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第5話 新たな旅路

 ――闘技場、王席室。

 ロザリアの戦闘を見つめるロメオ。その美しい顔に微かな笑みを浮かべながら、心の声を漏らす。


「ロザリア。アウラという男に修行をつけてもらったのか。しかし、その程度の実力じゃ、僕にはもちろんエルギンにすら厳しいんじゃないか」


 彼の隣に控えるジョバンナが、静かに耳打ちする。


「あの男、アウラも会場に来ているようです」

「そうか……って、あれかな」


 ロメオが視線を向ける先、満杯の観客席の中で、そこだけぽっかりと空間ができていた。

 まるで人払いがされたかのように、一人の男を中心に観客が距離を取っている。


「は、はい」


 ジョバンナはわずかに緊張した面持ちで頷いた。ロメオの金色の瞳が、その男を鋭く捉えたまま、静かに揺れる。




 アウラは壁越しに聞こえる熱狂を背に、静かに歩く。

 試合が始まった今、皆が観戦に夢中になり、廊下には誰もいない。このだだっ広い空間を歩くのは、アウラただ一人。

 独り寂しく響く足音。

 しかし、アウラにはもう孤独も寂しさもなかった。

 隣にはユラがいる。

 出会いと別れを繰り返してきた人生。

 それでも、ユラだけはそばにいた。

 浮遊する彼女を横目に、アウラはふと微笑む。


「ちょっと待ってくれ!」


 不意に響いた声に、アウラは足を止める。

 聞き覚えのない声。しかし、ここを歩いているのはアウラだけ。

 振り返ると、ユラが目を輝かせて囁いた。


「あらやだ、イケメン」


 そこにはロメオがいた。


「何ですか? 騎士王」


 アウラは淡々と問いかける。

 ロメオの金色の瞳が、アウラを真っ直ぐに捉えた。


「この国には、大切に保管されている一つの書物があります。古の書、その名を『マタダムの目録』。そこに記されたこの国の英雄――英雄試練の始まりを作った者。最古の騎士王レペンス。これは、貴方のことではありませんか?」


 馬鹿げた内容。しかし、ロメオの表情は真剣だった。


「……さぁーな。どうしてそう思うんだ」


 アウラの問いに、ロメオはふっと柔らかい笑みを浮かべる。

 どこか恥ずかしそうに。


「直感です」


 裏のないその笑顔は、どこかロザリアと重なった。

 だからこそ、アウラは戸惑った。

 兄のロメオは、もっと心の冷たい非道な人物だと思っていた。

 まさか、これも演技なのだろうか。

 それを確かめるように、アウラは静かに問いかける。


「なぜ、ロザリアを人間じゃなくさせた」


 アウラの問いに、ロメオの表情が固まる。

 さっきまでの穏やかな笑顔は消え、冷たい目線がアウラに向けられた。


「どうしてそう思うんですか」

「ロザリアのあの力はもう人間のものじゃない。彼女の体には魔族の、それも魔王の血が流れている。その血の浸食が今も進んでいる。ロザリアは 破壊神ダリアムの咆哮 を感じ取った。あれは同じ血を持つ親族、魔王にしか伝わらない」

「そうですか。やはり貴方が殺したんですか、破壊神ダリアムを」

「話を逸らすな」


 アウラは静かに続ける。


「ロザリアはいずれ完全に人間ではなくなる。家族を、妹を魔族にしてどうしたい。実験か? 魔族を使役するつもりか? 魔族というものを知っているなら、そんなことができないことぐらい知っているはずだが」


 ロメオは沈黙を保つ。

 その態度に、アウラはいらだつことはなかった。

 なぜなら、アウラに人の行いを責める権利などないからだ。

 自分が過去に行ってきた 数々の大罪 に比べれば、ロメオの行為など可愛いものだ。

 たかが家族、たかが妹を人間じゃなくすぐらい。

 本当に、可愛いもんだ。


「はははは」


 唐突に、アウラの笑い声が回廊に響く。

 それは、悪魔のような笑い声だった。

 ロメオが目を細める中、アウラは静かに息を吐き、落ち着いた口調に戻る。


「すまない。くだらないことを聞いた」


 背を向ける直前、アウラは小さく笑い、最後の言葉を残した。


「……ああ、ロザリアは強くなったぞ。アンタが思っている以上に、だ」





 ロザリアの修行につきあった草原。

 最初は緑が広がる美しい場所だった。しかし、今はあちこちに深いクレーターが刻まれ、無数の傷跡が残っている。

 かつての激戦の記憶が、地面に焼き付いていた。

 そんな思い出の場所で、アウラは寝転がり、夕日を見つめていた。

 空は深い橙色に染まり、遠くの雲が燃えるように輝いている。

 王都デネボラの城門はすでに閉じられ、出入りは封鎖されている。だが、中では英雄試練の後夜祭が盛大に催され、歓声と喧騒が城壁を越えて草原まで届いていた。

 まるで、王都そのものが生きているかのような熱気。

 しかし、その喧騒とは裏腹に、アウラはただぼんやりと空を見つめていた。

 心配したユラがそっと声をかける。


「……アウラ」


 その声に、アウラは目を細め、空を仰ぐ。


「行くか」


 そう呟きながら、ゆっくりと体を起こした。


「助けられる人は助ける。シェオールを目指す旅に」


 その言葉は決意とともに、風に溶けて消えていく。

 王都の方を振り返ると、光が溢れていた。英雄試練が終わり、後夜祭の歓声が遠くまで響いている。

 人々の楽しげな声、酒を酌み交わす音、歌と笑いが混じった騒ぎ。

 だが、それとは対照的に、アウラの横顔はどこか思い詰めたものだった。

 それを察したユラは、そっと問いかける。


「……もっと早くこの国に来ていれば、破壊神ダリアムを殺していればって思ってるんでしょ?」


 アウラは黙って、ユラを見つめる。


「そうすれば、ロザリアが人間じゃなくなることもなかった。普通の女の子としての人生を送れたって」


 沈黙。

 そして、ゆっくりと、アウラは口を開く。


「……だからって、必死に今を生きているロザリアの人生を否定するようなことはしないよ」


 その言葉に、ユラは微笑む。

 安心したように、そっとアウラを抱き寄せる。

 冷えた夜風の中、ユラの手が優しくアウラの髪を撫でた。

 アウラは嫌がることはなかった。

 そのまま、しばらく時間が流れる。

 やがて、ユラはゆっくりと離れると、柔らかい声で言った。


「そうだね。行こ、私たちは私たちの道を」


 夜の帳がゆっくりと降り、二人の影が夕焼けの中へと溶け込んでいく。

 王都の喧騒とは違う、静かで確かな旅路へと。

 アウラの足音が草を踏みしめ、乾いた大地にわずかな響きを残す。

 ユラは、その背中をじっと見つめながらついていく。

 彼女はまだ、アウラのすべてを知らない。アウラの罪を知らない。なぜ、彼が 死ねないという地獄 を味わっているのかも知らない。だけど――その心の奥底に眠る、確かな 優しさ だけは知っている。ロザリアを旅に誘わない理由。挨拶をすることなく、この土地を去ろうとしている理由。

 それは、言葉にしなくても、なんとなく分かる。アウラの気持ちだけは、不思議と分かってしまう。――あの時、私を殺そうと、首を絞めたときと同じように。

 アウラは思いを口にしない。自分を犠牲にすることを選ぶ。ロザリアの夢のために、自分の存在は足かせになる。殺せない、勝てない――そんな事実が叶わない夢を背負わせてしまう。まっすぐなロザリアの想いが、アウラの存在によって傷ついてしまう。

 そして、それだけではない。

 アウラは、私のことも思っている。もし、ロザリアと一緒に旅に出れば――私は、また孤独を感じることになる。触れない。気づかれない。聞こえない。会話ができない疎外感。存在を証明できないことへの虚無感。

 でもね、アウラ。あの子なら、大丈夫だよ。ロザリアは、アウラが思っているほど 大人でもないけれど、子供でもない。あの子は、私がいることを 疑ってすらいない。アウラの言葉を、何一つ疑っていない。私を感じ取ろうと 魔力を練って気配を探したり 、馬鹿みたいに眉をひそめて周りを見渡したりするの。そして、しばらくして私を見れなかったことを悔しそうにしている。

 それに、大切なことを忘れてるよ。いつも振り回されてるアウラなら、よく分かってるでしょ?あの子は傲慢で、横暴で、わがまま。それに、嫌になるほど極端に真っ直ぐ。アウラが何と言おうとロザリアは真っ直ぐ貴方にぶつかってくる。


 アウラの背後で、爆発に近い衝撃が響いた。思わず足を止め、振り返る。王都デネボラの巨大な鉄の城門が――軋む音を立てながら、ゆっくりと前方に倒れていく。

 地響き。轟く衝撃。

 地面に叩きつけられた鉄門から巻き上がる砂煙。その中から、聞き覚えのある耳を突く怒鳴り声が響く。


「アウラ‼!! 私から逃げられるとでも思ってるわけ!」


 砂煙を切り裂くように、一直線に飛び出してきた赤髪の美少女。左右に束ねられたツインテールの赤髪を風にたなびかせながら、勢いそのままに飛ぶように迫ってくる。

 その瞳はまっすぐ、ただアウラだけを見据えていた。

 次の瞬間、迷いなく 腰から双剣を引き抜く。疾風の如き速さでアウラの首に 双剣の刃を押し付ける。傲慢で、横暴で、わがままな彼女らしいやり方。アウラの額に自分の額をぐいっと押し付け、挑戦的な笑みを浮かべる――悪魔のような悪い笑み 。


「最後まで付き合ってもらうって言ったわよね。絶っ対に逃がさないから」


 その双眸は燃えるように熱く、言葉に一切の迷いはなかった。


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