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ケイジさんの眼鏡

 もう、真実はどちらでも良かった。ただ現実から逃げたかった。

結局ケイジさんに直接逢う勇気なんて無くて、ユウジさんを通じて退職願を出した。

今はユウジさんのお店で働きながら、写真の勉強を始めた。


 あれから一か月してケイジさんが退院したと聞いた。

幸い後遺症もなく、大学へは復帰したと聞いて嬉しかった。

忙しくしているとケイジさんのことを忘れているのに、ふとした瞬間思い出す。

あの恐ろしく優しいアルト声を聴きたくなる。


 いつの間にか季節が変わり、冬になっていた。

バルセロナの冬は過ごしやすく、私の心は時間という薬に少しずつ癒されていた。

しかし、ケイジさんに対する想いは消えずに残っている。彼が幸せであれば良い、相手は私でなくてい、そう思えるようになった。


 扉の開く音、お客様だと入口を見ると懐かしい顔。

いや正確にはそうじゃない、眼鏡を掛けてないケイジさんなんてあまり見たことが無い。

私を見つけた彼の顔は一瞬泣きそうに、でもすぐに破顔した。

気が付いたユウジさんが「卯月さん、休憩行ってきて。」と珈琲の入ったタンブラーを2つ持たしてくれた。



 店の2階に私は下宿していた。

「散らかっているけど、どうぞ。」

「お邪魔します。」

ソファに並んで腰かけ、珈琲を飲んだ。

「久しぶりの父の珈琲だけど、やっぱり美味いなぁ。」


 ケイジさんは私を見て「久しぶり、元気でしたか?見ない間に少し痩せた?」

何故、あんな辞め方した私に、そんな優しい顔で声を掛けてくれるの?

「すみませんでした。あんな辞め方して、本当にご迷惑かけたと思っています。」

「気にしないで、俺に勇気が無かったことが、全ての原因だと思っている。

本当はもっと早く来たかったんだけど、流石に大学休めなくて。」

「復帰できて本当に良かった。」元気そうな、ケイジさんの顔に安堵する。

しかし、私の知っているケイジさんの顔と違って少し寂しくなって「眼鏡、掛けてないのね。」と言った。

「そうだね、もう眼鏡は必要なくなったから。あれは防具だったんだ。

だけど今の俺の心には大切な人がいるから、防具なんて無くても強くいられる。」

私は結婚報告でもされるのではないかと身構え、立ち上がろうとした。


 そんな私の腕を掴んだ、「今度はちゃんとつかめた。」そう言ってケイジさんは私を抱きしめた。

「卯月さん、俺と人生を共に歩んで下さい。あなた以外は考えられない、年上だろうが、バツイチだろうが関係ない。俺にとって貴方は唯一無二の存在だから。」

私は上手く呼吸できない、何が起こってる?

私の顔を覗き込んで「愛してる。」と言った。

涙でケイジさんの顔が見れない。


 「俺のこと嫌い?」

私は首を横に振った、そんな訳ない。

「じゃぁ好き?」私は何度も頷いて「大好き」やっと言葉にできた。


 ケイジさんは私を強く抱きしめた。

「良かった、嫌いって言われたらどうしようかと思ってた。顔を見せて。」

「嫌だ、化粧もとれてグチャグチャだもん。」

「見たいんだ、久しぶりの卯月さんの顔。もっと見たい。」

顔を上げると優しキスが降ってくる。頬、鼻先、唇。

くすぐったくて、満たされていく心、幸せをかみしめた。

最後までお付き合いありがとうございます。

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