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第8話 旅の日々2

 出立したアウラ一行。

 朝日が低く差し込み、緩やかな風が草原を揺らす中、アウラはユラを引きずりながら歩いていた。

 どうやらアウラのせいで、昨夜はあまり眠れなかったらしい。

 ユラの体は半ば地面に埋まり、顔だけがぴょこっぴょこと地面から覗くたびに、不機嫌そうに頬を膨らませる。


「アウラぁ……せめて、もっと優しくしてぇ……」

「なら、自分で歩け」

「むーりー」


 呆れつつも、アウラはユラを引きずったまま歩みを進める。

 一方、ロザリアは大きく伸びをしながら歩き、肩を回す。


「そろそろ宿があるといいわね……」


 野宿の連続に、さすがの彼女も疲れが溜まっているようだ。


「ああ、そうだな……だが、金がない」


 アウラがすっからかんの財布を取り出して見せると、ロザリアはあからさまに呆れた顔をし、深くため息をつく。


「そういえば、アンタ死ねないもんね。堂々と昼寝しても大丈夫だし、水も食料も何もいらないんだっけ」

「ああ、そういうこと。金の使い道がほぼない」

「今は私がいるんだから稼ぎなさい! 無償で人助けなんて言語道断よ!」


 その言葉に、アウラは軽く肩をすくめるだけだった。

 しばらく歩くと、小さな村が見えてきた。

 ロザリアはずかずかと村へ進み、勢いよく村人たちに問いかける。


「何か困ってることはない!」


 彼女の強気な態度に、村人たちは困惑し、目をそらす。


「ちょっと! なんかないの! なんでもするわ! だから金をよこしなさい!」


 あまりにも強引な物言いに、村人たちはさらに怯み、ついには村長まで出てくる騒ぎとなった。

 遠目でその様子を見ていたユラが、呆れ顔で呟く。


「あんなんじゃ全然ダメでしょ」


 アウラも深く共感し、小さくため息をつく。


「会った時もあんなんだったよ」


 事態の収拾をつけるため、アウラが慌てて間に入り、平謝りをして回る。

 幸いにも村長は寛大な人物だったおかげで、一行は村に泊めてもらえることになった。それどころか、夕飯までいただけることになった。

 夜、温かい灯りの下で食卓を囲む。

 焚き火の炎が揺れ、香ばしい匂いが漂う中、ロザリアは目を輝かせながら食べ物を頬張る。


「こんなおいしいご飯を食べたのは久しぶりよ!」


 彼女の言葉に、村人たちが微笑ましく見守る。


「こんなおいしいご飯を食べたのは久しぶりよ!この恩は一生忘れないわ!何か私にできることはない?できることなら何でもするわ!」


 ロザリアは勢いよく箸を動かしながら、口いっぱいに食べ物を頬張る。そのまっすぐな姿勢に、アウラは苦笑する。ご飯を味わうか、礼を言うのか、どちらかにしろと思いつつも、彼女の純粋さは嫌いではなかった。

 村長もロザリアの性格を理解したのか、嬉しそうに微笑みながらさらに料理をすすめる。食卓は穏やかな笑い声に包まれていた。

 ユラはなぜだかご機嫌で、ロザリアに抱きついて満足げな表情を浮かべている。その様子を横目に、アウラは少しだけ料理を口に運び、静かに席を立った。

 食後の談笑は尽きることなく続いていたようで、しばらくしてからロザリアとユラが部屋に戻ってきた。部屋の中は静寂に包まれていたが、二人が入ってきたことでわずかに温かみが増した。

 ロザリアの頬が赤い。灯りに照らされた彼女の表情は、どこか緩んでいる。


「あ、アウラ。私、寝るね。おやすみ、アウラ」

「ああ、おやすみ」


 ロザリアの声は少しふわふわとしていた。聞いているのかいないのか、彼女のまぶたはすでに半分落ちかけている。恐らく酔っているのだろう。

 ふと、隣を浮遊しているユラに視線を向けると、彼女もどこかぼんやりしているように見えた。頬がほんのり赤い気がするが……幽霊に酔う概念があるのかは不明だ。


「ねぇ、ユラ? 今夜は私と一緒に寝よましょ」

「うん。寝よっか~」


 ロザリアは何の疑いもなくユラに語りかける。

 アウラは、彼女が当然のようにユラの存在を受け入れていることに、少しだけ安堵した。ロザリアがユラを感じようと努力していることを知っているからこそ、彼女の言葉が微笑ましく思えた。

 アウラもゆっくりと布団に入る。すると、ロザリアがぽつりと小さな声で問いかけてきた。


「アウラ、なんであんまり食べなかったの?」


 その問いには、すでに答えを予想しているような響きがあった。珍しく気遣いを見せる彼女の様子に、アウラは少し間を置いてから口を開く。


「別に気にしなくていいよ。前に言っただろ、固有スキルの影響で死ねないって。そのせいで無効スキルが働いて、感覚や痛覚がない。だから、味覚もないんだよ。もう気が遠くなるほど昔に失ったから、味を覚えていない。そもそも食欲もないしな」

「……そっか。じゃあ、眠たくはなるの?」

「どうなんだろうな。眠たくはならないし、きっと永遠に眠らずにいることもできる。でも、一定期間意識を飛ばせるから、寝ることはできる。今はまだ、な」

「……いまは、って?」


 ロザリアの声が、少し沈んだ色を帯びる。


「味覚は段々感じなくなっていた。痛覚や感触はもっと早くから」


 静かな沈黙が落ちる。

 アウラは横になったまま、そっとロザリアの方を向いた。隣では、ユラが寄り添うようにロザリアにくっついていた。二人とも、すでに動く様子はない。

 やがて、穏やかな寝息が聞こえ始める。


「……おやすみ」


 アウラは小さく呟いた。

 そして、自分もまた、かつては感じていたはずの眠りへと身を委ねた。



 朝、目を覚ます。

 微かな鳥のさえずりが聞こえ、穏やかな朝日が窓から差し込んでいた。隣の布団に視線を向けると、整然と畳まれており、ロザリアの姿はなかった。

 代わりに枕元には生首が突き刺さっていた。

 ユラだ。


「おはよう」


  小さな声で挨拶をするアウラへの返事は気持ち良さそうな寝息だった。

 アウラは特に驚くこともなく、伸びをしながら窓辺に歩み寄る。いつもの朝だった。外の景色を見下ろすと、ロザリアが村人たちと共に働いているのが見えた。どうやら村長が仲介役となり、彼女を作業に組み込んでくれたようだ。


「ロザリアは、珍しく真面目だな」


 まるで返事をしているかのように、気持ちよさそうに寝ているユラの頭が、微妙に傾いた。

 アウラは軽く肩をすくめると、さっさと支度を済ませ、ロザリアに合流する。村の朝は早く、すでに畑仕事や荷運びが始まっていた。手伝いを申し出ると、村人たちは驚きつつも温かく迎えてくれた。

 やがて、太陽が頭上に昇り、昼を迎える。

 ふと村長の家を見ると、入口の影からユラの足が突き出ていた。


「うーん、幽霊だからねー……むにゃ……」


 微かに寝言が聞こえたので、どうやらまだ夢の中らしい。

 一方、ロザリアはまだ動き足りない様子で、アウラに向かって剣を向ける。


「ちょっと、私の相手してよ」


 結局、剣技の訓練に付き合わされることになった。

 夕方、ユラが目を覚ましたころには、村の仕事も一段落つき、そろそろ旅立つ準備が整っていた。

 村人たちは穏やかな笑顔で三人を見送る。


「気をつけてなー」「また困ったことがあれば寄ってくれよ〜」


 ロザリアは力強く頷き、ユラは満足げに大きく手を振る。

 アウラは静かに頷きながら、再び旅路へと歩みを進めた。


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