綺麗な思い出?
それから私は一般病棟へ移るのを待ってお見舞いへ行った。
ユウジさんから食事が取れるようになったと聞いたので、プリンを買って行った。
ノックすると、「どうぞ」と懐かしいアルトの声だ。
一目見ると、自然と目頭が熱くなった。
良かった、生きていてくれたんだという安堵。
同時に傷だらけの彼の姿から事故のすさまじさが窺えて怖くなった。
思わず歩み寄った私に向って、彼は手を伸ばしてくれた。
その手を掴もうと一歩踏み出した時、私の鼻を掠めたのはあの香水の香り。
私は伸ばしかけた手を止めた。その時病室のドアが開いた。
そこに誰が立っているかなんて、分かっている。彼女は花瓶を持って立っていた。
「佐田君のお母さん、こんにちは。」
「三上さん、こんにちは。」
「三上さんへ授業の代行をお願いするのに来てもらっていたんだ。」
「お忙しい時にお邪魔しちゃったんですね。ごめんなさい、また来ます。」出ていこうとする私。
「え!いや、ちょっと待って。」慌てて引き留めようとするケイジさんの伸ばした手は、僅かの差で空を切る。私は急ぎ足で病室を出た、このままでは失態を犯してしまう。
病院を出て、歩いていた。さっきから携帯が五月蠅いので電源を切った。
帽子を目深にかぶり、どのくらい歩いたのか、涙とも汗とも分からないもので顔はぐちゃぐちゃだ。
横を並走する車の気配に気が付いた。流石にヤバイと私は細い路地に逃げた。
車から人が下りる気配、焦って走る。迫りくる足音に悲鳴を上げようとした時「卯月さん!」
「ユウジさん?」
「どうしたの、携帯も繋がら無し、ケイジが心配して電話してきたんだ。」
私の顔を見て何か察したユウジさんは「送って行くから車に乗って。」
私は言われるまま車に乗った。
マンション前で私を降ろして「パーキングに停めてくるから、お邪魔させてもっても良い?」
私は力なく頷いた。
顔を洗ったところで、インターフォンが鳴った。
冷蔵庫で冷やしておいた水出し珈琲を用意した。その頃には私は少し平静を取り戻していた。
ユウジさんはソファーに腰かけていた。
「どうぞ。」
「ありがとう。ソファに座ると建物が一切視界に入らないから、樹々に囲まれて森の中にいるようだ。」
「ええ、この窓からの景観に惹かれて決めたんです。」
「癒され部屋だね。」
「ところで、病室で何があった?」
「特に何も。」
ユウジさんは少しイラついた顔をした。
「そんな訳ないでしょ、もっとマシな嘘がつきなよ。あんな顔して外を歩いておいて『何もなかった』は無い。圭司のやつは分からないって言うんだよ。ただ三上さんに病室で会った途端に様子がおかしくなったって。」
私は少し大きく溜息をついた。
「分かりました。三上さんとケイジさんは親しい関係にあると思うんです。私はそれを感じてショックを受けたんです。とてもお似合いな二人で、受け入れるしかないのに、受け入れられなかったんです。
こんなこと言葉になんてしたくなかったのに。」
「それはちゃんと確かめたの?圭司に聞いた?」
「いえ、私の感です。」
「確認しなくて後悔しないの?」
「例え相手が三上さんでなくても、ケイジさんに相応しいのは私ではない。何度考えてもそう思うんです。それに逢えばきっと醜態をさらします。綺麗な思い出で終わるべきなんです。」
「分かったよ。まぁチャンスを生かせなったのは圭司だしな。」
この言葉は私には聞き取れないほど小さい声だった。
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