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わたしのかえるところ

作者: 雨桐ころも
掲載日:2024/06/17

 自分の価値は、どこではかれるんだろうか。経歴。収入。交友関係。数字なのか、周囲の人間なのか、はたまた自分にしかはかれないものなのだろうか。

 


 大きな岩の上で、真上に昇った月を見つめながら海潮音に耳を澄ませると、遠くから誰かの歩いてくる音が聞こえる。

 


 人間としての価値を全うした先にあるのが死なのであれば、わたしたちの価値は死んだ時に泣いてくれる人の数に反映されるのだろうか。


ふと、ニュースで見た芸能人の葬儀を思い浮かべる。わたしが死んでも、ニュースにはならないし、葬儀にあんなに人は来ないし、会ったこともない誰かが涙を流してくれることはない。じゃあ、わたしの生きている価値はどこにあるんだろう。



 わたしだけを見てくれる誰かがいることだろうか。でも、そんな人がこの世に存在しないことはみんなが知っている。「あなただけを愛している」と言ったって、わたしと出会う前は他の人にその言葉を囁いてきたし、わたしと一緒にいたって誰かに身体を許して即席の愛を交わしている。わたしと契約で結ばれても、その心までは契約で結ばれない。じゃあ、なにを信じればいいんだろう。



 大切なものはいつだってどんなときだって、目には見えなくて、欲しいときに手に入らないものだ。きっと、愛も友情も、わたしの価値も、実感できなければ「あってもないもの」であり「なくてもあるもの」なのだろう。



 傷には敏感で、ぬくもりには鈍感な私はもう、それらを感じられるほどの感覚も、感じようとする気力も、残っていなかった。夏の終わりに木の幹から剥がれ落ちて土に還っていく蝉の抜け殻となんら変わらない。立派な蝉になった記憶なんてない。短い七日間を実感して、価値を見出したひとたちが今後も生き残っていくのだろう。



「みいつけた」



 足音の主が、岩の下から大きく手を振った。こちらに向けられた懐中電灯が眩しくて眉を顰めると、それを察した彼は懐中電灯を消して岩を登ってきた。



「海に還るおつもりですか、人魚さん」


「キミだって、宇宙に還りたいんでしょう。宇宙人さん」



 ちゃらけて話しかけてくる彼も、私と同類だ。おんなじ制服を着て、おんなじ時間を共有する箱庭の生活の中で、彼だけが私とおんなじ、まちがいさがしのまちがいの方だった。ひと目じゃわからないけれど、よく見るとみんなと違う。ほんとうはあぶれてしまっているのを必死に隠そうと頑張ったら、傷だらけになっちゃったひと。傷だらけなことにも、もう気づけなくなっちゃったひと。



「今日還るの?」



 世間話でもするかのように、わたしの隣に寝そべりながら、続けて「星が綺麗だあ」と呟く。



「うん。もう、いいかなって」


「ふうん。なんで、最期は制服なの?」


「結局、あぶれるのが怖くて、わたしもみんなの一員だって思いたかったからかな」


「おれも制服でくればよかったかなあ。こんな夜中に呼び出すから、パジャマできちゃったよ」



 風が吹くたびに、彼の方からシャンプーの濃い香りが鼻を刺した。



「キミはいつ宇宙に還るの?」


「おれ? おれは、いつだろう……」



「一緒に今日、還ろうよ」と、準備していた言葉を飲み込む。悩む横顔から見える、月を映したその瞳の奥が鈍く光っていたから。



「何回も、今日こそ還ろうと試したけど、来週更新される漫画の続きとか、期間限定のドリンクとか。そういうのが気になってだらだら生き続けてきたんだ。だから、この先もきっとそうだと思う。この手首だって、痛くてたまらないんだ」



傷だらけの手首を月明かりにかざしながら、茶色の瞳がこちらを向いた。がつん。重い煉瓦で後頭部を殴られた気分だった。いつからか薄ら気づいていたけれど、気づきたくなくてつくりだした幻想が、形もなく散っていく。



「キミは……」



 宇宙人じゃなかったんだね。この言葉は、ぐっと胸の奥にしまい込んだ。



「おれ、もっと君とお話ししたいよ。君と話すのは心地いいから」



 そっと重ねられた手は、生ぬるくて湿っぽくて不快だった。



「そうだね。明日、また話そう」



 彼の熱っぽい視線から逃げるように起き上がる。鼻の頭に汗を浮かべる彼とは反対に、わたしは寒くて仕方がなかった。鳥肌が全身を包み、脳の奥がゆっくりと冷えていく。




「ほら、手貸すよ」



 先に岩から降りた彼が、こちらに手を差し出す。



「ううん。だいじょうぶ。もう、だいじょうぶだから、先に帰ってて。わたしは、もう少しここでゆっくりしていくから」


「えっ。でも、」


「だいじょうぶだから。また明日、ね」


「……わかった。気をつけて帰ってね」


「うん。じゃあね」



 ざくりざくりと遠ざかっていく足音が聞こえなくなった頃、岩からおりて反対方向に歩いていく。



 入り江でローファーを脱ぎ、海に飛び込むと鋭い岩肌が身体中を抉り、あっという間に上も下もわからなくなった。もがく気力も体力もなく、ただただ流れに身を任せた。



 わたしはこっちに還るよ。君とは違うから。そんな意地悪な言葉、最後に思いたくなかった。でも、これがここに還るような「ひと」の、等身大の、まちがいのほうに生まれてきてしまったわたしだ。


もうじき手放されるであろう意識の中、伸ばした手は、海の向こうにある月を確かに掴んだ。


米津玄師さんの綴る歌詞がとても好きです。


結局のところ、集団に馴染めないじぶんを地球外生命体とか空想の生物だと思い込むことで現実から逃げたいだけなんです。それでも逃げられないと気づいてしまったから世界から逃げることを選択しただけなんです。そんな話が、書きたかったんです。

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