第26話 戦火に消えた光、旅路の果てへ
「私は——勇者イシアル」
その声は、まるで運命を切り開く剣のように、戦場に轟いた。
「面白い。対処してみろ、勇者!」
ヘルトが冷笑とともに告げた瞬間、イシアルの魔法に操られた剣が、まるで閃光のように疾走し、空を裂いた。——その一閃は狙い違わず、虚空に潜むものを切り裂く。
「見つけた」
イシアルの冷静な声が響く。黒い魔力の塊が、空間の歪みから姿を現した。
どんな魔法にも、その中心となる核が存在する。それを破壊すれば、いかなる強力な魔法も瓦解する——。イシアルは魔法を極めた者として、その核を見抜くことができた。
「イシアル、行くわよ!」
回復を終えたロザリアが、剣を構えながら前に出る。イシアルは短く頷いた。
「ええ」
ロザリアが疾走する。その足元の大地がひび割れ、飛び散る瓦礫すらも彼女の勢いを止めることはできない。双剣が鋭く煌めき、魔力の核を貫いた——しかし、僅かに届かない。一撃では、魔法を守る膜をすべて削り取ることはできなかった。
すかさず、イシアルの剣が追い打ちをかける。空を飛ぶ聖剣エクスカリバーの刃が、さらに膜を裂き、魔法の核があらわになっていく。
あと一撃——!
その瞬間、ヘルトの魔法が炸裂した。爆発がロザリアを弾き飛ばす。
「ロザリア!」
イシアルが叫ぶ。だが、彼女もまた、ヘルトの攻撃から体を守るように結界を展開せざるを得なかった。その結果——制御を失った聖剣が消える。
同時に、魔法陣がかつてないほどの光を放つ。もう時間がない。
ヘルトが二人にターゲットを変えた、その一瞬の隙をつき、アウラはヘルトの拘束から抜け出し飛び出した。チャンスはヘルトが二人に気を取られている今しかない。魔法の核を叩き壊す、それがこの状況を打開する唯一の手段だった。
だが——ヘルトはアウラの動きを読んでいた。
「——!」
悪魔のような笑みを浮かべ、ヘルトの腕が伸びる。それにつかまれば、魔法が発動し、全員が死ぬ。ヘルトの動きは、アウラの加速には到底追いつけない。
誰よりも速く動くこと、それこそがアウラの唯一にして絶対の戦闘術。仲間を守るために鍛え上げた速度は、この世界の誰よりも速かった。どんな魔法使いも剣士も、アウラの二歩目には対応できない。
だからこそ——ヘルトは、アウラが加速するための踏み込みよりも先に手を出したのだ。
「……ああ」
アウラの目の前が、暗く沈む。ヘルトは、アウラの戦い方を知っていた。
当然だ。かつて彼らは一緒に旅をしていた。何を考え、どう動くのか、そのすべてを知っている。アウラが速度を極限まで高めること。加速のために地を蹴る一瞬の隙を生じること。それを理解した上で、ヘルトは「踏み込みより先に」腕を伸ばしていた。
——……読まれた。
不快なほど、完璧に。
アウラは、思い出す。自分が不死だからこそ、今まで仲間を持つことを避けていた。死ぬ可能性のある仲間が、自分の戦いに巻き込まれて死んでいくのを見たくなかった。
——結局、こうなるのだ。
仲間を持つことは足かせになる。守らなければならないという意識が、自分を鈍らせる。死なせたくないという思いが、自分の動きを制限する。
仲間を守るために培ったタンクの力も、賢者の力も、速さも、不死身とは違い絶対ではない。どこまでも、脆いものだった。
——……やっぱり、仲間なんていらない。一人でよかった。一人のほうが楽だった。
アウラの心の中に、重い影が落ちる。意識しないようにしても、目の前の現実が、それを許さない。ヘルトの言葉が脳裏にこびりつく。
「お前こそ、なぜそんな足手まといと一緒にいるんだ。お前には守りきれんだろう」
——やめろ、やめてくれ。
かつて自分が何度も突き放してきた感情。もう二度と、こんな思いをしたくなかった。誰かを守ることができないのなら、最初から一人でいればよかったのに。それなのに——。
しかし、アウラは忘れていた。どんなにどうしようもない状況でも、いつもアウラの背中を押してくれた少女の存在を——。
「アウラ!」
突如、ユラの声が響いた。次の瞬間、ユラの体当たりでアウラの体が押し飛ばされる。物理的には不可能な動き。ヘルトの手を振り払う余地などないはずなのに、アウラの体がヘルトの手のひらから離れていく。
呆気にとられたのはアウラだけではない。ヘルトも驚きに目を見開いている。——ユラも、一瞬だけ固まっていた。
しかし、すぐに気を取り直し、叫ぶ。
「アウラ、行って!」
その一言が、アウラの足を突き動かす。
大きく踏み込むと同時に、空気が弾ける。轟音を伴い、アウラは疾走した。——その加速は、あらゆる者を置き去りにする最速の力。人を守るために鍛え抜いた速度。その突進が、破滅の魔法核に向かって叩き込まれる。
速度が上がれば、それだけ衝撃のエネルギーは跳ね上がる。物理耐性のない魔法の核にとって、それは絶望的な一撃だった。
拳が核に衝突する。
空が裂け、暗黒の魔法陣が揺らぎ、崩壊していく。魔力の奔流が解放され、吹き飛ぶ残骸の中で、アウラは静かに着地した。
立ち上がるヘルトを前に、アウラの背後に並ぶ二つの影。ロザリアが双剣を構え、イシアルが魔力を収束させていた。
ヘルトは手を払うように肩を竦める。
「もう魔力をすべて失っただろう。まだ続けるのか」
アウラが問いかけると、ヘルトはふっと笑う。
「そうだな。楽しみはまだ取っておこう」
薄く、しかしどこまでも底知れない笑みを浮かべると、ヘルトは宣告した。
「戦争を止めたければ、私の元へ来い。魔王城で待つ」
その言葉と同時に、空間が裂ける。黒いゲートが開かれた。——その力を、アウラは知っている。
第十二魔神の一人、次元の使者・黎明のバラン。かつて、異空間を操り戦場を翻弄した魔神の力を、ヘルトが使役している。そのままヘルトは黒いゲートの中へと消えた。
世界に、静寂が戻る。
戦いが終わり、アウラたちは生存者を探した。しかし、この国で生き延びた者は、たった一人しかいなかった。
カルクおじさん——。
イシアルと一緒にいたおかげで、結界の中でかろうじて生き延びていた。救われた命は、アウラ、ロザリア、イシアル、ユラ、エルギン、そしてカルクおじさんの六人だけ。
——水上都市リントブルムは、完全に消え去った。
焦げた瓦礫の中、ただ風だけが吹き抜ける。その音が、かつてここにあった命の余韻を連れていくかのように、どこまでも寂しく響いていた。
アウラはしばらく黙ったまま、何もない地平を見つめていた。静寂が耳を刺し、焼け落ちた空気の匂いが鼻を突く。戦いの終焉を迎えたはずなのに、残るのは虚無ばかり。
やがて、アウラはロザリアに向き直る。
「……外見を変えるぞ」
短くそう告げると、再び魔法をかけた。ロザリアの容姿がいつも通りの姿に戻る。
それぞれが、瓦礫の間でわずかに燃え残る光景を、ただ黙って見つめた。誰も言葉を発しない。
王都デネボラ——そこへ向かうべきことは分かっていた。けれど、その足をすぐに動かす気にはなれなかった。
戦いは終わっても、心の整理はまだ追いつかない。しかし、時間は待ってくれない。
アウラはゆっくりと、前へと歩き出した。ロザリアがその後ろを追い、イシアルが静かに続く。エルギンが無言でカルクおじさんを支え、ユラがそっとアウラの腕に寄り添った。
誰も、何も言わなかった。ただ、それぞれが思うままに歩く。王都デネボラへ。再び、物語が始まる場所へ。——その旅路の先に、何が待っているのかは、まだ誰にも分からない。
けれど、それでも歩みは止めない。
そして、彼らの旅は続いていく。




