エピローグ
20XX年、私とマリナは無事に元の世界に戻った。
「ハヤト、今晩は唐揚げよ。キャベツを切ってね」
マリナの明るい声が、夕闇迫るキッチンに響き渡る。私は、まな板に向かい、瑞々しいキャベツの塊を手に取った。
「わかった」
剣のチートスキルは、異世界から東京に戻ってきても健在だ。私は、研ぎ澄まされた集中力で、キャベツを高速で千切りにしていく。その速度と正確さは、まるでプロの料理人のようだ。キャベツは、私の手の中で、みるみるうちに繊細な千切りへと姿を変え、まな板の上に美しい緑の山を築いていく。
マリナは、私の隣で唐揚げを揚げている。小麦粉と片栗粉をまぶした鶏のモモ肉が、マリナの手の中で黄金色に輝き始める。ジュージューと油の弾ける音が、食欲をそそる香りを運んでくる。
「ちょっと温度が上がりすぎたかも」
マリナは、そう呟くと、モモ肉に向かって口を開いた。ガスコンロの火ではなく、彼女の口から直接、灼熱の熱波が吹き付けられる。それは、まるでドラゴンの炎のようだ。モモ肉は、瞬く間にカリッと揚がり、香ばしい匂いを辺りに撒き散らす。
「はい、一丁上がり」
マリナは、満足そうに頷き、黄金色の唐揚げを皿に盛り付けた。その手際の良さは、まるで魔法のようだ。
「ハヤト、今日は暑いわね。ノンアル飲む?」
マリナが、冷蔵庫から冷えたノンアルコールビールを取り出す。私は、しまった、と心の中で呟いた。
「あっ、しまった。冷やすのを忘れたよ」
「大丈夫。はい。唐揚げができたから、キャベツを持ってテーブルに持っていって」
マリナは、そう言うと、氷を入れたジョッキにノンアルコールビールを注ぎ始めた。そして、ジョッキに向かって、再び口を開く。
「はい。キンキンに冷えたわよ」
マリナの口から放たれたのは、熱波ではなく、冷気だった。ジョッキの中のノンアルコールビールは、瞬く間に凍り付き、表面には白い霜が降りている。
私は、千切りキャベツと唐揚げをテーブルに運び、マリナが運んできた冷え冷えのノンアルコールビールを手に取った。
「いただきます」
私たちは、食卓につき、マリナの手料理に舌鼓を打つ。外はまだ夏の暑さが残るものの、マリナが作った冷えたノンアルコールビールのおかげで、心地よく過ごすことができた。
マリナは、両腕のティアラと赤いペンダントのタトゥー、そして背中の赤い龍のような痣を使って、高温や低温のビームを口から発射できる。それは、彼女が人間ではなく、赤龍の化身である証だった。
そう、私の名はローレンツ・ハヤト。そして、私の妻は、ローレンツ・マリナ。彼女は、美少女の姿をした女流棋士だが、その正体は、異世界のアーカート王が古文書に記した伝説の赤龍だった。
古文書の伏せ字「**」は、私がマリナと出会った異世界で解読した結果、『赤龍』を意味していた。
私とマリナは、異世界での冒険を終え、無事に元の世界、東京へと戻ってきた。しかし、私たちの日常は、再び非日常へと変貌を遂げようとしていた。
夕食の最中、テレビから緊急ニュースが流れ始めた。
『臨時ニュースです。先ほどNASAから発表がありました。小惑星アポフィスが今月末に地球に衝突する確率が90%以上になったとのことです。小惑星アポフィスは今までも地球に接近はしてきましたが、いずれも衝突はせず地球の近くを通りすぎていきました。今回の接近も当初の予定では地球から約3万キロメートルの距離に接近した後、地球から遠ざかる予定でした。しかし、今週になって小惑星アポフィスに別の隕石が着弾し軌道が変わり、地球と衝突する確率が大幅に高まりました。落下予想地点は東京付近と予測されております。皆様、政府より対応策を後ほど発表しますのでパニックにならず落ち着いて行動ください』
「大変だ、マリナ!」
私は、テレビのニュースに釘付けになった。小惑星アポフィス。それは、異世界でマリナが封印した悪魔の名前だった。
(アーカートの悪魔、オウヒ・マリナ・アポフィスは、私と結婚して悪が封印された。しかし、現代のアポフィスは、日本を破滅させる真の悪魔である小惑星だったのか)
私は、マリナと共に、一刻も早く避難しなければならないと考えた。
テレビのニュースは、さらに続いた。
『日本政府からの発表です。関係各国とも連携し、自衛隊及び在米軍の基地から小惑星アポフィスを破壊するか軌道を変えることができるミサイルで迎撃いたします。念のため首都圏やその周辺にお住まいの方には九州または北海道に臨時で避難いただく準備を進めておりますのでご安心ください』
政府の発表を聞き、私たちは少しだけ安堵した。しかし、その数日後、事態は急変する。
自衛隊及び在日米軍から発射されたミサイルは、小惑星アポフィスを破壊することも、軌道を変更することもできなかったのだ。
ニュースによると、この小惑星はタングステンのような物質で構成されており、非常に硬い小惑星になっているという。そのため、相当高い温度で迎撃しない限り、破壊は不可能だという。しかし、一方では放射能汚染の心配もあり、ミサイルの種類は限られているとのことだった。
(タングステンの融解温度は3400度以上、蒸発する温度は5500度以上。原爆でも難しいかもしれない)
私は、事態の深刻さを理解し、逃げるしかないと考えた。




