再会
早朝、ベランダでの珈琲を飲みながら無性にマスターに逢いたくなった。
嗚呼そうか、今日は命日なんだ。
ベランダから朝桜が見える。朝露を纏った花びらがキラキラと輝き心が洗われるようだ。
私は自分の気持ちを整理しするため、『甘雨』の鍵を返却しようと店を訪ねることにした。
誰もいなければポストに鍵を入れて帰ろうと思っていた。
中から珈琲の香りがした。
居るはずのないマスターの影を求めてドアを開けた、『カランコロン』という音。
「すみません、休業中です。」
嗚呼、懐かしいケイジ先生の声だ・・・あの頃に引き戻される。
こちらを見てケイジ先生は「誰?」と驚い顔、そして「どちら様ですか?」と慌てて言い直した。
私は一瞬にして絶望した。分かっていたはずなのに、上手く息ができない、心が締め付けられるようだ。悟られてはいけない。
「昔こちらでお世話になった者です。珈琲の香りがしたので、誰かいらっしゃるのかと思って。」
「そうですか、折角来て頂いたのに、すみません。
あっ良ければ珈琲を飲んで行かれませんか?今日は丁度祖父の命日で、線香替わりに珈琲を淹れているとこです。」
「では、お言葉に甘えて。」
「適当に座ってもらえます?でも埃かぶっているかな。」
「大丈夫です。」私はいつも座っていたあの窓際のテーブル席についた。
窓の外には忘れさられた庭があった。
なんて無情なんだろう、守りたかった物が何一つ守れていない。
私は自分の無力に苛まれていた。
「大丈夫ですか?」
「えっ?」
「涙・・・」
私は自分が泣いていることに気が付かなかった。慌てて頬を拭う。
「すみません。マスターにお世話になったので、つい感傷的になったみたいで。」
「いえいえ、祖父のことを思い出して下さってありがとうございます。
珈琲をどうぞ。なかなか祖父の味にはならないのですが。」先生の声から悩んでいることが感じ取れた。
「頂きます。」一口飲むとふわぁっと広がる優しい珈琲の味。懐かしいケイジ先生の珈琲だ。
「嗚呼、美味しい。確かにマスターとは少し違うけど、淹れた人の想いが伝わる珈琲です。
生意気なことを言わせて貰えれば、マスターと同じ味でなくて良いと思うんです。
想いが同じであれば『甘雨』は存続できると思います。自信を持って下さい。」
私は一縷の望みにかけて思いを伝えた。
「折角なので、ここでゆっくりしていって下さい。僕は少し倉庫の方を整理してくるので。」
一人になった私は、いつも見ていたガウディの写真集を手に取った。
そしていつもの席で、珈琲を飲んだ。まるであの頃にようだった。
眼を閉じるとマスターの笑顔とケイジ先生の笑い声、何気ない楽しい会話、全てが昨日の様に思い出される。私の幸せだった時間。
‟カランコロン” ケイジ先生だろうか?
そこには加奈ちゃんが立っていた。
「佐田君のお母様?何故ここに?」
「今日はマスターの命日だったのでたまたま。」
奥から物音がしてケイジ先生が戻ってきた。
「加奈ちゃん、どうしたの?」
「なんで佐田君のお母様がいるの?」
「えっ佐田君のお母さんですか?」
「在学中は息子が大変お世話になりました。」
私は場違いな場所にいるようで、恥ずかしくなった。
「珈琲ご馳走様でした。」私は追われるように『甘雨』を出た。
最後までお付き合いありがとうございます。
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