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プロローグ

挿絵(By みてみん)

東京近海に、小ぶりではあるが一隻の帆船が静かに浮かんでいた。

空は皆既日食が始まろうとしている。帆船の上空が徐々に暗闇に包まれていく。

不吉な予感を感じる紫色の彗星がゆっくりと流れていく。日食時の紫色の彗星は古来より厄災の前兆だと聞いたことがある。

水平線には黒い雲が広がりつつあるようだ。

この帆船は廃船直前だったが、暗号資産で巨額の富を得た実業家によって大幅にリニューアルされ、太陽光パネルに超高性能の蓄電池を積み、全自動で風を読んで帆を動かす自然エネルギーで走る船である。凪が起きても蓄電池の電力で最低限の走行ができる装置もあり、船の操作もほとんど不要である。目的地をコンパスで指定するだけで走行可能のようだ。

船の操縦も免許を持っていれば一人で可能らしい。


船内に城を模した将棋の対局に相応しい和室の船室が建てられていた。和室の外側から窓を通じて対局を見ることができる。

「赤月龍王戦」――その名の通り、賞金総額1億円の将棋のタイトル戦が、この船の中央部で行われていた。通常の対局は旅館や将棋会館で行われるものだが、この棋戦は異例の舞台で繰り広げられているのだ。


フェンシングと将棋が趣味である私は、この船の対局見学で見届け人として抽選に応募したら運よく当たり、今日ここに来られることができた。何年たっても上達せず有段者にもなれず免状も持っていない。フェンシングもいつも一回戦負けである。


船の中央にあるお城の天守閣を模した和室で、赤月龍王のタイトルを持っている男性の滝 宗因棋士と女子大生になったばかりの女流棋士である王飛マリナ女流四段が対局している。記録係は居ない。対局盤名の上にカメラが設置されていてAIで自動的に棋譜を記録しているらしい。立会人もカメラを通じた動画配信で船外に待機している。対局は動画配信されている。

船内の対局室は多少の揺れにも対応でき対局に衣装が無い構造のようだ。

私は特等席として対局室の外の窓から二人の対局姿を見ることができる。

赤月龍王戦というタイトルに相応しく将棋の駒も戦国時代に名匠が作ったとされる伝統と歴史のある駒で対局が始まっている。駒には赤月と署名がある。


滝は司祭のような鉢巻をした頭髪で口ひげを生やし細い眼で前かがみのまま盤面を睨んでいる。

女流棋士のマリナは艶やかで黒いツインテールの髪型をしている。

愛らしく大きな二重の目を見開いて、太陽のような赤い唇を一文字に閉じている。口元は八重歯がチャーミングだ。凛として整った顔立ちのマリナは背筋をピンと伸ばしているが上体の前面は二つの丸みがツンと突き出していてその魅力的な曲線は赤いワンピースの上からも見て取ることができる。

女流棋士のマリナとは彼女が女子高校生の最後くらいのときに、近くの将棋道場の中で何回か指導対局をしてもらっている。飛車角抜きの二枚落ちであるが悉く負けている。先日指導対局が終わって指導対局を労おうと道場内にできた新しい喫茶店にマリナを誘ったら、私の奢りであると分かった瞬間、飲み物以外に二人前のカレーを美味しそうに大きな目で私を見ながら、平らげて行った。

「変なことがあったの。夢だったかもしれない」

その時、夢のような話をされたことを急に思い出していた。


動画配信で見ることができる将棋対局のAI評価値での形勢は、マリナ女流棋士が優勢で勝利目前のようだ。意識を対局の盤面に戻していると船上の前から歩いてきた女性に私は呼ばれた。

「ハヤトさん」

テレビにも偶に出ているが胸の大きい赤いペンダントをしたモデルの女だ。確かアリシアという芸名だったはず。香水が強く八重歯が特徴的で瞳孔の開いた眼で私を見ている。

(何故私の名前を?)

私の怪訝な顔に気づいたのか、目の前の女が説明し始めた。

「この船に乗っている素人の男性は見届け人ただ一人。ハヤトさんと将棋連盟の名簿に載っていたわ。

対局者と船の持ち主であり船を操縦している主催者を除けば、私服でうろうろしているのは、主催者に呼ばれた私と素人の見届け人だけ。この船は最小限のゲストだけで運行しているわ。そろそろ対局も終わるみたいね」

(主催の愛人なのか)


和室の外から対局を見ていると、

タイトルホルダーの滝が頭を下げて負けを認めたようだ。

滝宗因がマリナを見て何か言おうとして口を開けたが何も言わずに駒を片付け始めた。

新しい女性タイトル棋士の誕生である。

和室からマリナが出てきた。

私はマリナのところに駆け寄った。

「おめでとう。男性棋士からタイトルを取ったなんて凄いことですよ」

「ありがとう。一億円の賞金もらったらなんでも奢ってあげるよ。それから」

いつのまにか、胸の大きい赤いペンダントをしたモデルの女が居なくなっている。


船が急に揺れてきた。船上で大きな雷鳴と稲光が走った。

雨も急に降ってきた。

船のへさきや船の尖った所を見ると、青い炎が灯っているように見えた。

「セントエルモの火よ」

急に船体を大きく揺らぎ始めた。

思わず、私はマリナの手を握り、声をかけた。

「危ないぞ」

帆がメリメリと不気味な大きな音を立てている。

船の周りが急に紫色の霧に覆われている。

大波が船に押し寄せているような船体の揺れである。


立っていられなくなって、マリナを抱えてしゃがもうとしたそのとき、紫色の霧の奥から邪悪な眼と四つの牙がうっすらと見えたような気がした。

邪悪な眼と四つの牙の下には、紫のマントを着て先端がやや尖ったような紫の靴を履いた男性が横たわっているような気がした。

気味の悪い咆哮が聞こえたかと思うと船外から紫色の大波が押し寄せてきて、私とマリナは身動きが取れないまま、船外に身体が投げ出された。

海に投げ出された私はマリナの手を握ったまま意識を失う直前、喫茶店でマリナが話していた不思議な夢を思い出していた。


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