第十六話
私はマリナと教会の外に出てみた。
上空は晴れて太陽が中空に浮かんでいるが、その輝きは少しずつ衰えてきている。
一方教会の近くの水平線の先は紫色の霧が徐々にこちらの砂浜に向って進んでいる。
「皆既日食だろう。もうすぐダイヤモンドリングが見えるはず」
ティアラを頭に載せたマリナに言った。
マリナはほとんど輝きが欠け始めた太陽の中空あたりをじっと見ている。
(眩しくは無いのか)
もうすぐ太陽は完全に月と重なる。太陽の隅にダイヤモンドリングが発生している。
(落ち着いたら、このダイヤモンドリングに似た指輪を)
太陽は月と完全に重なったようだ。ダイヤモンドリングも消えてしまった。
あたりも一段と暗闇が増してきた。
「リチャード。ほら太陽の右横」
右の空を見ると、紫色の彗星が長い尾を伴って日食の太陽を横切ろうとしている。
水平線は霧だけではなくその上に黒い雲が広がろうとしている。
やがて皆既日食はピークの重なりからずれて、再びダイヤモンドリングが現れてきた。
マリナが天を伸ばしている。
「あのリング美しいわ。この手に取れないかな」
(それは無理だから、私が代わりに)
日食が終わりかけると、さっきまで上空は晴れていたのに、黒い雲が上のほうまで覆いつくそうとしている。
稲光が走り、大きな雷鳴が聞こえてきた。
マリナは耳を塞いでいる。
紫色の彗星の尾がゆっくりとこちらの方にやってくる。
今度は欠片に分かれない。
彗星が一段と紫色と白色の輝きを増したと思ったら、私がいる教会の砂浜を通り越して、森の方に一直線に向って行った。
森の方角から強烈な光のあと地表に建てないほどの衝撃が起きた。
「大丈夫か。マリナ」
ウエディングドレスのマリナも砂浜にしゃがみ込んでいた。
「リチャード。あれは?」
大きな波しぶきがこちらにやってくる。
サーフィンなら最高級の波だろう。
まさかここまでは届かないはずだが、逃げる準備をしておいた方がよさそうだ。
(彗星の次は大波か)
教会の聖堂の上の所なら波は防げるはず。
再度長い稲光の後、すぐに大きな雷音が鳴った。
紫色の霧が砂浜全体を覆いつくしている。
その霧の先に、うっすらと巨大な波しぶきが見える。
私は、マリナの手を握り教会行こうとしたところ、マリナの足が止まった。
「リチャード、ほら波の上に何かがある」
私もその場に足を止め、波の上を凝視した。
何かが見えた。霧の中からぼんやりと青い炎が灯っているようだ。
ここまで波が押し寄せてくる。
マリナを見ると、ウエディングドレスをたくし上げて水を避けようとしている。
たくし上げたドレスの下から真っ白ですらりとした素足が見える。
見惚れている場合ではないな。
早く逃げないと。
「マリナ、あの岩場の高い所まで避難するぞ。全速力で走ろう。
ドレスは気にするな。命の方が大事だ」
全速力でマリナの手を引いて教会前の砂浜を走って岩場に着くと、マリナを岩場に押し上げた。その後を追ってできるだけ高い岩場まで二人で登って行った。
しばらくすると大波がやってきて、砂浜一面が波しぶきに洗われた。
何度も波が押し寄せてくる。
ミシミシと大きな音がした。
霧の中から青白い光が近づいてくる。
「セントエルモの火だ」
(デジャブ。“あの時、あの場所で見たような風景)
更に大きな波音がしたと思ったら、ギシギシという音とともに、それは姿を現した。
そう、私と王飛マリナが乗っていた帆船が砂浜に打ち上げられてきた。
(あの帆船だ。赤月竜王戦の対局があったあの時の)




