第三十六話
「メイ様、それから魔物に囚われて奴隷になっても恥じることはひとつもございません。
私の全身全霊の力で身を清めて見せます」
ルシアのメイド服が破れている。背中が露わになっている。
白い肌が見える。
見てはいけないが、マリナに負けず劣らず白い。
メイがルシアを抱き寄せる。
ルシアの背中が赤く光り始めている。
(まさか、ルシアも魔物なのか)
ルシアが私に背を向けて無言で立つ。メイもルシアを見つめている。
(メイはルシアの背中が赤く輝いているのに気が付かないのか)
メイに何か言おうとルシアの背の赤く輝くところに視線が行った。
そのルシアの背中の紋様は、マリナの赤い龍の紋様の痣ではなく、赤く照らす太陽と文字のようなものだった。
紋様が赤く太陽のように輝いていたのだ。
文字を凝視すると、そこには『天照』と書かれている。
(てんしょう?)
(いや違う。何か記憶の奥で私の脳が回転し始めている。
思いだせ、重要なことだ)
(天照は、アマテラスだ。そうだ。アマテラスオオミカミのアマテラスだ。
ということは、ルシアは魔物ではなく、太陽の光が源であるパワーを持った太陽の子アマテラスの子孫なのか?
古文書に書いているアーカート王が契りを結んだ太陽の子アマデアとは、アマテラスのことだ。
古文書にはこう書いてあったはず。
『私は日の本を意味する東方の島ジパンからやって参りました。
アーカート様に会うためでございます。
アポフィスの悪魔と対峙するには、赤い龍の紋章が刻印されたムラマサの剣、赤い太陽光が輝く奇跡のペンダント、凄まじい温度変化を引き起こす赤い月がある龍の駒に囲まれたティアラが必要です。
それらを集めて私と契りを結ぶことが必要です。
アーカートの勇敢な男性の王と、太陽の光が源である太陽の子の私のパワーが重なるとき、3つの神器は私と勇敢な男性の王のもとに戻り、悪魔アポフィスと戦うことができます。
悪魔を封印する方法は、3つの神器を身に着けた太陽の子と勇者とチャトランガの魔術です。
太陽の子である私と契りを結ぶには、悪魔の封印が解けた地の選ばれし勇敢な男性の王であらねばなりません』
私は叫んだ。確認したかった。
「ルシア、君の先祖、母親か祖母かそのまえの先祖は東方の島ジパンから来たのか?」
「どうして、それを。はい。私の母はジパンからこのアーカートに流れてきたそうです。
カノンという旅人と医術の視野を広げ新しい薬草を開発するためにこの地にやってきたそうです。カノンが父なのかどうかはわかりません」
「ルシア、背中の紋は生まれたときからあったのか?」
「はい、リチャード様。意味は分かりませんが、母はカノンから太陽に関係がある子だと言われていたそうです。文字は私には読めませんが東方の言葉のようでございます」
「兄上、ルシアこそ太陽の子です。アマテラスです。東方の国ジパンというは、日本の事ですよ」
「ニッポン?」
メイとルシアが不思議そうな顔をしている。
「そして古文書に書いてある太陽の子と契りを結ぶ勇敢な男性の王とは私ではなく兄上のメイなのです。
ですから魔物に対抗し3つの神器を取り戻すためには今すぐここで二人は契りを結ぶのです」
メイが顔を赤くしている。「契りを結ぶのか、夫婦になる約束をするということか」
「兄上、はいそうです」
メイはルシアに向き合った。
「ルシア、僕と結婚してください」
ルシアもすぐに返事をする。
「はい。待ち望んでおりました。メイドでございますがメイ様の妻になりたいです」
二人の顔が近づく。
二人の唇が重なった。
空が、空全体を覆っていた紫の雲が少なくなっていく。
紫の霧も少し減ってきた。
紫の雷は小さな光にかわっていく。
陽の光がほんの少しアーカートの地に降り注いできた。
(これは、『アーカートの勇敢な男性の王と太陽の光が源である太陽の子の私のパワーが重なるとき』が来たに違いない)
「兄上、ルシア。アポフィスと対峙できるかもしれません。3つの神器が戻ってくるかもしれません。
さあ、行きましょう、アポフィスのところに」
ルシアからもメイに言った。
「メイ様、いえ旦那様。私の背中からエネルギーが湧いてきております。魔物に対抗できる気がして参りました」
そうだ、私も体中から無敵の剣のチートパワーを感じる。
アーカート王が古文書に封印方法を書いていたはずだ。
“私はすぐにアマデアにプロポーズに契りを結んだ。そしてアマデアとともに3つの神器を手に入れることができた。
3つの神器はその後悪魔に奪われたが、太陽の子のパワーとチャトランガの魔術で、途方もない灼熱と極低温の龍神を召喚し、再び私とアマデアは悪魔を封印することができた“
(そうだ。今もアポフィスに3つの神器を奪われたとあるが今と同じだ。
太陽の光が源である太陽の子は、ルシアがいる。
アーカートの勇敢な男性の王は、メイがいる。
3つの神器はこの二人のもとに戻ってくるはずだ。
そして封印方法は、チャトランガの魔術、そう将棋がヒントに違いない。
私は森の四方形の形を改めて見た。
将棋盤と同じ9×9のマスがある。
マリナと私の接点で何かあるはずだ。
あの喫茶店のあの詰将棋が9×9のマスだった。
玉があって、龍王と龍馬があった。
玉が最後に動けなくなるイコール封印だ。だから玉がアポフィスに違いない。
龍王がメイ、龍馬がルシア。
私がそれを完成させる。
「メイ、ルシア、聞いてくれ」
私は二人に、森の四方形での動きを話した。
「アポフィスを再びあの森の四方形におびき出す。
マリナが女流棋士マリナの時に喫茶店で言っていたのは、
『これは、こうやってこう指して、最後に玉が5一にいて、角が成った馬が6三にいるのよ。そして飛車が3九にあるという形よ。
ここからは一手詰だよ。うまく指せば玉は封じ込められて動けなくなって詰むわ。詰むというのは封印されるみたいよね』
おびき出す位置は、5一の座標地点だ。
(封印のヒントをアポフィスに転生する前のマリナが私に教えてくれたのか?
これはひょっとすると)
メイとルシアは森を出て砂浜にいるアポフィスと対峙した。
ただ十分な距離を取っている。すぐに森に駆け込めるような場所だ。
私だけアポフィスのすぐ近くで待機している。
紫の雲と霧が少なくなったことに気づいたのかアポフィスは空に向って熱波と氷雪ビームを相互に吐き出している。
あたりは紫の霧に覆われ、空は紫の雲が一面に広がってきた。
大きな雷鳴もする。
陽の光が消えてしまった。
(私の作戦がうまくいくだろうか)
メイとルシアが二人は再び向き合い顔を近づけた。
唇と唇が接触する。
先程より長く二人は固く抱擁しキスをしている。
地肌が揺れ始めた。
紫の霧がどんどん消えていく。
空に会った紫の雲もどんどんなくなっていく。
雷鳴や稲光は全くしなくなった。
そして、天空が空一つない天気になった。
アーカートの地が晴れ渡っている。
太陽が天空に戻ってきた。
太陽の光が、アポフィスを襲う。
アポフィスが苦しそうな素振りを見せ始めた。
アポフィスの手が皮膚の鱗にある透明の袋に当たる。
かきむしっているのか。
自分の手で腹の付近をかいている。
透明の袋が破れて、3つの神器が砂浜に滑り落ちた。
私は砂浜でアポフィスの下にダッシュした。
そして3つの神器を拾い上げるとメイとルシアに向って言った。
アポフィスが3つの神器が無くなったことに気づいたようだ。
後ろを振りむくとアポフィスは砂浜を探している。
私は全速力で森を目指した。
アポフィスは砂浜に何もないことに気づき森の手前まで来た私を見ると、私が3つの神器を持っていることにも気づいたようだ。
凄まじい咆哮を上げ、私を睨んでいる。
速度は速くないが、アポフィスは私に迫ってくる。
「森の四方形にアポフィスをおびき出すぞ。
走れ」
私は全速力で森の四方形のほうに走って行った。
将棋盤の四方形だ。
メイとルシアもあらかじめ私が指示したところに居た。
ルシアに『赤い太陽光が輝く奇跡のペンダント』と『凄まじい温度変化を引き起こす赤い月がある龍の駒に囲まれたティアラ』を渡した。
ペンダントは首に、ティアラは頭につけてある座標に座ってもらった。
メイに『赤い龍の紋章が刻印されたムラマサの剣』を渡し、別の座標に待機してもらった。
森の奥のほうが先手だ。砂浜が後手だ。将棋盤を頭に入れる。
砂浜のほうからアポフィスは私を追ってくる。
アポフィスは、私の姿を認めたようだ。私は5一の座標でアポフィスを待つ。
私は言わば、囮になる役だから、怖いはずだが、何故か体にエネルギーが湧いてくるのを感じた。
アマチュア初段の認定を受ける指導将棋を指している気分だ。
アポフィスは私を認めて5一の座標に足を踏み入れてきた。
口を大きく開け私を上から睨んでいる。
私を吸い取って食おうとしているみたいだ。まるで黒龍のアリシアのように。
私はメイに合図をした。
ムラマサの剣が赤く輝き始めた。
メイはムラマサの剣を持って走っていき、私の近くの座標の地面にムラマサの剣を突き刺した。
ルシアのティアラとペンダントも赤く輝き始めた。
ルシアの背中から何か輝くものが降りてきて私たちは包まれた。
ルシアの周りとメイ、私に赤いバリアが覆われる。
「王手だ。アポフィス。
これで将棋なら詰みだ。チェスならチェックメイトだ。
ゲームなら、どこにも動けず終了だ!」
アポフィスは、メイとルシアに氷雪ビームを吹き下ろす。
地面が氷と雪に覆われた。
アポフィスが、私に灼熱の炎と熱風を吹きかけてきた。
今度は地面を炎が覆い、雪と氷を一瞬で蒸発させて地肌が焼き尽くされる。
猛烈な風を受けて私は立っているのがやっとのことだった。
しかしバリアのおかげでアポフィスの攻撃が防がれて、私もメイもルシアも被害を受けなかった。
空から二つの眩い光が降りてくる。
稲光の数百倍の大音響がする。
アポフィスに天からの二つの眩い光が突き刺さる。
アポフィスが大きな唸り声をあげ、空中の太陽光に向け熱波と氷雪ビームを浴びせ返す。
空を見ると天空に、白く光り輝く二人の姿が浮かんでいる。
メイとルシアの分身のようにも見える。
将棋の駒の龍王と龍馬みたいにも見える。
突然、アポフィスの動きが止まった。
何か透明な紐に縛られているようにアポフィスは動けない。
熱波も氷雪ビームもアポフィスは出せない状況だ。
天空の白く光り輝く二人から凄まじい赤い光と白い光の2つの筋がアポフィスに向けて発射された。灼熱と極低温の神なのか。
アポフィスに空から赤い光と共に熱波の風と灼熱の炎が降りてくる。
アポフィスが炎に包まれる。
アポフィスが赤く小さくなった。
今度は空から雪と氷のビームが降りてきた。辺りは先ほどのアポフィスの氷雪ビームを上回るほど白く凍える大地になった。
そしてアポフィスは凍った。
凍ったアポフィスは再び一糸纏わぬツインテールの美少女に戻っていった。
美少女は氷漬けのままで動かない。
天空の二人はそのまま空中から上空に舞い上がり見えなくなった。
タキ司祭が私のところにやってくる。
ローレンツ王やアームやイザベラやトマスの姿も見える。
無事だったようだ。
メイとルシアが抱き合っている。
私はそっとアポフィス、いや美少女の身体に布を被せて抱き寄せた。
(悪魔なんかではない。私の一番大事な存在だ)
ローレンツ王がメイに感謝の声をかけている。
(アポフィスの封印に成功したようだが、これで終わったのか)
私は温度感ではなく深い悲しみに心が覆われた。涙が止まらなくなっている。




