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第37話 アウラの戦い

 魔界の空は深く黒く、荒涼とした大地は無数の魔族の影で埋め尽くされていた。

 魔王城へと続く道を塞ぐ、群れに群れを重ねた魔族たち。その数はおよそ一万。地を覆い、空を埋め、無限に湧き続けるかのようなその光景は、まるで悪夢そのものだった。


「うげ、何この数。空にもぎっしり、どーするの?」


 ユラが呆れたように漏らす。しかし、その腕の中で抱えられたアウラは不敵な笑みを浮かべていた。


「俺の本気を見たことがあるか?」


 その言葉を合図に、アウラは地面を蹴った。

 爆音と共に、その姿が消える。

 まるで雷光。あるいはそれ以上の速さでアウラは加速し、魔族の大軍の間をすり抜ける。彼が駆けるたびに、空気が圧縮され、風が弾ける。

 その速度に、魔族たちは反応すらできなかった。いや、そもそも目に捉えることすら叶わない。ユラは抱えられたまま、アウラの体から何か異質なものを感じ取った。魔力が……消費されていない?

 通常、魔法は魔力を代償に発動する。しかし、この世界にただ一つ、魔力の消費すら必要としない魔法が存在する。選ばれし者、極めた者のみに許される、魔法の極地。


「これだけ離れれば大丈夫だろう」


 アウラが呟いた瞬間、世界が震えた。


「自爆魔法——エンド」


 黒い波紋が爆ぜるように広がった。一瞬のうちに、数百メートルを黒の空間が覆い尽くす。その領域に呑み込まれた魔族たちは、悲鳴を上げる暇すらなかった。ただ一瞬で、何もかもが崩壊する。肉が剥がれ、骨が砕け、魂さえも塵へと還る。黒い膜が消えた後に残ったのは、円形にえぐられた大地と、亡骸すら残らぬ死の跡だけだった。

 ユラは絶句する。その魔法の代償は、本来ならば“死”だ。しかし、アウラにとってそれは何の意味も持たない。死ぬことができない彼にとって、“死”を代償とする魔法は——コストゼロ。クールタイムすらない、それは彼にとってただの通常攻撃に過ぎなかった。

 ユラは堪らず呟く。


「アウラ。確かに強いけど、……戦い方は最低過ぎない?」


 しかし、アウラは答えず、ただ笑う。次の瞬間——再び地面が揺れた。


「エンド」


 漆黒の波動が周囲を飲み込む。


「エンド」


 空が軋み、大地が裂ける。


「エンド、エンド、エンドエンドエンドエンドエンドエンド…………エンド!」


 次々と放たれる最強魔法。魔界の空に、連続する虚無の嵐が舞う。逃げ惑う魔族たち。悲鳴すら飲み込まれる、理不尽な破壊の連鎖。誰も、止めることはできない。

 それは、あまりにも圧倒的で、あまりにも理不尽で——もはや滑稽なほどに、ただの“蹂躙”だった。


 魔界の冷たい風が吹き抜ける中、アウラは魔王城の横の城壁に降り立った。

 魔王ヘルトが王座の間にいることはわかりきっている。ならば、迷う必要はない。アウラは地を蹴り、まるで彗星のように空を裂いた。壁など意に介さず、一直線に突き進む。重厚な石壁が砕け散り、鋼鉄の扉が粉塵と化す。天井から床へ、城の構造など無意味なものとして突破し続ける。

 そして、ついに王座の間——魔王の玉座へと辿り着いた。そこにいたのは、ただの人間のような魔王だった。漆黒の王座に腰掛けるヘルトは、玉座の肘掛けに手を添え、愉悦の笑みを浮かべていた。まるで、待ちわびたかのように。


「俺がなぜ魔王になったか知っているか?」


 問いかける声は低く、静かだった。しかし、その奥には狂気が滲んでいる。


「知るか」


 アウラは即答し、地を蹴る。

 刹那、空間が歪み、無数のゲートが開かれた。

 ヘルトは指を軽く動かし、そこに映し出されたのは——人々が魔族に襲われ、蹂躙される姿だった。泣き叫び、逃げ惑う者たち。炎に包まれる町。剣と牙に引き裂かれ、絶望の中で命を奪われる人々。

 ヘルトは静かに笑う。


「滑稽だな。お前でもこれを止められないだろう」


 それを見た瞬間、アウラの姿が掻き消えた。次の瞬間、ヘルトの首が強く握りしめられる。何が起こったのかすら理解できぬまま、ヘルトの身体は玉座ごと地面へと叩きつけられた。

 城が揺れるほどの衝撃。粉々になった床の上で、ヘルトは血を吐く。だが、それでも彼は笑っていた。


「もう無敵じゃない。終わりだ、ヘルト」


 アウラは冷たく言い放った。しかし、ヘルトは血の混じった唾を吐き、破れた唇を歪ませる。


「ああ……感覚が……久しぶりだな。気持ちがいい。ああ、……最高だ」


 狂気に濡れた瞳が、アウラを映す。

 ヘルトの肌には、かつての勇者の面影など一欠片も残っていなかった。王の威厳も、英雄の輝きもない。そこにあるのはただ、力に酔い、快楽に溺れた哀れな男の姿だった。

 アウラは沈黙のまま、手に力を込める。馬乗りになったまま、喉を締め上げ、呼吸を奪う。


「はやく、バランを止めろ。魔族を止めさせろ」


 ヘルトは答えない。ただ、にやりと嗤う。

 ——その態度が気に入らなかった。

 アウラは無言のまま、ヘルトの身体を持ち上げると、壁に向かって投げつけた。砕ける石壁。激しい衝撃がヘルトの全身を襲う。裂けた皮膚から鮮血が流れ、折れた肋骨が鋭く浮かび上がる。

 ——もう、戦える状態ではない。

 決着はあっけなかった。ヘルトが誇っていた“無敵”の力は、失われていた。もはや魔王ですらない。ただの、醜く堕ちた男だった。


「アウラ。殺すの?」


 ユラの声が静かに響く。問いかける声には、迷いがあった。しかし、アウラの答えは一つだった。


「殺す」


 それは、まるで世界の摂理を語るかのように。何の感情も込められていない、ただの事実として。アウラは静かに立ち上がり、崩れ落ちたヘルトへと歩み寄る。

 魔王城の崩れた王座の間に、重苦しい沈黙が降りた。立ち込める砂煙の中、アウラは瓦礫を踏みしめながら、冷たくヘルトを見下ろす。対するヘルトは、嬉しそうに口元を歪めた。


「知っているか、マタダム……」


 懐かしげに、しかしどこか愉悦を滲ませながら、ヘルトは続ける。


「圧倒的な力は、恐れられ、嫌われる」


 アウラの表情は変わらない。


「だからどうした」

「恐れられ、嫌われ、遂には孤独になる……孤独になった時、人はどうすると思う?」


 ヘルトの瞳が妖しく輝く。


「自分の力を誇示し、好きなように生きるんだ」


 それは——まさにアウラの生き様だった。世界のあらゆるものに背を向け、ただ死を求めながら歩き続けた日々。不死であるがゆえに何者にも屈せず、力を振るい続けた過去。


「だがな、それを続けた結果——」


 ヘルトはゆっくりと、まるで詩を詠むように言葉を紡ぐ。


「人々を魅了し、憧れの存在へと変わった。何者にも流されず、ただ自分のために、自分の人生を謳歌する。その姿に、人は魅せられ、畏怖しながらも惹かれていく。そして、気づけば私を——いや、私の生き様そのものを崇め、私を魔王として仕立て上げたのさ」


 ヘルトはゆっくりと立ち上がる。


「私は望んで魔王になったわけじゃない。望まれてなったんだ」


 静寂が落ちる。アウラは無言のまま、じっとヘルトを見据える。そして——冷淡に言い放った。


「最後に伝えたかったことは、それだけか?」


 ヘルトはふっと笑う。その笑みが、次の瞬間には——狂気をはらんだものへと変わる。


「ダメ!」


 ユラの悲鳴が、王座の間に響き渡る。

 同時に——アウラの体が強い力で弾き飛ばされた。直後、空間そのものが揺れるほどの衝撃が、アウラが立っていた場所を爆砕した。

 そこには——オノクリアがいた。

 巨体を覆う禍々しい魔力。振り下ろされた拳の衝撃で、床がえぐれ、壁にまで亀裂が走っている。アウラが僅かでも遅れていたら——その一撃で、城の外へ弾き飛ばされていただろう。

 ユラは慌ただしく飛びながら、アウラのそばへと駆け寄る。


「ちょっと、アウラ! 私がいなかったら危なかったかもよ!?」

「……ああ、助かった」


 アウラが短く礼を言った、その瞬間だった。

 ——ヒュンッ!

 風を切る音とともに、漆黒の影が疾駆する。ヘルトが、音もなく接近していた。


「お前は何者だ?」


 王座の間の空気が凍りついた。

 ヘルトの指が、ユラの細い首を確かに掴んでいる。それは——ありえない光景だった。

 幽霊であるユラに、物理的な干渉ができる者は、アウラただ一人のはずだった。それなのに、今、魔王ヘルトの手の中で、ユラの白い喉がゆっくりと沈み込んでいる。

 ——まるで、生きた人間のように。

 アウラは瞬時に動く。目の前の異常な光景に疑問を抱くよりも先に、ユラを助けることが最優先だった。


「離せ——!」


 次の瞬間——。

 アウラの視界が赤く染まり、ユラを助けようと身を投げ出した、その刹那。

 ——ドンッ!!!!

 轟音とともに、アウラの体が吹き飛ばされた。壁に叩きつけられる直前、視界の端で、暗い影が見えた。オノクリア——ヘルトの忠実なる側近。最強の魔族。その拳が、アウラの胸を正確に撃ち抜いていた。

 衝撃で壁が大きく陥没し、石の破片が四方に散る。アウラは一瞬で体勢を立て直し、床に降り立つ。

 顔を上げた瞬間、視界の先——ユラの首を掴むヘルトが、楽しそうにこちらを見下ろしていた。


「……フフ……なるほど」


 ヘルトの口元が、不気味に歪む。ユラの首を掴んだまま、まるで新しい玩具を手にした子供のような瞳で、じっくりと彼女を観察する。


「お前……確かにいるな」


 その言葉に、アウラの動きが止まった。ヘルトは——ユラを「見ている」。その目が、確かにユラを捉え、その存在を完全に認識している。

 アウラとヘルトの間に、重く、深い沈黙が落ちる。


「……なぜ、お前に見える?」


 ユラは苦しげに息を詰まらせながら、かすれた声で笑った。


「さぁ? 私にも、よく、わかんない……」


 だが、その笑みはどこか引きつっていた。まるで、自分の存在が根底から覆されることを恐れているような——そんな、かすかな震えが滲んでいた。


「お前は……いったい、何者なんだ?」


 ヘルトの指が、ユラの喉をさらに強く締める。ユラの顔が苦痛に歪む。幽霊であるはずのユラが——苦しんでいる。アウラの視界が、一瞬だけ歪んだ。


「やめろ」


 低く、鋭い声が、王座の間に響く。だが、ヘルトはまるで聞いていないかのように、ユラの顔をじっと見つめ続けていた。

 何が起こるのか分からないが、"絶対に"このままではいけない——!アウラは、一瞬の迷いもなく動いた——だが、その刹那。ユラの口から、小さく、ひどくかすれた声が漏れた。


「アウラ……助けて」


 アウラの胸が、冷たく凍りついた。ユラが——初めて、"助けを求めた"。今まで、どんな状況でも笑っていた彼女が。どんな危機にも「平気」と言っていた彼女が。怯えたように、震える声で、"助けて"と——そう言った。


「オノクリア」


 ヘルトが命じるように呟くと、オノクリアは無言のまま、アウラの前に立ちはだかった。戦闘態勢を崩さず、静かに拳を握る。

 アウラは歯を食いしばり、拳を握りしめた。オノクリアの能力は、対峙した相手よりも強くなる固有スキル《猛者》。どんな戦士であろうと、絶対に勝てない相手。

 だが——アウラは死なない。それが唯一、アウラが持つ絶対的な優位性だった。

 ——しかし、今は戦っている場合ではない。ユラを助けなければ。だが、その思考すら、オノクリアは読み取るように動く。巨大な拳が、音を置き去りにする速度でアウラに襲いかかる。

 アウラは即座に回避しながら、ヘルトの元へ向かおうとする——が、そのたびに、オノクリアが完璧に進路を塞ぐ。


「ちっ……!」


 歯を食いしばるアウラの背後で、ヘルトの声が響いた。


「いいぞ、オノクリア。そのまま押さえつけろ。……さあ、ユラ、お前の正体をじっくり見せてもらおうか」


 ユラの体が、不自然に揺らぐ。まるで、何かが変質し始めるように。魔法ヘルトの勇者の力がユラを包み込む。

 ——ダメだ。

 アウラは再び駆け出そうとする。だが、オノクリアの拳が、またしてもその行く手を遮る。


「くそっ……!」


 その間にも、ユラの姿が、ヘルトの手の中で微かに"滲み始めていた"。アウラの直感が、鋭く警鐘を鳴らす——このままではいけない。絶対に。


「アウラ……助けて」


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