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【R】の背後に 前編



情報は気付かせるもの。



三回戦の後、黒い安息日と老執事は自宅に戻った。貴族の邸宅は城と呼ぶに値する広さと格式を誇っており、地方都市の壁が薄いワンルームマンションとは大違いである。あれ?なんでモニターがゆがんでるんだろう。涙、かな?


老執事は黒い安息日の寝室まで同行し、一礼して扉を閉める。清掃係のメイドたちが忠実に職務を果たしていることに感心しながら廊下を歩き、彼は自室の前に立つ。扉の隙間に挟んでいた小さな紙がない、いや、それとなく前に落とされている。メイドに老執事の部屋への入室は禁じているし、そもそも入れない。


なるほどアイツか、早いな。


鍵を回しドアノブを右へ二回、もう一度鍵を回し扉を開ける。アンティークな家具に囲まれた老執事の部屋で、彼はレコードラックの中から一枚を取り出しプレーヤーに乗せた。針が落ち大きなオーケストラヒットが響く。


Miles Davis / TUTU

(マイルス・デイヴィス:ツツ)


高度に発展し形骸化し始めていたジャズ。しかし、このアルバムでは帝王と呼ばれたマイルスが電子楽器を背景にトランペットを響かせる。大人のベースを聞かせるマーカス・ミラーも素晴らしい。当時は酷評されたこのアルバムだが聞けばわかる。クールとは? お洒落とは?


老執事は冷凍庫から大きな氷を取り出し、手早くアイスピックで丸く削る。シレっと書いたが、これは相当な技術が必要。それを二つのグラスにそれぞれ入れると、振り向かず背後に声をかけた。



「バーボンで良いか、ズブロッカもあるぞ」


「桜餅の気分やないな、魔王で」


「シューベルトなんて芋なもの聞かんさ、ジャックダニエルで良いな」


「ぬかせや、そもそもバーボンやないやんけ」



厳重に施錠された老執事の部屋に、あえて痕跡を残して入りこんだ関西弁の男。あんな程度の施錠など、彼にとって「訪問販売お断り」の表札に過ぎない。あれは貼らない方がいい、詐欺師にとってむしろカモの印である。浄水器・屋根修理・ソーラパネル・etc……詐欺訪販のバックは反社が多い。


注釈)

ズブロッカ:桜餅の香りがするウォッカ。

魔王:入手困難なイモ焼酎。

シューベルト:「魔王」を作曲した人。

ジャックダニエル:ウィスキーだがアメリカの法律上ではバーボン。



「呼ばれてきたんや、せいぜいもてなせや」



◇◇◇



「マナ (Manna) か、聖書に出てくる食いもんやな」


「らしいな」


「そこまで美味いもんやないらしいで」


「ほう」


「食べ飽きて文句言うたら疫病流行らせたっちゅう話や」


「……」



正確には毒蛇で始末したのだが、聖書の知識がある老執事は当然知っていた。彼がわざわざ図々しい関西弁の男を呼び寄せたのは、シスター・マリアと【R】の真意が知りたいからだ。何に気付かせようとしているのか、それを知るためには多角的な知識と情報を必要とする。関西弁の男にそれを補わせるのだ。



「【R】やけど、まずローマ (Roma) やろな」


「……」


「せやけど、それだけや無いかもしれん」


「……ほう?」


「別にバチカン(ローマ・カトリック)やったら素直に名乗ればええし」


「……名乗れない背景があると?」


「よっしゃ、いっちょ調べたろやないかい」


「……いいのか?」


「同じ釜の飯くったアンタの依頼や、任せとかんかい」


「……頼んだぞ」


「自分だけとっとと引退しよってからに」


「……老兵は死なず、ただ立ち去るのみ、さ」


「ぬかせや、死せる孔明 生ける仲達を走らす、やで」



関西弁の男は部屋を去った。レコードはA面が終わり、老執事は小さくAMENと唱えた。自身のくだらないジョークに呆れた彼は立ち上がり、レコードを入れ替える。



Jay Z / Wishing on a Star

(ジェイ・ズィー:ウィッシング・オン・ア・スター)



Jay Z という名前は彼が友人に「JAZZY」と呼ばれたことが由来である。つまりジャズにはオシャレや派手といった意味を含んでいるのだ。Jay Z に高度な音楽理論やジャズのウンチクは無いだろう。しかしこの曲から漂うクールでお洒落でシック、そして危険な香りに老執事は古きジャズの血脈を感じていた。


ジャズは廃れた。しかし死んだわけじゃない。仮にその身が朽ちようと、常にだれかを走らせているのだ。老執事はヒップホップにジャズのソウルを見た。



◇◇◇



その頃、黒い安息日は老執事の目を盗んで持ち込んだ台湾ラーメン・味仙のカップに湯を注ぎ、出来上がるまで暇なので踊り狂っていた。独身女性にはよくあることである。深夜のカップ麺を隠れて食う背徳感に彼女のテンションは上がる。不良だ。ワルだ。



「アレクサ! バッドでクールな曲をお流しになって!」


TOKONA-X / 知らざあ言って聞かせやSHOW



黒い安息日は今、名古屋のソウルを感じていた。匂いが漏れて夜食が発覚、彼女は老執事に怒られるのだった。



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