第34話 魔神たち
一方、その頃——ゲートの向こう側では戦いが続いていた。
アウラたちが抜けた後も、魔物たちは 次々と現れていた 。
「数が増えてきたわね……っ!」
ジョバンナが鋭い突きを放ち、魔物を貫く。しかし、倒しても倒しても湧き上がるように新たな魔物がゲートの向こう側から現れる。
「おいおい、どこから湧いてきやがる……!」
エルギンが叫びながら剣を振るい、魔物を薙ぎ払う。
ゲートが完全に開いたことで、魔界の瘴気がこちら側にも流れ込み、魔物たちを引き寄せているのだ。
「ジョバンナ、エルギン! ここは頼むぞ!」
ロメオがそう叫び、剣を振るう。
「言われなくても、やるしかないわよ!」
ジョバンナが魔力を込めた槍を構える。
魔王城へと向かう勇者たちをここで足止めするわけにはいかない。
「ロザリア……無茶はするなよ」
ロメオが、妹の戦いの方角を一瞬だけ振り返る。しかし、その想いを飲み込み、剣を握り直した。——今は、ここの戦いに集中するしかない。
勇者一行は、すでに前へ進んでいるのだから。
魔王城。
魔王ヘルトは静かに玉座に腰を下ろしていた。
重厚な黒鉄の椅子は、長年の使用によって冷え切っている。彼はその冷たさを感じることなく、目の前に映し出された光景を淡々と眺めていた 。
黎明のバランの能力によって生じたゲートの中に、勇者一行の姿が映る。
無機質な瞳が、ゲートの映像を捉え続ける。
「オノクリア、バラン」
彼はまるで退屈そうに口を開いた。
「相手をしてやれ」
その一言で、決戦が始まった。
魔界の荒野。
アウラとイシアルの前に黒き歪みが広がる。
ゲート。
それは空間そのものが裂けるように口を開け、まるで異世界へと続く穴のようだった。そして、その中から二つの影が滲み出るように現れる。
第12魔神の一人、次元の使者、黎明のバランと第12魔神の一人、魔界の覇者オノクリア。
この戦場に絶望をもたらす者たち。
アウラは静かに剣を構えた。
「イシアル、バランの相手を頼む。俺はオノクリアを引き受ける」
イシアルは短く頷き 、瞬時に空へと舞い上がった。
彼女の視線が、バランの動きを捉える。
アウラから すでに戦い方を聞いている。
バランの戦術——それは ゲートの中に相手を閉じ込める。あるいはゲートを閉じ切断する。あらゆる場所に、あらゆる大きさで、無数に展開可能な異空間の罠。それは回避することすら困難な死地を作り出す能力だった。
——そして、戦いが始まる。
腹部に刃が走るような感覚。イシアルはすんでのところで体をひねり、即座に後方へと跳んだ。そこにすでに閉じられたゲートが浮かんでいた。
危険すぎる。たった一瞬の隙で命を奪う仕掛けが完成していた。けれど、イシアルはその戦い方を知っている。
魔力が生じる波を読む。どこに新たなゲートが開かれるのかを見抜く。魔法に慣れたイシアルだからこそ、それが可能だった。
魔王最強の側近・オノクリア。
一方、アウラは静かにオノクリアを見つめていた。
彼が、今回自ら引き受けなければならなかった理由は明白だった。
オノクリアの固有スキル《猛者》。それは——対峙した相手よりも、必ず強くなる。そんな理不尽な能力。どれだけ鍛えようと、どれだけ成長しようと彼の前では無意味 。
相手が 強ければ強いほど、彼はそれ以上の力を得る。
——そして、その能力すら必要のない存在。オノクリア本来の力だけで、すでに魔王ヘルトと拮抗する。元魔王デネボラですら、一対一では勝てなかった。この場で オノクリアに唯一対抗できる存在は、死を持たないアウラだけだった。
アウラは戦闘態勢に入る。
オノクリアは、その動きをただ楽しげに眺めていた 。
「……ふむ」
その声は、戦場に似つかわしくないほど穏やかだった。けれど、その瞳の奥にある研ぎ澄まされた殺意は、すでにすべての覚悟を決めていることを物語っていた。
風が戦の始まりを告げるように吹き荒れる。
そして——二つの戦いが、幕を開けた。
イシアルは、一瞬オノクリアの存在を意識から追い出した。今はバランに集中する。
オノクリアのことを気にかけていたら、この戦いは成立しない。しかし、それを考えなくてもいいほどの「技」を、今のアウラは持っている。
そう信じて、イシアルは目の前の敵——バランに向き合った。
バランは微動だにせず、虚ろな瞳で彼女を見つめていた。その後ろには、無数の黒い裂け目——ゲートが漂っている。まるで不吉な星座のように、彼を中心に静かに並んでいた。
イシアルは深く息を吸う。そして、放つ。魔力を込めた一撃を、一直線に——しかし、その攻撃は届くことなく消失した。空間が飲み込んだのだ。
イシアルの放った魔法は、ゲートの内部に吸い込まれた瞬間に消滅し、無に帰した。バランの仮初の本体がそこにあったとしても、それを通じて傷を与えることはできない。
「最強の防御」「最強の攻撃手段」「最強の移動手段」
すべてを兼ね備えたゲートが、バランのあらゆる戦術の中心だった。
——今、この戦いは耐えられるかどうかではない。バランのゲートを、どう突破するかが全てだ。
イシアルは目を細め、バランの魔力の波を感じ取る。彼のゲートは魔力で編み込まれている。だからこそ、その波の変化を感じ取れれば、どこに新たなゲートが生まれるのかを予測できるはずだった。
その間にも、アウラとオノクリアの姿はゆっくりと戦場から離れ、視界の端へと消えていく。
アウラとオノクリア。
ただ向き合い、無言のまま、次第に二人の戦いの場が隔離されていくように感じた。
やがて、オノクリアが静かに口を開いた。
「魔王ヘルト様に、あなた方の相手をするようにとお申し付けをいただきました」
その声は淡々としていたが、そこに込められた威圧感は計り知れない。
「そうか」
アウラは剣を持たぬまま、淡々と応じる。
「俺を殺せるのか?」
オノクリアは、まるで確認するかのように小さく頷いた。
「無理ですが、命令なので」
次の瞬間、轟音が響いた。
オノクリアの拳が、まるで雷のような速さでアウラの体を貫く。
直撃。
世界が一瞬揺れる。だが、吹き飛ばされたアウラは無傷だった。砂埃の中、ゆっくりと身を起こし、オノクリアを見据える。
「触れてきてくれて助かるよ」
次の瞬間——アウラの固有スキルが発動する。
攻撃固定。触れた相手の攻撃対象をアウラのみに固定する、アウラにとっての最強の防御手段。オノクリアはアウラ以外の誰にも攻撃できなくなる。
——だが、それは決してオノクリアの攻撃を止めるものではなかった。
オノクリアは一歩踏み出した。
「では、そのスキルが切れるまで……あなた"だけ"の相手をしましょう」
言葉が終わるよりも早く、さらなる拳が炸裂する。アウラの視界が一瞬ぶれる。轟音が響き、周囲の地面が砕け散る。オノクリアの拳は岩をも砕き、空気すら震わせるほどの威力を持っていた。
だが、アウラには効かない。
効かない。
……だが、その圧倒的な力に、攻撃の間隔すら生まれない。
オノクリアの拳は止まることなく次々に襲いかかる。まるで雨のように、嵐のように。そして、その攻撃のひとつひとつが、魔王ヘルトをも凌ぐ力を持つ。
純粋な戦闘力だけを見れば、この世界で破壊神ダリアムを除けば最高の存在。それが、オノクリア。
アウラは拳を受けながら思った。
これは——最強対最強の戦いだ、と。




