ったという記述はない。知らなかったから? 神々が? 仮に知った所で古代や中世にアイスクリームが作れたか? 夏場に誰もが食べれたか?
現代人はいつでも誰でもアイスを食べれるぞ?
誇れ、人類よ。アイスクリームは奇跡なのだ。スマホや人工衛星のように、いにしえの神々が想像すらしなかった存在、人類の文明が生んだ奇跡なのだ。安くて安全で手軽に誰でも手に入る奇跡なのだ。
中世で1,000万人を従える皇帝になっても
アイスクリームを口にすることは出来ない
マリアは黒い安息日が示すのを待つ
エデンを追放させた罪の味、悪の力を。
◇◇◇
黒い安息日は観客席を向いた。
「マリー・アントワネットの有名な言葉なんだっけ?」
フランス代表のアントワネットが答えた。
「……パンがなければケーキを食べればいいじゃない」
「そうそう、それですわ、ホーホホホ!」
「……嫌味かしら? しかも俗説よ」
「いいえ、正論もしくは現実だと思うのです」
「……なんですって?」
黒い安息日はマリアに話しかける。
「マリアさん、戦争も飢餓も人類は克服すると思うの」
「きっとそうなりましょう」
「では次の時代に人の命を奪う悪魔は?」
「病気かしら?」
黒い安息日は棒アイスをマリアに突きつけた。
「糖質よ」
かつて貧しい人は痩せていた。今も紛争地域やインフラ整備がなされていない地域の貧困層は痩せている。しかし明らかに戦争は減っており、世界中の紛争による死者数は年々減少傾向にある。
戦争が減れば人口が増え文明が進む。さて、富裕層が太っているイメージはあまりに古い。先進国の貧困層を現在進行形で襲うのは肥満である。パンよりケーキが安いとまでは言わないが、貧困層が口にできるのは低タンパクで高カロリーなものばかり。パンとコーンフレークどっちが安い?
人類、特に我らホモサピエンスは、肥大した脳を維持するため糖質を必要とする。かつて貴重だった糖分は、いまや農業の発展により過剰に生産され、砂糖や小麦、米となって人類を脅かしていく。菌やウィルスによる病気もいずれ克服するだろう。しかし次に控えている悪魔は生活習慣病、ガン・糖尿病・心臓病・脳卒中……
マリアは嬉しそうに聞いた。
「では、次の悪魔は……」
「いいえ、それも100年以内に克服しましてよ」
「……ほう」
「神も悪魔も、時代遅れですわ、ホーホホホ!」
黒い安息日の言葉に深い意味はない。思い付きとなんとなくで適当にしゃべっているだけである。なぜならバカだから。つまり、原罪を持たないのだ。それを見抜いて、スジャータは彼女に未来を託したのだ。
「あははははは、あははははは!」
マリアが笑い出した。いつの間にか顔が見えるようになり、涙を浮かべて笑う彼女の顔に、観客席のスジャータは安堵したのだった。
「勝者、ローマ代表、マリア!」
審査員が宣言する。初めての敗北宣言に驚いた黒い安息日が抗議する。
「どうしてですの!アイスの方が美味しかったでしょ!」
「ですが料理ではありません」
「マリアさんのリンゴも料理じゃないでしょ!」
「市販のアイスよりマシです」
「うきーーーー!納得いきませんわ!うきーーーーー!」
騒ぐ黒い安息日、それを見てマリアはさらに笑うのだった。
「あははははは!」
日本代表・黒い安息日は敗北した。
しかしマリアに奇跡と次世代の原罪を示した。
旧世代の■■■■を時代遅れと笑い飛ばし、マリアを笑わせ、カタストロフィーは起こらなかった。
人類は生き残り、次の時代へ。