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第15話 孤島に住む少女

 人気の少ない場所に降り立ったアウラとロザリア。


「レーシング」


 アウラは静かに呪文を唱え、魔法で目に見えない壁を作り出した。


「何したの?」


 ロザリアは不思議そうに周囲を見回す。


「外側から見たら、ただの壁にしか見えない魔法だよ」

「ほんとだ……」


 ロザリアは好奇心に駆られ、わざわざ顔だけ外へ出して確認する。その姿にアウラは小さく笑みを浮かべた。


「そのラインから外に出れば普通に姿は見られるからな」

「そう……」


 ロザリアが納得したところで、アウラは視線を落とす。

 あの者たちが言っていた真相を確かめるために。


「腰のところ。見てもいいか?」


 ロザリアの表情が僅かに曇る。視線を落とし、唇を噛み締めるように沈黙した。


「……うん」


 しばらくして、小さく頷く。

 アウラの前で、ロザリアはゆっくりと新調した衣服を脱いだ。長い旅の果てに新しくしたばかりの服。その布が落ちるたびに、白い肌が露わになっていく。

 そして、目に飛び込んできたのは、思っていた以上に進行した魔族の痕跡だった。

 肌色だったはずの腰から腹部にかけて、赤黒い骨のようなものが這い広がっている。異形の骨格が形成され、まるで人の体ではないように変質していた。

 胸下から腰まで、切り取られたように赤い魔族の皮膚へと変貌し、その上には、新たな骨格が形を成そうとしている。

 これまで服で隠されていたその変化を、アウラは無言で見つめた。


「見た目は自由に変えることができるが、あくまで見た目だけだ。それでもやるか?」


 ロザリアは迷わなかった。強く頷く。


「なら……下着も脱いでくれ」


 その言葉に、ロザリアの顔が真っ赤に染まる。


「……っ」


 僅かに躊躇いながらも、彼女は全てを脱ぎ去った。


「ケイルテ・ユラ・スリーロア」


 アウラが静かに呪文を唱える。瞬間、ロザリアの体が柔らかな光に包まれた。

 光の粒が舞い、新たな外殻を生成する。

 ——そして、魔族の痕跡は消え去った。

 鏡もないのに、ロザリアは自分の体をまじまじと細部まで確認する。

 当たり前で——けれど、当たり前ではなかったその姿。


「一時的だ。元の体が変化すれば、それが如実に現れる。またかけ直さないといけない。傷や衝撃でも簡単に魔法は剥がれる。強く擦ったり、乱暴に扱うな」


 突然、ロザリアがアウラに抱きついた。

 顔をアウラの胸にうずめ、何も言わずにしがみつく。

 アウラは無言のまま、感覚のない手でロザリアの頭を撫でた。

 触れているのか、どれだけの力を込めているのか——温度も、感触も、何も感じない。

 けれど、それでも。

 ——なぜか、心が少し落ち着く気がした。


「ありがとう」


 かすかに震えるロザリアの声。

 アウラは笑みをこぼし、優しく囁いた。


「どういたしまして」





 ロザリアが着替え終わった頃、ユラが軽やかに足を浮かせながら合流してきた。

 アウラはユラとロザリアにユシカ島の話を伝え、三人で島への行き方と場所の情報を集めることにした。

 港で聞き込みをすると、意外にもあっさりと情報が手に入った。気の利くカルクおじさんという人物が定期的にユシカ島へ渡っているらしい。

 もう一つ、アウラは自身の魔力が微かに波間を漂ってくるのを感じていた。示された地図を見ると、確かにユシカ島の方向から魔力が流れている。

 カルクおじさんの家を訪ねようと港を歩いていると、船の準備をしている中年の男がこちらを見ていた。


「おぬしらか? わしを探している夫婦というのは」


 アウラが答える前に、ロザリアが弾かれたように顔を真っ赤にする。


「はっ!? ち、違うわよ!! なんで私とアイツが夫婦なのよ!」


 予想外の誤解に大きく動揺し、肩を怒らせるロザリアを横目に、アウラは内心ため息をつく。

 ——まぁ、ユラの姿は見えないんだから、そう思われるのも無理はないか

 誤解を解くと、カルクおじさんは朗らかに笑った。彼の笑顔はどこか安心感を与えるものだった。


「すまんすまん、こりゃわしの勘違いじゃった。まあ、ちょうど今から島へ向かうところじゃ。一緒に来るかい?」


 こうして、アウラたちはカルクおじさんの船に乗り込み、ユシカ島へと向かった。

 夜の海は静かで、波の音だけが響いていた。甲板に出て、ぼんやりと水平線を眺めるアウラに、ユラがふわりと横に浮かぶ。


「やっほー」

「ああ。ユラか。ロザリアは?」

「ぐっすり寝てるよ。疲れたんだろうね。……ねえ、今向かってる場所って、死の国シェオールなの?」

「それが、まったくピンと来ないんだよな。思い出せる気がしない」

「もう諦めてるでしょ」

「まぁ、な」


 アウラは肩をすくめつつ、遠くを見つめる。


「でもな、マタダムの目録はやっぱりあの島にあるみたいだ。近づくにつれて魔力の流れが強くなってる」


 そう言った瞬間、背後からカルクおじさんの低い声が響いた。


「いま、マタダムの目録とおっしゃいましたか?」


 アウラは少し驚き、振り返る。


「……ええ」


 二百年以上も前の書物の名を知っているとは、なかなか珍しい。しかし、カルクおじさんの目には同じように驚きが浮かんでいた。


「私の村に代々まつられてきた書物ですよ」

「村?」

「ええ。ユシカ島は私の故郷でして、昔から魔力の帯びたマタダムの書物をまつっていたのです。どんな魔法がかけられているのかは分かりませんが、その衰えることも、枯れることも知らぬ魔力に人々は神聖なものだと考えるようになり、まつるようになりました。ただリントブルムが発展するに連れ、皆が島を離れていった。いわば限界集落です。今じゃ、あの島に住んでいるのは一人の少女だけです」

「その少女はなんで島を出ないんですか?」

「んー。……怖いのじゃろう、外の世界が、人と関わるのだが」


 なにか思うところがあるのか、カルクおじさんは大きな間をとって、悩むように言った。


「……少しわかる気がしますよ。カルクさんは本当にやさしいんですね。その食料も彼女のためですか?」

「そうじゃの。でも、本当にやさしいのはあの子じゃよ」


 波が穏やかに船底を叩く。月の光が水面に揺らめく幻想的な風景の中、静かに船はユシカ島へと向かっていた。黒い影のように広がる島が少しずつ近づいてくる。

 次の日を迎える。

 島に着いたアウラたちに、カルクおじさんが静かに警告をした。


「人々が離れるようになってから、アンデット系の魔族が多く住みつくようになった。特にアンデットには取り付かれないようにな」


 三人は同時に顔を合わせ、心の声を口にする。


「アンタ、取り付かれてんの?」

「俺は取り付かれてんのか?」

「私、取り付けるの?」


 カルクおじさんは不思議そうな顔で三人を見つめ、さらに言葉を付け加えた。


「日差しが登れば、日の光の中でアンデットの力は消えるから大丈夫じゃ」

「カルク、ありがとう。感謝するわ」

「ありがとうございます」


 三人が言葉を返し、アウラが確認するように呟く。


「ねぇ、ほんとなの?」

「ほんとなのかな?」

「階級が低い魔族だけだ。そもそもレベルの低い魔族なら、今のロザリアには効かないから大丈夫だ」

「そう」


 アウラの言葉に短く返事をし、納得するロザリア。しかし、ユラは何故か自信満々の表情を浮かべていた。


「ユラは何で、そんな嬉しそうなんだよ」

「アウラに取り付けてる私って、最強なんだと思って。もう私はアンデットの神様なんじゃ」

「……まぁ、ある意味そうだろうな」


 完全に認識できず、干渉できず、何にもできない。

 アンデット界のゴッドなのかもしれない。まぁ、何もできなかったら何の意味もないんだが。

 ユシカ島の不気味な静寂が、波の音とともにアウラたちを迎え入れた。

 アウラは荷物をまとめるカルクおじさんの手伝いをした。ほんのわずかでも礼を示したかったのだ。

 カルクおじさんは一瞬考え込むように眉をひそめたが、やがて静かに頷いた。恐らく、島に残る少女のことが頭をよぎったのだろう。

 夕暮れの海風を背に受けながら、アウラたちはその少女が住んでいる家へと向かった。島の海辺から少し離れた場所に建つ二階建ての家は、長年手入れがされていないのか、壁のあちこちに時間の痕跡が刻まれていた。潮風にさらされ、色褪せた木造の扉が軋みながら開く。

 カルクおじさんは軽くノックしてから、ためらいがちに家の中へと足を踏み入れた。


「荷物、ここに置いておくぞ」


 アウラたちも手伝い、食料や生活必需品の包みを机の上に並べる。

 部屋の中は雑然としていた。壁に掛けられた布は薄汚れ、床にはほこりが舞っている。所々に乱雑に置かれた本や、折れかけた椅子が、ここでの孤独な生活を物語っていた。


「返事はないですね」


 ユラがふと呟く。


「そうじゃの……あの子はいつもこんな感じじゃ。おそらく奥で寝ておるのじゃろう」


 カルクおじさんはどこか寂しげに微笑んだ。

 アウラたちは彼に倣い、手早く掃除を始めた。積もった埃を払い、散らばったものを整理する。ユラが楽しげに布を振り回しながら掃除しているのを見て、ロザリアが呆れたようにため息をついた。

 ひと通り片付いたところで、カルクおじさんは空を仰ぎ、名残惜しそうに口を開いた。


「さて、そろそろ行かねばの……すまんが、あの子のこと、気にかけてやってくれ」


 その言葉には、ただの頼みごと以上の重みがあった。長年見守り続けてきた彼なりの、少女への想いが滲んでいた。


「わかりました」


 アウラは短く答えた。

 夕日が水平線に沈みかける中、カルクおじさんはゆっくりと船へと戻っていった。


「さて……頼まれちゃったわね」


 ロザリアが腕を組み、少し考え込むように言う。


「まあ、もともと来るつもりだったんだしな」


 アウラは静かに言いながら、ふと北の方角を見た。


「それより……おかしな視線を感じる」


 アウラの言葉に、ロザリアが警戒するように周囲を見回す。


「何よ、誰かいるの?」

「第十二魔神の一人がこちらを見ている」


 ロザリアの表情が一瞬で険しくなった。


「は? 何それ、どこにいるのよ」

「今のところ魔力越しに覗いてるだけだ。向こうから仕掛けてこない限り問題はない……たぶん」

「たぶんって何よ!」


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