『甘雨』を楽しむ
思いとは裏腹にしばらくは、仕事に追われていた。
時間ができた頃には6月も下旬になっていた。
今日は朝から雨だ、雨の日は樹々からの匂いが一層強くなる。
雨の日は髪の毛がうねる、十代の頃はくせ毛が出る雨の日が大嫌いだった。
最近はわざとくせ毛が出やすいようにカットしてもらい、くせ毛を楽しんでいる。
今朝もうねった髪の毛にワックスを付けて、黒のパンツにグレーのシャツ、ジャケットを羽織った。
足元の不快感軽減のためちょっと長めの長靴をはいた。
傘はあえてビニール、景色が見えるように。
今日は久しぶり早く帰れそうだから、今夜こそは『甘雨』へ行こうと決めていた。
予定より遅くなったが、寄れる程度の残業ですんだ。
木製の扉を開けると、カランコロンと鈴が鳴った。
「いやっしゃいませ。こちらへどうぞ。」声ですぐ分かった、眼鏡教授だ。
「こんばんは。」
窓際の席に案内してくれた。
軽食がないかとメニューを見ると、喫茶店の定番ナポリタンを見つけた。
食べたいが、自分のシャツを見て諦める、ここはグラタンが妥当か。
通りかかった眼鏡教授に「すみません。」と声を掛けた。
「先日は傘をありがとうございました。お陰様で濡れずにすみました。」
「いえいえ、こちらこそチョコレートありがとうございました。
うちの珈琲とも良く合ってとても美味しかったです。」
「私もここの珈琲を飲んだ時、あのお店のチョコと合うなぁと思って。
お口に合って良かったです。」
「アッ注文ですね。」
「グラタンと食後にブレンドをお願いします。」
今夜も雨だ、ここに来るときは高確率で雨だ。
色々な音があふれる現代、自然の音に耳を傾ける機会が減っている。
このお店は比較的郊外にあるので、心地よい音で溢れている。
雨の音に耳を傾けながら、こんな時はスマホで無く小説だなと思った。
カバンから読みかけの単行本を取り出し手に取る。
一人の時間が増えたので、趣味の読書が再開したのだ。
「お待たせしました。熱いので気を付けて下さい。」
目の前に置かれたグラタンは丁度良い焦げ目と、オーブンから出たての音がする。
これ絶対美味しいヤツだ!スプーンですくってフーフーと冷ます。
私は海老グラタンよりチキングラタン派なので、チキンが見えて嬉しくなる。
待ちきれなくて、絶対熱いって分かっているのに口に入れる。
うま~!!熱い!
食べ終わった頃、丁度良いタイミングで珈琲が運ばれていきた。
珈琲に生ガトーショコラが添えられていた。
小声で「この前のお礼です。」と言われた。
素直に小声でお礼を言い頂いた。
最後までお付き合いありがとうございます。
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