第十二話
ベッドに寝かされ生気のない顔のローレンツ女王に医師、ルシア、イザベラが付き添っている。
蛇に巻き付けられた女王の脚に茶色の液がこびりついて、医師が消毒液をつけて必死で取り除こうとしているが取れないようだ。
私もその後ろで女王の様子を伺っていた。
女王がうめき声を上げたかと思うと突然ベッドで飛び上がるように上半身を起こした。
頭を振り始め鋭い視線で眼を見開いた。
饐えた匂いと共に老女の顔から皺が無くなり老いの染みも消え気の強そうな女の顔立ちが浮かび上がってきた。
心なしが急に目が鋭く瞳の奥に狂気を漂わせてきたように感じる。
ローレンツ女王は不機嫌そうに唇を尖らせたかと思うとイザベラに問いかけた。
「イザベラ、このローレンツ家に相応しい王妃の条件は何か」
「はい、女王様。3つの神器のひとつである赤のペンダントを所持していることが必要です。
教会からやってきたアリシアと名乗る女性にはペンダントがかけてありました。
あの女性のほうが王妃に相応しいかと。
それ以外の女は王妃失格と考えます」
「待ってください」
私は慌てて女王に向き合って、反論した。
「赤く光り輝くペンダントは邪悪な存在に立ち向かうため、私が責任を持って見つけ出します。
見つけたら私が王妃を選びます」
イザベラはローレンツ女王の耳元で何か囁いている。
女王がベッドから降りて立ち上がってヒステリックな声で言った。
「城の皆を広間に集めよ」
声もしわがれた声では無くなっている。
(どこかおかしい。急に女王が別人になったようだ。イザベラも変だ。私とマリナを敵のような眼差しで私を睨みつけている)
ルシアは心配そうに私を見ている。
イザベラが構わずルシアに向いて叫んだ。
「ルシア、女王の命である。至急、城の皆を広間に集めよ」
女王と話をしたかったが、しかたなく私は広間に移動してマリナと佇んでいた。
マリナが声をかけてきた。
「まだ、記憶が戻らないわ。
でも少しずつ何か風景が目に浮かんでくるのだけれど。
あなたは運命の人だと頭の中の変なマントの人も言っているし、私も直観で何故か昔からあなたを知っているような気がしてきたの」
「王妃になるには赤いペンダントが必要だと言われたよ。
赤いペンダントを探しに行くよ。
そして、この城でもうしばらく静養すればきっと記憶が戻るよ」
ローレンツ女王がやってきた。
風貌が変わった女王を見て城の人々がざわついている。
鋭い目つきでキンキンと声を張り上げた。
「皆の者、舞踏会をした結果、この城の王妃に相応しいのは3つの神器のひとつである赤いペンダントを所持しているものだ。
それ以外は失格とする」
「それから、前言を撤回する」
何故か意地悪そうな目で女王が私を見ている。
「私の後継は、リチャードではない」
城の人々のざわつきが広がった。
ルシアの顔が青ざめている。
「私の後継者は3つの神器のひとつであるムラマサの剣を所持しているものだ。
たとえ、海の向こうの豪族であってもそれを持っていれば私はこの領土も城も明け渡しであろう」
ざわつきは更に大きくなった。
イザベラが叫ぶ。
「皆の者、静粛に!」
アームやトマスも心配そうに女王を見ている。
ローレンツ女王の声のトーンが上がる。
「そこのリチャード、お前はムラマサの剣を持っていない。
知性も欠片も無く兄のメイにも遠く及ばない。
ベクター家が海からやってきたときも相手と話もせずいきなり大砲を打ち無益な戦いを実行した。
お前は王族として失格だ。
この城を今すぐ出て行け。
この城から追放する」
(何が何だかわからない)
アームが女王の前に跪きはっきりと話をした。
「女王様、僭越ながら先日のベクター家の攻撃を命じましたのは女王様でございます」
ルシアも女王の前に跪く。
「女王様、リチャード様も、メイ様も女王様の大事な跡取りでございます。
今一度、お考え直していただけないでしょうか」
イザベラが二人を追い払う。
「ローレンツ王の命は、絶対である。逆らうお前たちも女王の敵である」
別の兵士がローレンツ女王の前にひざまずいた。
「陛下、ご報告申し上げます。
豪族のベクターが城の前まで迫ってきております。
軍船団ではなく、小型のボートでわずかの配下兵だけで教会付近の砂浜から上陸したようでございます。
至急追い払います」
「不要だ。ここに通せ」
豪族のベクターがアーカート城に姿を現した。
大きな剣を腰につけているが、兵はベクターと合わせて数人だ。
ローレンツ女王が宣言した。
「私の後継者はローレンツ家の先祖であるアーカート王が持っていた神器であるムラマサの剣を持つものとする。
そしてその王妃は神器の赤いペンダントを持つ女とする」
「これは、これは。ローレンツ王。今の言葉に間違いはないか」
短く刈り込んだ銀髪に仏頂面で狐のような目つきのベクターが、ローレンツ王の前まで近づいている。
アーカート兵がローレンツ王の前に立ちはだかり守りを固める。
ローレンツ王は静かにベクターに言葉を返した。
「間違いはない。
条件があえばこの城を私は譲る」
ベクターが更にローレンツ王に詰め寄る。
「それは条件をクリアすれば誰でもいいのか?」
「そうだ」
ベクターが高笑いをしながら腰の大きな剣を宙に向けて掲げながら言った。
「戦も軍船も必要が無いな。
この領土は私が引き受ける。
剣とペンダントを手に入れれば良いだけだ」
ローレンツ王が私を向いて叫んだ。
「リチャード、お前は何も持っていない。腰にある剣は普通のロングソードだ。
今すぐこの城を出ていけ。
そして、アーム、ルシア、それにそこのマリナという女、リチャードと共にこの城から追放する」
ベクターの高笑いは更に大きくなった。
「赤いペンダントは当てがある。
私の兵よ、一旦、ブラックアイランドに戻るぞ」
そういうとベクターと数人の兵はアーカート城から去って行った。
私も当方にくれながら、アーカート城を去ることにした。
(しかし、3つの神器さえ見つかれば、逆転のチャンスはあるのかも)




