第十話
城の外を見ると空一面が黒い雲に覆われて風が強まってきた。
ベッドをみるとマリナは気持ちよさそうに寝息を立てている。
空に稲光が走った。
また近くに雷が来ているのか。
ドカーンという音が城内に鳴り響いた。
この城に落ちたのか。
ふとマリナを見ると、この雷鳴にびっくりしたのか、目蓋が更にぴくぴくしている。
やがてゆっくりとマリナは目を覚ました。
「マリナ!」
女性はベッドから上半身を起こし私を見つめて声を発した。
「あなたは誰?」
雷に打たれたわけでもないのに再び私は愕然とした。
慌てて私は、ルシアを呼んで依頼した。
「もし、ローレンツ王のお世話係り医師が空いていたら連れてきてくれ」
医師がやってきてマリナを診察して私に説明し始めた。
「リチャード王子、お嬢様ですが呼吸も問題なさそうです。
意識が戻っておりますので体調面では大丈夫かと存じます。
ただ一時的に記憶を失われたのか、もともとリチャード王子を存じ上げておられないかは判然といたしません。
少し様子を見てゆっくりしていれば記憶が戻るかもしれません」
そういうと医師は去って行った。
(体調面では問題は無いのか。
昨日教会で確かにハヤトと言っていたはず。
だから昨日、マリナは私を知っていたはず。
しばらく、様子を見るしかないのか。)
この女性に私は問いかけてみた。
「私を覚えていない?」
マリナは首を横にかしげて私をじっと見ている。
マリナの髪色は将棋のタイトル戦で見た黒髪から、今は赤髪に変わっているが確かに彼女はあの船に乗っていた王飛マリナに間違いない。
「君の名前は王飛マリナ。私はハヤト。船上で、君は赤月竜王戦という将棋のタイトル戦を行い、君が勝った。
そのあと船に大波が襲ってきて、私とマリナは海に投げ出された。
気が付くと私は、この城の近くの砂浜に居たらしい。
私はここではリチャードという名前の王子らしい。
このアーカート城の女王であるローレンツ王の次男だ」
「マリナ、何か覚えているかい?」
「あなたと船に乗っていた記憶は思い出せないの。
覚えていない。
頭の中に霧がかかっているようで何も思い出せない。
紫のマントを着て先端がやや尖ったような紫の靴を履いた男が私の脳内で動き回っているような気がする」
マリナはベッドから飛び降りて、頭を横に振ってピョンピョンとその場で何度もジャンプした。
「何を覚えている?」
「うっすらと教会にいたのは覚えているわ。
修道女のエミリさんや偉そうな司祭のタキさんもわかる。
数日前に、司祭と修道女のエミリさんが砂浜で横たわっている私を見つけたとエミリさんが言っていたわ。
そう、エミリさんが言うには私はマリナと言っていたと。
昨日教会に男性が来て、雷が鳴ったら意識を失ったというのもかすかに覚えているわ。
そのときの男性よね、あなたは。
そして教会から追い出されたのも覚えている」
「マリナ、昨日は私の事をハヤトと呼んでいたよ」
「あなたの名前が思い出せないし、将棋の船の事もよくわからないわ。
司祭が言っていた小舟で変なことをしたというのもよくわからない。
司祭に教会から追い出されたことも覚えている。
言いがかりをつけられたのも覚えている。
知らない人の婚約者になる気もないし、こっちこそ婚約破棄よ。
でもそれより前の記憶が戻らないわ。
ねえ、どうしよう。どうしたらいい?
悪い人ではなさそうよね。
リチャードさん、ハヤトさん?
けっこう、私の」
最後の方は小さな声で聞き取れなかったが、元気そうで少し安心した。
「ここでは私はリチャードの方がいいみたいだ。そして君はマリナだ」
「どうしよう、どうしたらいい。教会を追い出されたことは覚えている。教会には戻れなさそうだし」
「そうだ、マリナ。舞踏会だ。もうすぐ舞踏会がある。そこで私と」
思わず顔が赤らむのを感じた。
「ルシア、ルシア」
私はルシアを呼んだ。
「この女性はマリナ。遠い異国での私の友人だ。
舞踏会に出てもらおうと思う。
それまでこの城のどこかに置いてくれないか。
今の修道女姿ではだめだから、この女性を舞踏会に出られるよう準備をしてくれないか」




