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混沌

 休日の朝ブランケットと珈琲を持ってベランダに出た。公園の樹々は様々な色に染まり、秋の訪れを告げていた。タンブラーに入れた珈琲を口に含むと体中が暖かさに包まれる。

最近、多くの疑問や不安、そして絶望感に襲われていた。そんな緊張感が少し解れる気がする。


 ケイジ先生な何故加奈ちゃんをかばって刺されるようなことになったのか?記憶は戻るのだろうか?

そもそも、ケイジ先生と加奈ちゃんはただの親戚なのだろうか?

私が知らないだけで、二人の間に何か特別な感情があった?

一人でも店を続けたいが、経営者でもないのに許されることなのか?

様々な疑問が脳内でリフレインされている。


 あれから一週間経ち、二週間経っても連絡がないのでケイジ先生の家を訪ねた。

出てきたのは加奈ちゃんだった。奥でシャワーの音がする。

「ケイジさんはまだ記憶が戻らないので、ここへは来ないで頂けますか?」

私は混乱の中、言葉を絞り出した。「一目でも元気な姿を見せてもらえませんか?」

「混乱させて良いと思いますか?ここ4年分の記憶がなくて、おじい様が亡くなったことにショックを受けている状態なんです。」


 4年ということは私のことも覚えていない、逢いたいというのは確かに私の我儘だ。

「分かりました。お店は私が続けられる範囲で続けても?」

「それも親族で話し合いましたが、ケイジさんの記憶が戻るまでは臨時休業とします。」

「でもケイジ先生が記憶を取り戻された時、お店が休業中だと悲しく思われるはずです。」

「赤の他人の佐田君のお母様にご心配頂かなくても結構です。

取り敢えず、今月のお給与は振り込みが済んだと聞いています。」

「お金の問題では無くて、お金なんて頂かなくても結構なんです。お店を存続させたいと願っていたケイジ先生の気持ちの問題なんです。お願いです、もう少し続けさせてください。」

「私に言われても、親族の意向なので。

今の私に言えることは『ケイジさんが記憶を取り戻すまではお店は休業します。』とだけです。話は終わったので、お帰り下さい。」



 私は心に空いた穴を埋められず、ただ無駄に過ごしていた。

何故だろういつまで経っても眼鏡を掛けたあのケイジ先生の顔が忘れられない。

先生のあのアルト声を聴きたくて、何度もお店の留守番電話に電話しては切るを繰り返していた。

自分でも常軌を逸していることは分かっていた。


 この気持ちの正体は分かっている、認めたくないだけで。

認めたところで、ケイジ先生の記憶が戻る訳でもない。

何より、私は彼にこの気持ちを受け入れて欲しいなんて思っていない。


 絶望しか無い日々をどう過ごせばいいのか分からなくなっていた。

店を閉めて2か月経ったころだったか、連絡の取れない私を心配して息子が訪ねてきた。

「母さん何があった?痩せて細ってぼろぼろじゃないか!」

悠里の顔を見たとたん私は子供のように泣いた。

息子は一晩かけて私の話を聞いてくれた。勿論ケイジ先生への気持ちは隠したまま。


「取り敢えず、しばらくここに住むよ。母さん一人じゃ心配だ。」

この一言に救われた私は、息子に支えられてなんとか日々を送っていた。

あれから季節が変わり、息子は就職が決まった。

悠里に聞くと、ケイジ先生は大学へは復職されたそうだが、記憶は依然として戻っていないとのことだった。

最後までお付き合いありがとうございます。

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