第31話 ロザリアの初デート手助け大作戦
王都の大通りを、アウラとロザリアは並んで歩いていた。街を彩る活気ある喧騒も、二人の間に漂う微妙な空気をかき消すことはできなかった。
普段ならロザリアが先に口を開くはずだった。だが、今の彼女は妙に意識してしまい、ぎこちなく口を閉ざしている。アウラもそれを察してか、無理に話しかけることはしなかった。どこか気まずい沈黙が、二人の間に生まれていた。
そんな中、不意に人々の視線が一点に集中した。ざわめきが広がり、通行人たちの足が止まる。
——そこに立っていたのは、ピンクのふわふわのワンピースを着た少女だった。
ひらひらと揺れるスカート、リボンの装飾、そしてレースが施された可愛らしすぎるデザイン。まるでおとぎ話から抜け出したような格好だが、そこにいるのは間違いなく、この国の女王陛下ヘスティだった。
場違いなまでのその姿は、否応なく目を引きつける。通りすがりの人々が目を丸くしながら、遠巻きに見守っていた。
そんなことは一切気にせず、ヘスティはアウラとロザリアの前に立ちはだかると、唐突に言い放った。
「手を握って」
相変わらず感情の読めない声だった。
次の瞬間、ヘスティは容赦なく二人の手を取り、指を絡ませるようにして強引に恋人繋ぎをさせる。そして、何のためらいもなく魔法を発動させた。
——その魔法は、一度繋いだ手を絶対に離せなくするものだった。
ロザリアの顔が、一瞬で真っ赤になる。
「な、な、な、な……っ!? ちょ、ヘスティ!? 何して……!」
アウラも驚きつつ、試しに手を引こうとしたが、まったく動かない。まるで見えない鎖で絡め取られたかのように、指先さえ離れなかった。
通行人たちの視線が一斉に二人へと集まる。
「あらまあ……」 「お似合いねえ」 「若いっていいわねぇ」
微笑ましそうに囁く声が次々と聞こえ、周囲の空気はすっかり"幸せなカップル"を祝福するものへと変わっていた。
ロザリアは耐えきれず、俯いたままアウラの手を引いて足早に歩き出す。その顔はもう、完全に茹で上がったように赤くなっていた。
そこへ、慌てた様子で駆け寄る人物がいた。
「こんな格好で! そのままの姿で出ないでください!」
息を切らしながら走ってきたのはジョバンナだった。目を覆うように片手で顔を隠しながら、もう片方の腕でヘスティを抱え上げると、そのまま足早に退散していく。
アウラは呆気にとられたまま立ち尽くしていたが、ロザリアはそれどころではない。
「ア、アウラ! さっさと行くわよ!」
ほぼ引きずるような勢いで、彼女はアウラの手を引いて駆け出した。
その様子を、遠くから見ていたロメオのもとへ、ヘスティを抱えたジョバンナがたどり着いた。
ロメオは腕を組み、満足げに頷く。
「ヘスティ、完璧だ!」
ジョバンナに抱えられたヘスティは、小さく鋭い眼差しを向けると、静かに頷いた。
「せめて……せめて、着替えてからにしてください!」
ジョバンナは顔を真っ赤にして訴えるが、ヘスティとロメオは微動だにしない。彼らにとって、問題はそこではなかったのだ。
少し離れた場所で、そのやりとりを見ていたイシアルが小さく息を漏らす。
「……私よりも付き合いが長いから頼んでみたけど……あれで本当に大丈夫なの?」
不安そうに呟くイシアルの横で、ユラが満面の笑みを浮かべながら拳を握る。
「おお! 上手くいきそうだね!」
隣では能天気なユラが目を輝かせている。だが、彼女の言葉にツッコミを入れる者は誰もいない。
「よし、ここにいるみんなで僕の妹——ロザリアの初デート手助け大作戦を開始しよう!」
ロメオの力強い宣言とともに、カルクおじさん、商人レナード、エルギンが一斉に拳を突き上げる。
勢いよく盛り上がる男性陣の様子を見ながら、イシアルはふと思った。
——……なんで男陣のほうがやる気満々なのよ。
冷静に考えれば、こんなに乗り気な男たちが揃う状況は普通ではない。
ふと視線をずらすと——まだ片手で抱えられているヘスティまでもが、真顔で右手を上げていた。
「……もしかして、私が一番まとも?」
そんな疑念を抱きながらも、ツッコミ役の不在を感じるイシアルだった。
王都の大通りを、どこか落ち着かない様子で歩くロザリアとアウラ。
いつもなら堂々としているロザリアだったが、今日は妙に意識してしまい、視線をあちこちに彷徨わせていた。
それもそのはず——彼女の右手は、今もなおアウラの手をしっかりと握らされていた。
そう、ヘスティの無理やりな「恋人繋ぎ魔法」によって、ロザリアはアウラの手を離すことができないのだ。
もちろん、無理に引っ張っても解けることはなく、ロザリアが強く手を握りしめようと、軽く握っておこうと、魔法は意志を貫徹し続けていた。
顔を赤く染めながら、彼女はちらちらとアウラの横顔を盗み見るが、当の本人はいつも通り無表情のまま。この状況をどうにも意識しすぎてしまう自分に、ロザリアは密かに頭を抱えそうになっていた。
そんな時だった。
——ゴゴゴゴゴ……ッ!
不吉な振動が、地面を震わせる。
何かが近づいてくる。
「すみませーん! よけてくださーい!!」
悲痛な叫びが、大通りに響いた。
振り向いた瞬間、ロザリアの目に飛び込んできたのは——。
荷馬車。
暴走する荷馬車だった。
そして、その荷馬車の上には、明らかに制御不能となったまま、必死の形相で手綱を握る商人レナードの姿があった。
「うおおおおっ!? 誰か止めてええええ!!」
彼は立派な商人となったはずだった。旅をやめ、店を構え、安定した生活を手に入れたはずだった。なのに、なぜか今、この王都の大通りで——。
荷物と一緒に、砕け散る運命を辿ろうとしていた。
通行人たちは、道をあけながら悲鳴を上げる。アウラも瞬時に状況を察し、迷いなくロザリアの腕を引いた。
「——っ!」
引かれるまま、ロザリアはアウラの胸の中へと倒れ込む。
その瞬間、暴走する荷馬車は、彼女の背後を轟音と共に通り過ぎた。レナードの絶叫とともに、積まれていた荷物が宙を舞い、次の瞬間——。
ドカンッ!!
まるで喜劇のような盛大な音を立て、荷馬車ごとレナードは派手に吹っ飛び、木箱や麻袋が四方八方へと弾け飛んだ。果物が空中で華麗に舞い、麦の粉塵が大通りに漂う。
その惨状の中、瓦礫のように転がったレナードが、ぼろぼろの姿で両手を広げながら天を仰ぐ。
「……生きてる……奇跡だ……!」
誰がどう見ても、ただの自業自得な事故である。
が、そんな彼の姿に通行人たちは拍手を送り、子供たちが無邪気に笑い声を上げていた。
ロザリアは、アウラの胸の中で状況を理解しようとするが、それよりも今の体勢のほうが問題だった。しっかりと抱き込まれたまま、彼の温もりをダイレクトに感じる形になっていたのだ。
顔が熱い。ますます意識してしまう。
「……ありがとう、アウラ」
震えるような声で、ロザリアは礼を言った。
上目遣いで、ほんの少し潤んだ瞳が、真っ直ぐにアウラを見つめる。
普段の強気な彼女とは違う、か弱く、儚げな表情。アウラは無表情のまま、何も言わずにロザリアを抱え直したが——。
彼の心臓は、わずかに速まっていた。
そんな二人の様子を見て、遠くの一角ではロメオたちが盛り上がっていた。
「完璧だ……!」
ロメオが感動に打ち震える。
「いやいや、違うでしょ!? どう考えても今の、ただの事故ですよ!」
ジョバンナが顔を真っ赤にしながら、必死でツッコミを入れるが——。
「ロザリアが助けられた! そして、そのまま抱き寄せられた! これは運命的な展開だろう!!」
ロメオの声に、カルクおじさん、エルギン、さらには生還したばかりのレナードまでもが拳を突き上げる。
「ロザリアの初デート手助け大作戦、継続だ!!!」
そして——。
その横で、ジョバンナの腕の中に抱えられていたヘスティが、表情一つ変えずに、小さな手を静かに挙げた。
アウラとロザリアが手をつないだまま歩く中、賑やかな通りの喧騒が二人を包み込んでいた。ロザリアはまだ手を離せないことに慣れず、意識してしまいそうになるが、アウラの落ち着いた歩調につられるように、次第に自然と歩調を合わせるようになっていた。
そんな時——。
「お二人、少しよろしいですか?」
穏やかで落ち着いた声が響く。
二人が振り向くと、そこにはエルギンが立っていた。
「……エルギン?」
ロザリアが驚きの声を上げる。
それを遠くから見ていたロメオたちも、思わず目を丸くした。
「エルギンが、まさか……?」
ロメオが怪訝な表情を浮かべると、ジョバンナが微笑みながら言った。
「ええ、まぁ、私は知っていましたけど」
どこか照れくさそうな彼女の言葉に、ロメオは一瞬ぽかんとした後、興味津々とばかりに目を輝かせた。
一方、ユラは思わず歓声を上げる。
「ほぉおお~、もしかして~!」
いつもの調子で、楽しげに声を弾ませるが、当然エルギンにはその声は届かない。
ロザリアは少し首を傾げながらも、エルギンの差し出した紙を受け取った。
そこに描かれていたのは——自分とアウラの姿だった。
驚いたように目を見開くロザリア。隣でアウラも静かに絵を見つめる。
細やかに描かれた筆致は、二人の特徴をしっかりと捉えていた。ロザリアの誇り高い佇まいと、アウラの無口ながらもどこか穏やかな雰囲気が、そのまま紙の上に映し出されていた。
「……すごい」
ロザリアは感動したように呟いた。
エルギンは少し照れくさそうに口元を緩める。
「戦いばかりではなく、こういうこともできるんですよ」
その言葉に、ロザリアは思わず笑みをこぼした。
隣でアウラは相変わらず無表情だったが、ほんのわずかに唇が緩んだようにも見える。手をつないだままの二人は、絵を眺めながら自然と会話を交わし始めた。
ロザリアは、まるで宝物のようにその絵を大事に抱きしめる。
いつの間にか——二人の間には、柔らかい笑顔が溢れていた。
それを遠くから眺めるロメオたちの間に、静かな感動が広がる。
「……エルギン、なかなかやるな」
ロメオが感慨深げに頷くと、ジョバンナがくすりと微笑む。
「でしょう?」
そんな二人をよそに、ユラは一人で興奮しながら飛び跳ねるように動いていた。
「うわぁああ! これ、完全にデートの記念品じゃん! すごいすごい!」
……もちろん、その熱のこもった歓声が、誰にも聞こえることはなかった。
二人は手を繋いだまま、ゆっくりと歩いていた。
ロザリアはまだ少しそわそわしていたが、街の賑わいに気を紛らわせるように、目についた店をちらちらと見て回っていた。
そんな中、ふと香ばしい甘い香りが漂ってくる。
「そこのお似合いのお二人さん」
軽妙な声が響いた。
振り向くと、そこには路上でアイスを売っているカルクおじさんの姿があった。
「カルクおじさん?」
ロザリアが驚いたように声を上げると、カルクおじさんはただ優しく笑い、アウラに手を差し出した。
「ほれ、持っていきな」
差し出された手のひらに、ひんやりとしたアイスが乗せられる。
アウラが戸惑いながらそれを受け取ると、カルクおじさんは満足げに頷いた。
「じゃあ、楽しんで」
その言葉を残し、後ろに並ぶお客の対応へと戻っていく。
アウラはアイスを見下ろした。淡いクリーム色をした、ほんのり甘い香りのするアイス。だが、彼には味覚がない。
ふと隣を見ると、ロザリアが羨ましそうにじっとアイスを見つめていた。
アウラは手を差し出す。
「食べるか?」
「べ、別に……いらないなら、貰ってあげてもいいわよ」
ロザリアはそっぽを向きながらそう言ったが、次の瞬間、自分のミスに気づく。
右手はアウラの手を握ったままだった。
左手にはエルギンから貰った絵を持っていて、アイスを受け取ることができない。
そんな彼女の様子を見たアウラは、当然のようにアイスを持った手をロザリアの口元へと運ぶ。
「ほら」
目の前に差し出されたアイスを見て、ロザリアは一瞬動揺した。だが、数秒の沈黙のあと——。
ぱくり。
アイスを一口かじると、ひんやりとした甘さが口の中に広がった。
ロザリアは思わずにんまりと笑う。
「おいしい」
「そうか。ならよかった」
アウラも、満足そうに微笑んだ。
ゆるやかな時間が流れる。
繋いだ手はそのまま、ふたりの心をそっと繋いでいた。
アイスを食べ終えたアウラとロザリアは、通りに並ぶ服屋へと足を踏み入れた。
店内には柔らかな布の香りと、新品の服が並ぶ棚の清潔な空気が漂っている。
そして、そこにいたのは——。
「ジョバンナ!」
ロザリアが驚きの声を上げる。
「あら、いらっしゃい」
ジョバンナはいつも通りの落ち着いた調子で、ちらりとこちらに視線を向けた。
「こんなところでも働いてたの!?」
「まぁ、服が好きだからね」
さらりとした返答を返しながら、ジョバンナの目がロザリアの手元へと向く。
その瞬間、ロザリアはハッとして、慌てて手を前にかざした。
「これには、深い意味はなくて!」
普段は強気な彼女が、どこか挙動不審になっている。その様子を横目に、アウラは軽く肩をすくめた。
「俺はちょっとこっちを見てくるから、ロザリアも好きに見てろよ」
そう言いながら、アウラはあっさりとロザリアの手を離す。
「え? あ。え?」
ロザリアは、自由になった自分の手を呆然と見つめた。
なぜ手が離れたのか理解できず、戸惑いながらアウラの背を追う。
「ちょっと、どういうことよ! なんで手が……魔法で——」
「何言ってんだ? 俺に魔法が効かないのは知ってるだろ」
「え? あっ……」
手を握っていたとき、アウラが時折不思議そうな顔でこちらを見ていた。その意味を、今になってようやく理解する。
ずっと魔法のせいで手を繋がれていると思い込んでいたのは、自分の方だったのだ。自らアウラの手を握って離さなかっただけ。
ロザリアの頬が一気に熱くなる。
「そ、そうね! ……ジョバンナ、なんかおすすめな服ないかしら!」
動揺を誤魔化すように、ロザリアは勢いよく話題を切り替えた。
ジョバンナは一瞬、何か言いたげな表情をしたが、特に突っ込むことなく微笑みながらいくつかの服を手に取る。
それから、ロザリアは何着か試着を繰り返し、そのたびにアウラの感想を求めた。アウラは相変わらず淡々とした口調で答えていたが、ロザリアはそのひと言ひと言に満足げな表情を浮かべる。
たっぷりと時間をかけて選び抜いた一着。ロザリアは満足げにその服を着たまま店を出た。
夕方が近づくにつれ、人通りが増していた。
混雑を避けるように、アウラとロザリアは路地へと足を向ける。
だが、その先には——。
薄暗い路地の奥から、二人の人影が姿を現す。
フードを深く被り、仮面で顔を隠した男女。
剣を持った男が、ゆっくりとロザリアを指さした。
「やっぱり……噂のロメオの妹じゃないか」
男の口元が歪む。
「帰ってきてたんだな。これは大金になるぞ」
「ええ」
短く同意する女の声が、低く響く。
ロザリアはニヤリと笑い、アウラの前へと出る。
「いい度胸ね! その威勢は認めるわ! だから、ぶっころしてあげる!」
拳を打ち合わせ、戦う気満々のロザリア。その顔には、戦闘狂の笑みが浮かんでいた。
このままでは、本当に殺しかねない。
——これではどっちが悪党かわからないな。
アウラは内心でそう思いながら、素早くロザリアの手を引いた。
「ちょっと!」
ロザリアが抵抗する間もなく、アウラはそのまま宙へ飛び上がる。ふわりとした浮遊感がロザリアを包み込む。遠ざかる地面、驚きで固まる盗賊たち。視界の隅で、男が仮面の下で小さく笑ったように見えた。
その仕草にはどこか見覚えがあったが、ロザリアは気づかない。
「せっかく買った服を汚したらもったいないだろ」
アウラは淡々と言いながら、しっかりとロザリアの体を抱え込んでいた。
ロザリアは最初こそ抗議しようとしたが——。
すぐに観念したように、アウラの胸元へと体を寄せる。以前、リントブルムの空を飛んだときと同じように。いや、あのときよりもずっと素直に。
アウラの両手に抱えられたお姫様は素直に言葉を聞いた。
「……今回は、まぁいいわ」
照れくさそうに呟くロザリアの声は、小さく風に流された。
地上では、盗賊の女がフードを下げ、男に向かって呆れたようにため息をついた。
「わざわざ変装する必要あった?」
「あるさ。ロザリアのバカが気づかないかどうか、試してみたかった」
ロメオは満足そうに腕を組む。
イシアルは信じられないという顔で肩をすくめた。
「……ほんと、バカ兄妹」
静かな風が吹き抜ける高台。
夜の帳が降り始めた王都は、地上に輝く星々のように灯火が瞬いていた。賑わいと喧騒の向こうに、誰にも知られることのない小さな物語が生まれようとしていた。
アウラとロザリア、ふたりだけの時間。
「ロザリア」
名前を呼ばれたロザリアが振り向くと、アウラはゆっくりと彼女の左手を取った。
不意打ちだった。
冷たい夜気の中で、アウラの掌はどこまでも静かで、優しかった。
「今まで、ありがとう」
アウラの声は、驚くほど穏やかだった。
「これはほんの些細な感謝の気持ちだ。これからも……よろしく頼む」
その瞬間、アウラの右手からひとつの指輪が現れた。
ロザリアは息を呑んだ。
見覚えのある指輪だった。いや、見たことはなかったはずなのに、なぜか知っていた。確かに、先ほどの店でアウラがふと視線を止めた瞬間があった。まさか、その時に——。
アウラは何も言わずに、ロザリアの左手に指輪をそっとはめる。
それは、中指だった。
ロザリアの喉が震えた。
薬指ではなく、中指。
それが何を意味するのか、ロザリアにはすぐに分かってしまった。
——恋ではない。けれど、確かに「想い」はそこにある。
胸が熱くなる。目頭がじわりと滲む。こぼれてしまいそうな感情を押しとどめるように、ロザリアはそっと下唇を噛んだ。
言葉にならない想いが、胸の奥で暴れていた。
このまま、黙っているべきなのか——。
――今、諦めてどーすんのよ! どこまでもまっすぐに突き進みなさいよ。それでこそロザリアでしょ!
イシアルの言葉が脳裏に蘇る。
ロザリアはそっとポケットに手を差し込んだ。
そこにある、小さな金細工。
お揃いのイヤリング。
「これ……」
震える声で、ロザリアはイヤリングを取り出した。
「私からも、渡したいものがあったの」
月明かりの下、イヤリングが儚く煌めく。
「リントブルムで買ったんだけど、なかなか渡すタイミングがなくて……遅くなったけど、私からのプレゼント」
アウラも知っている。有名な縁結びのイヤリング。
ロザリアは片方をアウラの耳に、もう片方を自分の耳にそっとつけた。
風が吹いた。
世界が静かだった。
ふたりはもう一度、王都の光を見つめる。
「私は——絶対に諦めないから」
声が、かすかに震えた。
「この世界が滅んでも、例え死んだとしても、絶対に……絶対に。ぜった、いに……。」
そこで、ついにロザリアは耐えきれなくなった。
涙が、零れた。
言葉にしようとすればするほど、喉が締めつけられた。胸が痛くて、痛くて、それでも涙だけは止まらなかった。
溢れる想いが、嗚咽となってこぼれ出す。
「っ……ぁ……」
アウラが静かに、ロザリアを抱き寄せた。
震える彼女の肩をそっと引き寄せ、頭を撫でる。
何が正解かは分からない。けれど、ロザリアが諦めないことだけはアウラも知っていた。
「……なんで」
ロザリアの声が、震える。
「なんで、あんたに……アンタなんかに……!」
しがみつくように、彼の服を握る。
涙が止まらない。
両手で必死に拭いながら、それでもアウラから離れようとはしなかった。
泣いて、泣いて、泣き叫ぶ。
感情のままに、何もかも吐き出すように。
そしてアウラは、何も言わなかった。
ただ、彼女が泣き止むまで、そこにいた。
静かに、優しく、そばにいた。




