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第23話 お風呂

 アウラたちはイシアルを連れてユシカ島を出ることにした。

 ユラはニルタリアスの魔力に捕らえられていたようで、実際に触れられていたわけではないようだった。だからこそ、あの時そのまま攻撃しても問題なかった。しかし、ニルタリアスはそれを見越しており、急いで魔法で音を消し、口に突っ込まれていたのも実際には触れているように見せるカモフラージュに過ぎなかったらしい。

 それを聞いて安心したアウラは、先ほどの魔族との戦闘で一部削れたロザリアの繭を修正した。その際、ユラに顔や性別も変えられるのかと尋ねられ、自由自在に変えられると答える。


「なら、私もやって!」

「無理だ。お前には魔法が効かない」


 当然の返答にユラは拗ねたように口を尖らせた。

 ロザリアは、イシアルに自らの過去と現状を打ち明けた。イシアルは戸惑いながらも聞いていたが、口を挟むことはなかった。ただ、途中から俯きがちになり、落ち着かない様子を見せる。

 その後、イシアルも自分のことを話すよう促されたが、彼女は言葉少なに必要な情報だけを伝えた。


「……カルクおじさんが育ててくれた。魔族に襲われた村の……生き残り」


 それだけ言って、唇を噛む。

 結局、アウラが代わりにイシアルの詳細を説明した。

 船に乗った四人はリントブルムを目指した。マタダムの目録は島に残したままだ。

 リントブルムは警戒態勢を強めており、来た時よりも警衛軍の見回りが増えていた。ロザリアが以前騒ぎを起こした影響かはわからないが、念のためアウラの魔法で一旦容姿を変えることになった。


「じゃーん!どう、どう?!」


 赤髪のイケメン男子に生まれ変わったロザリアが、得意げにポーズを決める。ユラとイシアルが並んで彼女を見上げた。


「……イケメン」


 ぽつりとイシアルが呟く。


「なっ……!?」


 ロザリアが予想外の反応に顔を赤らめる。


「完璧すぎる!すれ違ったら十人は振り返るね!」


 ユラはきらきらした目でロザリアを見つめた。


「アウラ、私もやって」

「無理だろ」


 即答にユラは「えええー」と呟いて頬を膨らませる。そんなやり取りを見ていたイシアルが、僅かに眉を寄せた。


「……私も、できない」

「お前もか」


 アウラが苦笑する。

 街へ入ると、予想通りロザリアの容姿が逆に目立ってしまった。行く先々で視線を集め、通りすがりの女性たちがちらちらと振り返る。


「アウラ。これ逆効果じゃない」


 そうユラに脇をこづかれるアウラ。


「ロザリアの顔に合わせただけだからな。元になったロザリアがすごく可愛かっただけだろう」


 アウラの言葉に少し恥ずかしそうに強く返すロザリア。


「そ、そんなはずないわ……!」


 ロザリアは自信を持っていたが、イシアルの萎縮した様子を見て気まずそうに唇をかみしめた。

 イシアルはただでさえ人の多い場所が苦手なのに、こんなに目を向けられれば怖がるのも無理はない。彼女は視線を避けるように低頭し、ロザリアの影に隠れるように歩いていた。

 それに気づいたロザリアは、何も言わずに歩幅を合わせ、イシアルが人の視線に晒されないようにそっと庇う。

 その姿は、まるで恋人同士のように見えた。

 アウラは無言で二人の様子を眺める。


「私たちも負けてられないね!」


 そんなことを言いながら、ユラがアウラの腕にしがみついた。


「いや、お前は誰にも見えないだろ」


 当然の突っ込みを入れるが、ユラは気にする様子もなく、にこにこと笑っている。


「いいの、気持ちの問題!」


 ユラがアウラの腕にすりよる。体を抱くように細い腕を囲むと、あどけない温もりが伝わる。ふわっとした体の一部が緊縮するのを感じながら、アウラは素っ気に歩き出した。

 カルクおじさんの家に着いたアウラたち。扉を開けると、家の主が姿を見せた。カルクおじさんは、一目でイシアルを認識すると、目を大きく見開いた。驚きと、喜び。入り混じる感情が彼の顔に刻まれる。

 イシアルは一歩、カルクおじさんへと近づいた。


「……ただいま」


 それだけを短く告げる。

 カルクおじさんは何も言わなかった。ただ、そっとイシアルの肩に手を置き、しばらくそのまま動かなかった。

 彼らの再会に水を差さぬよう、アウラたちはその場を離れることにした。

 今日はリントブルムで一日休み、明日にはここを旅立つ予定だ。

 宿へ向かった一行は、それぞれ部屋に荷を下ろし、一旦解散となった。

 ロザリアは久しぶりの風呂へ入るつもりだった。

 ユシカ島にはシャワーしかなかったし、以前ここに来たときは、体の変化のせいで湯に浸かることができなかった。お風呂が大好きというわけではないが、また長い旅に出る前に、一度ゆっくりと浸かりたかった。今は見た目が変わっている。安心して風呂を楽しめるはずだった。だが、その考えは脱衣所に足を踏み入れた瞬間に崩れ去る。


「――きゃあっ!」


 甲高い悲鳴が響き渡った。

 ロザリアは、一瞬何が起こったのか分からなかった。だが、着替え途中の女性たちが自分を見て、驚愕に目を見開いているのを見て、すぐに悟った。

 ――……しまった!!

 自分の今の外見は、どう見ても男だ。体のつくりまで変わっている。自分では女のつもりでいても、周りにとっては完全に男。そんな男が女湯に入ろうとすれば、当然こうなる。

 ロザリアは反射的に脱衣所を飛び出した。その後、風呂屋の店員にこっぴどく叱られ、男湯へと案内される羽目になった。

 仕方なく男湯の入り口へと向かう。

 ――入るしか……ない、よね。

 内心の葛藤を振り切り、戸を開く。

 当たり前だが、男しかいない。

 視界の端で、脱衣所にいた男たちが肩を回したり、気持ちよさそうに息を吐いたりしている。

 ――うわぁ……どこ見たらいいのよ。

 変な汗が滲むのを感じながら、ロザリアは隅の戸棚へと足を運び、そこに荷物を置いた。心臓が痛いほどに脈打っている。戸棚に手をかけ、下を向きながら呼吸を整えた。

 ――気にするな……私の今の外見は完全に男……!

 自分に言い聞かせる。誰もこちらを気にしている様子はない。だが、それが逆に落ち着かない。無意識に腕を抱え、視線を泳がせる。

 ――ああ、もう……!

 どうしようもない。お金を払ったのだから、入らずに出るのは勿体ない。覚悟を決め、服を脱ぎ、そっと自分の体を確認する。

 周りと変わりはない――むしろ、鍛えられた分、引き締まってすらいる。それを見て、ほんの少しだけ気持ちが落ち着いた。それでも緊張を拭えないまま、ロザリアは浴場へと足を踏み入れた。

 見た目は男でも、どうしてもその端正な容姿は目を引いた。視線を感じるたびにロザリアは肩をすくめ、居心地の悪さにそそくさと湯に身を沈める。

 目元まで湯に浸かり、息を細く吐いた。


「大丈夫ですか?」


 不意に、優しげな声がかけられた。顔を上げると、近くにいた若い男が微笑んでいる。湯気の向こうで、気さくな雰囲気を纏った青年がこちらを見ていた。


「あ……。はい、なんとか」


 どう返せばいいのか分からず、曖昧に答えると、彼は楽しげに頷いた。


「普段見かけない顔ですね? ここは初めて?」

「ええ。初めてで……」

「そうですよね、最初は勝手がわからないし、緊張しますよね。私も昔はそうでした」


 青年は湯に肩まで浸かりながら、穏やかに語る。


「私はここの常連で、近くの町工場で働いてるんですよ。仕事の疲れを、こうして湯に浸かって癒してるんです」

「そう、ですか……」


 相手が和やかに話すほどに、ロザリアの内心はざわつくばかりだった。肩を並べる形で座り、会話を続けてはいるが、気が休まらない。

 こんなに落ち着かない風呂は、人生で初めてだった。


「お兄さんは何をしてるんですか?」

「た、旅人を」

「へえ、旅人! もしかして芸団とか? お兄さん、めちゃくちゃイケメンですもんね。羨ましいなあ」


 突然の褒め言葉に、ロザリアの顔がわずかに引き攣る。


「あ、本当にただの旅人です」

「え? じゃあ普段から魔物とかとも戦ってるんですか?」

「ええ、襲われた時は」

「へえ、すごいなあ! 魔物と戦えるなんて憧れますよ。あ、そういえば、私はサイって言います。今年で十九になります。あなたは?」

「私はロ……オです。十六ですね」


 焦りながらも咄嗟に名前を誤魔化した。何とかカバーしたつもりで、ロザリアは安堵の息をつきながらサイと握手を交わす。


「ロオさんか! 改めてよろしく!」


 と、その時だった。

 ――ザバァンッ!

 湯を割るように、目の前に全裸の男が現れた。濡れた黒髪が滴を落とし、無表情な顔がじっとこちらを見ている。


「ロザリア」


 どこか冷えた声が、空気を凍らせた。驚愕に目を見開くロザリア。


「……は?」


 その名を呼ばれた瞬間、背筋が凍る。隣のサイが怪訝そうに首を傾げた。


「ロザリア?」


 しまった――!

 咄嗟にロザリアはアウラの腕を引き寄せ、耳元で囁く。


「アンタ、名前。ロオって名乗ってんの!」

「ロオ?」

「咄嗟だったの! てかなんで、ここにアンタがいんのよ!」

「ユラから聞いて急いできたんだ」

「ほんとに大変だったんだから!」


 ロザリアは濡れた髪を払いながら、ぐっと息を飲む。状況が理解できず、ぽかんと口を開けているサイに向き直り、苦笑混じりに言葉をかけた。


「ごめんなさい。この人は、一緒に旅をしているアウラ」

「始めまして、アウラだ」

「ああ、はじめまして。私は町工場で働いているサイです」


 サイは気さくに笑いながら応じたが、ロザリアの疲労は限界に達していた。変に目立つし、想像以上に気疲れする。これ以上は耐えられそうにないと判断し、後ろで会話している二人をよそに、そそくさと湯船から上がる。

 その背を目で追っていたサイに、アウラがぽつりと説明した。


「旅先だと風呂に入れる機会が少ないんだ。ロオは今まで、こういう公共浴場を使ったことがなくてな。だから、人目が気になるんだろう」

「ああ、そーだったんですね! ……なら、私が」


 サイの目がキラリと光る。アウラが湯船につかりながら自分の体を確認している隙に、サイはするりと湯から上がり、ロザリアの後を追った。

 隅の方でひっそりと体を洗おうとしているロザリアの背後に、そっと影が忍び寄る。湯気の中、サイが低く囁いた。


「お背中、流しますよ」


 驚いて振り向こうとした瞬間、サイの手がロザリアの背に触れた。指先がすべるように肌をなぞる。


「大丈夫ですよ。緊張しないで」


 優しく囁く声が耳元に響く。それだけで、ロザリアの体はびくりと硬直した。――男同士なら、これくらい普通のこと。そう思い込もうとしたが、どうにも体が勝手に反応してしまう。


「ロオ」


 その声に救われた。

 慌てた様子でやってきたアウラが、視線を落とす。ロザリアは真っ赤な顔で肩をすくめ、目を伏せたまま、助けを求めるように手を差し伸べた。

 アウラはサイを見据え、間髪入れずに言う。


「サイさん。初めてなんで、ロオは俺が洗いますよ」

「全然大丈夫ですよ」


 サイは屈託なく笑い、まるで譲る気がない。まるで「ロオの初めてを奪いたい」とでも言わんばかりの粘り強さだ。

 アウラの目がわずかに鋭くなる。そして対抗するように、ロザリアの正面に座り込んだ。

 ロザリアは、自分の体が男になったとはいえ、男の感覚は知らない。この状況が、どれだけ「危険」なのかも、まだ理解しきれていなかった――。


「咄嗟だったの! てかなんで、ここにアンタがいんのよ!」

「ユラから聞いて急いできたんだ」

「ほんとに大変だったんだから!」


 ロザリアは濡れた髪を払いつつ、額に手を当てる。あまりの気疲れに深いため息をつき、視線を向けると、ぽかんと口を開けているサイと目が合った。困惑した彼に向き直り、ぎこちなく笑う。


「ごめんなさい。この人は、一緒に旅をしているアウラ」

「始めまして、アウラだ」

「ああ、はじめまして。私は町工場で働いているサイです」


 サイは人懐っこい笑顔を浮かべながら自己紹介するが、ロザリアはもう限界だった。変に目立ちすぎるし、何より気が休まらない。この場から一刻も早く立ち去ろうと、彼女は後ろで会話している二人をよそに湯船から上がった。

 その背を見送るサイに、アウラがぽつりと説明した。


「旅先だと風呂に入れる機会が少ないんだ。ロオは今まで、こういう公共浴場を使ったことがなくてな。だから、人目が気になるんだろう」

「ああ、そーだったんですね! ……なら、私が」


 サイの目がキラリと光った。アウラが湯船に浸かりながら自分の体を確認している隙に、サイは素早く湯を出て、ロザリアの後を追った。

 脱衣所の片隅で、ロザリアは慎重に体を洗い始めていた。男になったとはいえ、こうして肌を晒すことに慣れているわけではない。気づけば、周りの視線を気にしてしまい、自然と背を丸める。そんな彼女のすぐ後ろに、そっと影が忍び寄った。


「お背中、流しますよ」


 驚いて振り向こうとした瞬間、背中にひやりとした指先が這った。湯で温まった肌に、サイの手の感触が妙に際立つ。指が滑るように動き、僅かにくすぐったい刺激を生む。


「大丈夫ですよ。緊張しないで」


 囁く声が熱を孕んで聞こえるのは、ただの錯覚だろうか。首筋にかかった吐息がくすぐったくて、思わず肩をすくめた。男同士なら、これくらい普通のこと――そう思い込もうとするが、知らない男の指先が背中を撫でる感覚に、ロザリアは異様なほど意識してしまう。

 ――何これ……変な感じ。

 脳がそう判断する前に、体が勝手に反応してしまいそうで、ビクッとした。


「ロオ」


 突然、慌てた声が響く。後ろから、アウラが駆け寄ってきていた。ロザリアは助けを求めるように、震える指先でそっと手を伸ばした。アウラが目を向けると、彼女は湯気の中で真っ赤な顔をしていた。息を詰め、羞恥に耐えるように体を丸めている。

 アウラは眉をひそめ、即座に口を開く。


「サイさん。初めてなんで、ロオは俺が洗いますよ」


 しかし、サイは笑みを崩さず、ひるむ様子もない。


「全然大丈夫ですよ」


 あくまで余裕のある声色。まるで、ロザリアの初めてを譲るつもりはないと言わんばかりに。アウラの瞳が僅かに鋭くなる。そのまま、彼はロザリアの正面に座り込んだ。

 ロザリアは、自分の体が男になったとはいえ、男の感覚は知らない。湯気の中、耳元に息がかかるほどの距離で、低い声が囁かれる。異性に全身を触れられる――そんな経験は、なかった。

 指先が肌を撫でるたび、熱と冷たさがないまぜになり、くすぐったさと疼くような感覚が走る。抗おうとする理性と、溺れていく感覚の狭間で、ロザリアは息を詰まらせた。


「んっ……」


 漏れてしまった声に、自分でも驚く。抑えようと唇を噛むが、耐えられずにまた甘い吐息が零れた。


「ねぇ……いたい……」


 弱々しく囁くと、耳元にアウラのひそやかなの声が降り注ぐ。


「ああ……はじめは刺激が強いが、次第に落ち着く」


 息が掛かるほどの近さで囁かれ、耳の奥がぞくりと震えた。ロザリアは思わず身を縮めるが、次の瞬間、鋭い刺激が背筋を駆け上がる。


「あ……っ!」


 耐えきれず、思わず顔をのけぞらせる。口を覆うように両手を当てたが、封じ込めたはずの声は、震えながら漏れ出た。まだ終わらない。続く熱い感覚に、逃げることもできず、ただ身体が震えた。


「初めてだったんですね。それに、まだ収まってない……このままじゃ辛いでしょう?」


 背後から優しくかけられた言葉。しかし、その響きはどこか艶を帯び、耳をくすぐる。


「いや、この子は俺に任せてください」


 遮るように、アウラの低い声が響く。


「いえいえ、大丈夫ですよ」


 なぜか言い争いを始める二人。ロザリアの意思を確かめる隙間すらなかった。彼らは勝手に競い合い、優越を争い、言葉よりも行動で示そうとする。

 ――ちょっと……やめて……!

 そんな抗議も、声にならない。彼らの手が休むことはなく、じわじわと感覚を追い詰める。より強く、より深く――慣れない刺激が、今まで感じたことのない快感、彼女の内側にまで響き渡る。

 呼吸は浅くなり、抗う力も奪われていく。

 ――もう……ダメ……。

 最後の抵抗を手放したとき、ロザリアはただ、流れに身を任せるしかなかった。

 快楽の波に呑まれながら――唯ひたすらに嬲られていく。

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