第4話 英雄試練
人気のない草原。風が穏やかに草を撫でる中、静かに佇むアウラの手には一本の剣が握られていた。
次の瞬間、空気を切り裂くようにロザリアが目の前に現れる。その手には鋭利な双剣。
迷いなく振り下ろされた刃を、アウラは慣れた手つきで軽くいなす。
その動きに、ロザリアは満足そうに笑みをこぼした。
「やっぱり私の直感は間違いじゃなかった! ジョバンナのお姉ちゃんから聞いたわ。この国で秘密裏に保管された古の書物『マタダムの目録』ことを探っているの。――貴方が破壊神ダリアムを殺したんでしょ」
風を切るように素早く振られる双剣が芝生を揺らす。
「どうしてそう思うんだ」
「直感よ! 私の中の直感がそう言ってんの!」
「だとして、どうして俺に関わってくるんだ」
「私は誰よりも強くなりたい。悔しいけど、今の私では破壊神ダリアムに勝てない。あの夜、彼の魔力を感じて死を感じた。恐怖で足が震えたわ……」
ロザリアの双剣が舞うたびに、空気が震える。彼女の声には、怒りとも憧れともつかない強い熱が宿っていた。
「だから強くなるためにアンタを利用してやるのよ! 強くなるためだったら何だってやってやるわ! 騎士王ロメオを殺すためなら! 」
その執念にも似た言葉に、一瞬アウラの動きが鈍る。
――その隙を、ロザリアは見逃さなかった。
刹那、彼女の双剣が閃く。
アウラは右手の剣を弾かれ、襲い来る斬撃に咄嗟に左手でロザリアの剣を叩き落とす。しかし、ロザリアは瞬時に順応する。
鋭い蹴りがアウラの左腕を弾き飛ばし、その一撃に反応しきれないまま、次の斬撃が迫る。
「はあああああああ!!!!」
凄まじい咆哮とともに、ロザリアの魔力が爆発的に跳ね上がる。
今までとは比べ物にならない速度で間合いを詰め、がら空きのアウラの身体へと狙いを定める。
閃光のような突きが空を裂き、草原を巻き上げるほどの衝撃波が空間を揺るがした。
砂煙が晴れると、そこにはまっすぐに伸ばされたロザリアの剣先。
それは、アウラの心臓を的確に突いていた。
「効かないって知ってたのか」
アウラの問いに、ロザリアは体勢を崩さないまま真剣な眼差しで答える。
「知るわけないでしょ」
彼女の言葉に迷いはなかった。それが偽りでないことは、今この瞬間の戦いが何より証明している。
ロザリアはアウラを刺そうと、未だに全力で力を込めていた。彼女にとって、それは何事にも変えられない、譲れないもの。
アウラとユラが抱く夢と同じぐらい、かけがえのないものだということが分かった。
なおもアウラに剣を突き刺そうと、更に魔力を込めるロザリアに、アウラは静かに言葉をかける。
「君は絶対に俺には勝てない」
彼女にとって、勝つとは相手の命を奪うこと。たとえ状況が違えど、実戦であれば確実にアウラの命を奪えているはずの場面だったのだろう。
だからこそ、アウラの言葉を理解したロザリアは、力を緩め、剣を静かにしまった。
「そうみたいね。でも負けてはない……絶対に負けない。そして、いずれ貴方に勝ってみせる」
自分を信じて疑わないロザリアの瞳に、アウラの頬がわずかに緩む。
そして、右手を差し出しながら、短く言った。
「付き合うよ」
ロザリアはその右手を握り、傲慢な態度を崩さぬまま、にやりと笑う。
「言われなくても付き合ってもらうから! 絶対にね!」
それからアウラは、自己紹介代わりに死ねないこと、死を目指していること、ユラのことを話した。
意外にも、ロザリアはすんなりと全てを信じてくれた。ロザリア曰く――。
「存在としてはアウラと大して変わらないじゃない」
その言葉に、アウラとユラは同時に『確かに』と頷いた。
英雄試練当日。
闘技場。
決勝戦。
観客席は興奮と熱気に包まれていた。
ロザリアの相手は、エルギンという戦士。
「順調だね」
「ああ」
アウラの隣に浮いているユラの言葉に、短く答える。
「ってか、わざわざ重なる必要ないだろ」
隣に座る観客の男と体が一体化しているユラ。男の胸から顔を出しているユラに、アウラは思わず突っ込まずにはいられなかった。
「えー。私からしたら空気と同じだもん。わざわざそんなこと考えないよ。ってかほら、あれが騎士王ロメオよね」
ユラが指さす先、青いマントを羽織り鎧を身にまとった騎士が佇んでいた。
「ああ。そうだろうな」
「やだ、糞イケメン」
「確かに。俺でもちょっとドキッてするなアレ」
その言葉に驚いたユラは、口元を両手で覆いながらアウラとロメオを交互に見つめ、顔を赤くしながら感嘆の声を漏らす。
「ほ、ほほほぉ~」
「おい、腐の匂いがするぞ」
我に返ったユラはこほんっと咳払いをする。気が付けば、アウラの隣にいた男性はいなくなっていた。
やばい奴だと思われたのか、アウラの周りには人一人分ぐらいの余白が生まれる。
「ほらー。人いなくなった、私普通に座ってるよ?」
「俺を人払いに使うなよ」
「そんなことよりもさ! わかるんでしょ? ロメオ様の強さってどれくらいなの?」
ユラのペースに乗せられている気はするが、突っ込むのをやめ、アウラは質問に答える。
「様って……。まぁ、いいや。あれはー……バケモンだな。アレでまだ16歳だろ」
「え。アウラが認めるってことは相当じゃん! やば! 糞イケメンな上にバカ強いなんて」
「確かにな」
ユラの言葉だが、あのロメオという男を見れば素直に認めざるを得ない。
そんなアウラの隣で、また変な感嘆の声が聞こえる。
「ほ、ほほほぉ~」
「おい、やめろ」
すると、大きな開戦の音と同時に闘技場が熱狂する。
二人は同時に戦いへと目を向けた。
ロザリアとエルギンの戦いが始まると、すぐにアウラは席を立った。
「どーしたの?」
「目的は終わったからな。この町を出る」
戸惑うユラがアウラを呼び止める。
「え? 最後だよ。見なくていいの?」
「ああ。ロザリアなら勝てる。それがわかったから。約束も果たしたし、もうここにいる必要性はないだろう」
アウラは背を向け、闘技場を後にする。
「えー。私はロザリアの活躍見たいよー。あともう少しロメオ様見てたいなぁ~」
「お前、本音そっちだろ」