本当の悪魔アポフィス 最終回
「ハヤト、行くわよ。ハヤトの力が必要なの。ハヤトしかだめなの」
ニュースを見ていたマリナが、突然、真剣な表情で私に話しかけてきた。
「そうだね。政府から鹿児島に避難案内が来ているよ。早く避難しないと」
私は、マリナにそう言ったが、彼女は首を横に振った。
「何を言っているのよ。東京を救うのよ。ほら」
マリナは、そう言うと、両腕のティアラと駒、そしてペンダントのタトゥーを紫色に輝かせた。さらに、彼女の頭の両側や背中も、紫色の光を放ち始めた。
「マリナ、どうしたのだ。その光は?」
私は、マリナの異様な光景に、戸惑いを隠せなかった。
「脳に映像が浮かんでいるわ。まるでヴァーチャルリアリティみたいよ。今分かったの。この地を脅かす本当の悪魔アポフィスは、赤龍ではないのよ」
「マリナ、どういうことなのだ」
「真の悪魔は、小惑星アポフィスだったのよ。小惑星アポフィスは、周期的に彗星のようにこの地に接近する。もし、小惑星アポフィスが地球のどこかに落ちたら、その地は壊滅的な災難となるでしょう。小惑星アポフィスは、落ちたところだけが壊滅するだけではなく、地球全体に様々な影響を及ぼしかねないわ。地球全体に大きな厄災をもたらすことになるわ。それこそが、悪魔アポフィスの正体よ」
「そうだったのか」
「何年も前から赤龍は小惑星の軌道を変えるため、赤龍の紫色のエネルギーと凄まじい温度変化を引き起こすビームで小惑星アポフィスの軌道を修正してきたのよ。赤龍はアーカートや地球を滅ぼすのではなく、小惑星である悪魔アポフィスからこの地を救うために生まれてきたのよ。私の中のDNAが脳の中で、遠い記憶と赤龍の使命を投射してくるの」
「大変だ」
「そうよ、大変だけれど使命だからやるしかないのよ。赤龍には3つの神器のパワーが必要、だからムラマサのパワーを持っている勇者の貴方が必要なの。だから貴方と共に小惑星である本当の悪魔アポフィスと対峙する!」
マリナの全身が、紫色の光を浴びて大きくなっていく。彼女が着ていた衣服は破れ去り、一糸纏わぬ姿へと変わった。さらに、皮膚や頭が変化し、美少女マリナは、赤龍の姿へと変身した。
「さあ、私に乗って」
マリナの声が、轟轟と鳴り響く風の音にかき消されそうになる。彼女の姿は、もはや人間のそれではない。紅蓮の炎を纏った巨大な赤龍。その背は、私を乗せるために大きく、そして優雅に広がっていた。私は、躊躇うことなく、その背に飛び乗った。
「しっかり捕まってて!」
マリナの言葉と同時に、龍の巨体が宙を蹴る。私たちは、まるで矢のように、東京湾上空へと舞い上がった。眼下に広がるのは、夜の帳が降り始めた東京の街並み。無数の光が、まるで宝石を散りばめたように輝いている。
龍の背は、驚くほど安定していた。風を切る音が、まるでオーケストラの調べのように耳に響く。私たちは、ぐんぐんと高度を上げていく。本来なら、この高度では人間は凍り付いてしまうはずだ。しかし、私の体は、不思議な温かさに包まれていた。それは、ルシアから受け継いだ三つの神器のタトゥーの力。私の周りには、見えないバリアが張られ、寒さも息苦しさも感じさせない。
「悪魔アポフィスを倒しに行くわよ。私にしっかりと捕まって」
マリナの声が、風の音を切り裂くように響く。私は、龍の背にしっかりと掴まり、前を見据えた。
龍は、猛烈なスピードで天空へと駆け上がっていく。その速度は、ジェット機を遥かに凌駕する。体にかかる重力は、尋常ではない。まるで、巨大な手に押しつぶされているようだ。
「マリナ、あの小惑星アポフィスは、タングステンでできているらしいが大丈夫なのか。一説には、原爆でも溶けないらしいぞ」
私は、不安を押し殺して尋ねた。
「太陽の子であるルシアから、三つの神器のタトゥーにより私とハヤトはパワーを引き継いだの。多分、私の熱波ビームは太陽と同じ六千度以上の温度になるはず。原爆よりも高い温度よ」
マリナの言葉に、私はわずかな希望を見出した。しかし、それでも不安は消えない。あの小惑星は、人類の想像を遥かに超えた存在なのだから。
やがて、私たちの目の前に、巨大な影が現れた。小惑星アポフィスだ。それは、漆黒の闇の中に浮かぶ、異様な光を放つ球体だった。
マリナは、大きく口を開いた。その口から、想像を絶する灼熱のビームが放たれる。それは、まるで太陽の業火をそのままぶつけたような、圧倒的な破壊力を持っていた。
ビームは、小惑星アポフィスへと迫り、そして激突した。轟轟と耳をつんざくような衝撃音。眩い光が、夜空を昼間のように照らし出す。小惑星の周囲は、紫色の霧に覆われた。
もし、ルシアの力のバリアがなければ、私の体は一瞬で蒸発していただろう。
マリナは、休む間もなく、次々と灼熱のビームを放ち続ける。衝撃音と眩い光が、絶え間なく夜空を彩る。しかし、紫色の霧が濃く、小惑星の様子は全く見えない。
「どうなっているんだ?」
私は、不安を募らせた。
やがて、霧の中から、うっすらと球形の影が迫ってきた。それは、小惑星アポフィスだった。
「まさか、ダメージを受けていないのか?」
私は、絶望的な思いに駆られた。
「ハヤト!温度が足りない。タングステンを溶かす太陽の温度に足りない。ムラマサの力を!」
マリナの叫びが、私の耳に突き刺さる。
「ムラマサの力だと?どうすればいいんだ?」
私は、自分の腕に刻まれたムラマサのタトゥーを見つめる。しかし、そこから力を引き出す方法が分からない。
その時、私の脳内に、誰かの声が響いた。
「ムラマサの剣を太陽に捧げよ」
それは、ルシアに似ているが、もっと神々しい雰囲気の声だった。
「アマテラス様…」
私は、そう呟き、腕を上げた。ムラマサのタトゥーを、太陽に向けた。
すると、紫色の霧が晴れ、太陽が姿を現した。そして、太陽から、私とマリナに向けて、二つの赤い光が放たれた。
私の腕の先の手のひらが、真っ赤に輝き始めた。そして、その手のひらを、マリナの背中に押し当てた。
マリナの体全体が、さらに赤く輝き始める。そして、彼女はゆっくりと大きく口を開いた。
そこから放たれたのは、先程とは比較にならないほどの、途方もない超高温の灼熱ビームだった。轟轟と大地を揺るがすような大音響。灼熱のビームは、まるで太陽の怒りのように、小惑星アポフィスへと吐き続けられた。
しかし、それだけでは終わらなかった。マリナの背が、雪の色に染まり始めたのだ。そして、彼女の口から、今度は途方もない低温の氷雪ビームが放たれた。
「そうか!タングステンは、高温には強いが、急激な温度変化には弱いんだ!」
私は、マリナの意図を理解した。彼女は、灼熱ビームと氷雪ビームを交互に放つことで、小惑星アポフィスを破壊しようとしているのだ。
マリナは、途方もない温度の灼熱ビームと氷雪ビームを、交互に、そして連続して小惑星アポフィスに浴びせ続けた。
やがて、小惑星アポフィスの表面が剥がれ落ち、破片が灼熱ビームで溶け始める。本体も、どんどん小さくなっていく。
そしてついに、小惑星アポフィスは、サッカーボールくらいの大きさになった。しかし、それは、まだ終わりの始まりに過ぎなかった。
赤くなったサッカーボールは、急激にスピードを上げ、地上へと落下していく。
「大変よ!追いかけないと!アポフィスは小さくなったけれど、物凄く高い温度だから、このまま落ちたら火事になるわ!」
マリナは、叫び、龍の巨体を急降下させた。私たちは、赤いサッカーボールを追い、富士山へと向かった。
赤いサッカーボールは、富士の樹海へと落ちていった。そして、そこから火の手が上がる。緑豊かな樹海が、瞬く間に赤く染まっていく。
マリナは、急降下し、火の手に向かって氷雪ビームを放った。すると、私の視界が白色に包まれていった。使途を見下ろすと樹海一面が瞬く間に白く雪景色に変わっていく。
やがて富士山頂から樹海迄すっぽりと白化粧に覆われていき、赤く染まった樹海の火が消えていった。
「ハヤト、やっと悪魔アポフィスを倒したわ。ハヤトのパワーが無かったら、太陽の温度に届く灼熱ビームは出せなかった。唯一無二のハヤトのおかげよ」
マリナの巨体が、ゆっくりと下降し、東京の夜景の中に溶け込んでいく。その動きは、先程までの力強さとは裏腹に、どこか重く、疲れ切っているようだった。龍の鱗は、先程までの紅蓮の輝きを失い、煤けたような色合いに変わっている。その巨体からは、熱気ではなく、微かな冷気が漂っていた。
「ハヤト……」
マリナの声は、いつもの凛とした響きを失い、かすれていた。その声は、まるで長い旅を終えた旅人のように、疲労と安堵がないまぜになったものだった。
龍の巨体が、ゆっくりと東京湾に着水する。水面が静かに波打ち、龍の巨体を優しく受け止める。マリナは、そのまま動かなくなった。まるで、全ての力を使い果たしたかのように。
私は、龍の背から降り、マリナの巨体に近づいた。彼女の巨体は、先程までの熱気を失い、ひんやりと冷たくなっていた。赤龍の口は開いて舌がでている。その巨体からは、微かな紫色の光が漏れ出ている。それは、まるで彼女の生命力が、ろうそくの火のように、今にも消えそうに揺らめいているようだった。
「マリナ……」
「マリナ、ありがとう。赤龍は、地球の救世主、救世主のヒロインだよ」
私はあのアーカートの異世界の氷のマリナを想い出した。人間の姿ではないが巨体の赤龍の舌に私は唇を近づけて絡ませた。そう私は赤龍のマリナの舌にキスをした。
すると将棋の龍王と龍馬の駒が私の脳梨に浮かんだ。すると天空の太陽から二つの眩い光が赤龍に降り注いできた。光を浴びたマリナの全身が巨体の赤龍から少女に変わっていく。
ゆっくりとマリナの目蓋が開いた。
「何とか生き返ったみたい。好きな人のキスで」
私はマリナを背負って東京の自宅に戻った。テレビをつけると、ニュースが流れていた。
『臨時ニュースです。墜落懸念がありました小惑星アポフィスは、東京湾の上空一万メートルのところで燃え尽きたようです。小惑星アポフィスは、もう大丈夫です。次のニュースです。富士山山頂から富士の樹海である青木ヶ原一帯で初雪が認められました』
「ハヤト、まだエネルギーが回復していないわ。だから、私をギューとしてね。私を抱いて、ハヤトのエネルギーの素を頂戴ね」
マリナは、甘えるように唇を突き出した。私は、彼女を優しく抱きしめ舌を絡ませた。
しばらくして、私たちは、現代でも正式に結婚し、私はフェンシングの腕を上げ、オリンピックで金メダルを獲得した。腕に刻まれたムラマサのタトゥーが、私に特別な剣のスキルを与えたようだった。
マリナの指導のおかげで、私はアマチュア初段の免状も将棋連盟から授与された。
マリナは、将棋界に戻り女流棋戦である赤玲戦のタイトルを連続5期獲得しクイーン赤玲の称号を手にした。そのため女流棋士からフリークラスの棋士になることができた。
男性と同じ棋士になったマリナの勢いは止まらなかった。
八冠将棋タイトルを独占し史上最年少で永世名人の称号を持つ若手天才男性棋士からすべての将棋タイトルを奪還し、永世名人の称号の権利も手に入れることができた。
「マリナ、凄いよ。今朝の新聞に載っているよ」
私は新聞の記事をマリナに見せた。
『可憐でミステリアスな赤龍の和服を纏った将棋棋士であるマリナが、女性として史上初の永世名人の称号を手にした。
途方もない快挙である。
ちなみに和服に彩られた赤龍の柄の下の方にあるアーカートの文字の意味をマリナ棋士に聞いてみたが、笑みを浮かべたマリナは口を閉じたまま、アーカートの意味を答えることは無かった。
筆者がアーカートについて調べてみると、イギリススコットランドの北西部にあるネス湖のほとりのアーカート城という城があったらしい。マリナ棋士とアーカート城やネス湖の関係は謎のままである』
「マリナ、ネス湖の怪獣ネッシーってひょっとしたら⁈」
マリナは私にただほほ笑んでいるだけだった。
了




